その手をのばした。 | ナノ


▼ 知られざる想いは

 図書室で苗字と話した翌日の昼休み。苗字はいつもと同じく校舎裏の日陰にいた。そして、カラスに話しかけているのを、俺は遠くから読唇術でそっと聞いていた。

『カラスは恋をするかしらね?』

 苗字はベンチに腰をかけて、ゆっくりと左右に揺れながら空を見上げた。もしかして、彼女は誰かに恋をしているのだろうか?まさか、苗字が?と、まだ発覚していないのに勝手に予測して内心で焦っていた。
 その一方で、苗字の口は止まらずカラスに言葉をかけ続ける。

『カラスのような恋っていうと、別物よね。カラスって確か口うるさい人とか意地のきたない人て意味だった気がするし、なんだかドロドロっていうか小賢しそう』

 そう言った苗字の左右に揺れていた体は止まり、じっとカラスを見つめていた。そして「黒…」と呟いて何かを考え始めた。そして、数秒後にはっとして口を開いた。

『黒ってタブーって感じだし、禁断の恋とか、そういうイメージもあるかも』

 自分自身で納得したような顔をしたかと思えば、急に寂しげな顔をして俯いた。しばらく顔を上げない苗字が何を考えているのか分からなくて、俺は気になった。というよりは心配という方が正しいのかもしれないが。
 少しして、苗字が渇いた笑いを浮かべながらカラスに言った。

『カラスっていい印象がないのね。私と一緒だわ』

 その言葉を読み取った途端、俺は今すぐにでも声をかけてやりたいと思った。俺はお前に悪い印象は持っていない。むしろ良い印象で可愛いやつなんだぞ、と。俺以外にこんなイメージを苗字に抱いている人間はいないかもしれないが、この柳蓮二だけは悪いと思っていない。
 そう、言ってやりたいのは山々だが、告白も同然である。好きな人がいるかもしれない彼女にそんなことを言うのはあまりよろしいものではない。俺は堪えて、彼女のほうにもう一度視線を向けた。

『…はあ……。ねえ、カラス…。私ったらあの人にもきつく当たっちゃったのよ。好きなのにね…』

 やはり好きな人がいるのか。そう思うと胸が苦しかった。俺である確率は非常に低いものであるからだ。

『でもね、本当はすごく嬉しかった。声をかけてもらえたの。図書室で』

 付け足した言葉が信じられず、俺は目を見開いた。図書室で?まさか、昨日のことなのだろうか。いや、俺以外にもしかしたら話しかけた人物がいたかもしれない。断定するのはまだ早い。焦る気持ちを抑えて、読唇術に集中した。

『この本、あの人が数日前に借りていたの。恋愛小説っぽかったから気になって探しに行ったら、その時に自分も借りたいって。二回も読むほど面白い本なのかしら?まだ少ししか読めてないから、分からないけど…』

 すぐ脇に置いてあった本を手に取って、カラスに見せながら説明していた。俺はと言えば驚きのあまり、ノートに走らせていた筆が止まり、呆然としていた。苗字が俺のことを好きだと?まさか、そんなことが?
 俺らしくもなく、目の前の事実を受け止められずにいると、決定的な言葉が苗字の口から発せられた。

『柳蓮二っていう、私とは違って完璧な人なのよ』

 頬を少し染めて、嬉しそうにはにかんだ苗字。珍しい表情をするものだから、釘づけにされた。あんな笑みも浮かべるのか。
 いつになくその表情が可愛いと思った半面、彼女の好きな人が自分であるということも感じさせられたのであった。

知られざる想いは

(データと予測を遥かに上回るもの)

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