その手をのばした。 | ナノ


▼ 新たなデータ

 最近、よく視線を感じるので、そちらを見てみれば苗字がこちらをじっと見つめている。というより、睨まれているようにしか思えないのだが、実のところどうなのだろう。何を考えているのか予測を立てようにも、彼女のその表情から読みとるのは難しいし、独り言を言っているわけでもないため分からない。だから、俺は少々困っていた。

 睨まれるほど何かした覚えもないし、かと言って見つめられる理由があるとも思えない。もしかして俺が苗字のデータをとっていることを知られているのだろうかと考えたが、計算してみるとその確率は低いというデータが弾き出された。

 そんな不可解な思いを抱いているときにそれは起こった。話しかける絶好のチャンスが訪れたのだ。
 それは、昼休みの出来事。いつも通り本を返しにいこうと図書室にいるときだった。早く返して本を借り、教室に戻って苗字を観察しようと思っている矢先に彼女は現れた。そう、この図書室に苗字が。滅多にどころか、おそらく初めて来るので俺は驚いた。

 さりげなさを装って話しかけるにはどうすれば良いだろうか。と彼女の行動を見ていると、苗字はある本を探しているようだった。左の本棚から順にゆっくりと見ていく姿は熱心なようで珍しく思える。二つ目の本棚の前で上の方にある本を背伸びをして取っていた。パラパラと捲りながら、怪訝な顔をしている。
 確か、あれは数日前に読んだ本だ。しかし、話しかけるために嘘をついてこう言った。

「その本、読むのか?」
「え、あ、あんたに関係ないし、私の勝手じゃない。何でわざわざ教えなきゃなんないの」
「いや、借りたくてな。だが、読むというのなら後で構わない。返したら知らせてくれ」

 予約という方法はわざととらず、あちらから話しかけてもらう口実を作った。苗字の読書に関してのデータはないので、いつ頃に読み終えるかは予測すら立てられないのだが、それもまた楽しみというものである。そもそも、知らせてくれるかどうかは分からないが。

「では、よろしく頼む」

 そう言って、その場を後にしようと踵を返す。足を踏み出すのと同時だった。

「待って、柳」

 引き留められた。しかも、名前を呼んで。覚えてもらっているとは予想外だったために、俺らしくもなく驚いた表情で振り返れば、難しい顔をしながら苗字がこちらに本を差し出してきた。

「私、読むとも言ってないし、決めつけないで。別にあんたから借りていい」
「あんたから、ということは読む気はあるのだな?フッ…苗字から読むといい」

 目をぱちくりしている表情が珍しくて、また笑みがこぼれた。可愛いやつだ。まあ、そんなことを苗字に対して感じているのは俺だけではないかと思うが。

新たなデータ

(これだけでは、彼女を知るにはまだまだで)

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