その手をのばした。 | ナノ


▼ のばせぬこの手

 あれから数ヶ月が経ち、三年へと進級した。その間にあったことと言えば、苗字に恋をしていることに気付いただとか、自分から進んで彼女のデータを集めたというくらいだ。

 そして、嬉しいことに三年は同じクラスになった。去年は大分離れていたために偶然関わるといったことが滅多に起こらなかったのだが、同じクラスになった今、何らかの接点を持てる確率が大幅に上がったうえに、こちらから関わっても不自然ではなくなった。
 実に喜ばしいことだと新年度早々から気分が良かった。


 進級して数週間が過ぎた日のこと。苗字は唯一の友人と昼休みに教室で言い合いをしていた。成り行きを見ていると、苗字は急に立ち上がって机を力強く両手で叩いた。

「あんたなんかもう知らないわよ。自己中のかたまり!だから、一人っ子は嫌なのよ」

嫌みたらしく最後の台詞を吐いた苗字はずんずんと教室を出て行ってしまった。その背中を友人はずっと見つめている。そして、あからさまに大きな溜息をついた。

「はあ…あの子、ひねくれ過ぎ……」

 そんな言葉を呟いた彼女の後ろを通って、俺は苗字の後を追った。
 着いた先は校舎裏。ここは、昼休みは日陰になっていて、しかも人があまりこないために彼女のお気に入りの場所だった。以前からここによく一人でおり、その度に猫やカラスや何かに話しかけていている。今日も、いつも通り苗字はカラスに声をかけた。

「友達と喧嘩しちゃった…。またあの子にキツいこと言ったわ。たった一人の友達なのに…。いつか、あの子も離れるかしら?」

 眉を下げ、落ち込んだ様子でうなだれる彼女を見ていると、傍に寄って頭を撫でてやりたくなるが、拒絶されるであろう事が予想できるので堪えた。

「……友達で、いてほしい…なんて今の態度じゃ無理って分かってるけど…そんなこと、素直に言えない…」

 苗字は、唇を噛みしめながらカラスに手をのばした。するとバサバサと羽の音を立ててカラスは飛び立ってしまった。段々と小さくなる黒を見つめる彼女の目は少しだけだが、潤んでいた。

「…きっと、あの子もああいう風に離れるんだ」

 そう呟いてまた肩を落とした。苗字は誰かにキツく当たってしまう度に後悔を人でない何かに向けて話している。
 それを聞いて彼女が自分の口が悪いことや素直になれないことを気にしていることを知ったのだが、俺はそんなところが好きになった。
 好きなのに、友達でいてくれていることが嬉しいのに、素直にそれが口に出せず、むしろ暴言を吐いてしまう。強く言うつもりはなかったのに思い切り言ってしまって、内心ではとても後悔をしている。
 そんな姿が「なんて可愛いのだろう」なんて思ってしまう俺は少しおかしいのかもしれない。

しかし、苗字の本音を知ったところで彼女のために何かしてやれるわけではないことが、とてももどかしく感じる。

のばせぬこの手

(行き場は明らかだというのに)

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