その手をのばした。 | ナノ


▼ 噂の彼女は

 口が悪いことに関して右を出る者はいないと言われるほど苗字名前という人物は立海大附属中の三年の間では名が知れていた。
 俺が最初に苗字を見たのは廊下を歩いているときのことだった。彼女が俺の少し前からこちらに歩いていると、その後方から走ってきた男子と衝突したのだ。よろけた苗字はすぐさま体勢を戻して男子のほうを向き、言い放った。

「ちゃんと前向いてたの?見てなかったでしょ。あんたの目は飾りじゃないんだからちゃんと前見なさいよ」

 廊下のど真ん中で声を上げるものだから、思わず立ち止まってその姿を見た。男子は苦い顔をして謝っていたが、彼女はまだ許せないのか、続けて言葉を並べた。

「っていうか、中学生にもなって廊下走るとか幼稚にもほどがあるわね。保育園児からやり直したらどうなの。このクソガキが」

 こちらから表情はわからないが、さぞかし怒りに顔を歪ませているのだろうと分かるほどに声の調子は苛立っていた。それに、かなりの言い様だ。

 そんな彼女を見て、周りにいた女子二人がひそひそと話を始めた。

『さすがは苗字さん。ぶつかっただけでボロカス言うね』
『口が悪いことで名が通っているだけあるね。怖ーい』

 すると、その会話が苗字の耳にも入ったのか、会話をしていた女子たちに歩み寄ってぎろりと睨んだ。

「こそこそしてないで堂々と言ったら?内容聞き取れなくても雰囲気で分かるから。まあ、そうすることしかできない小心者なんだろうけど」

 女子であろうと容赦なく、きっぱりと言いつけた苗字は彼女たちの返答を聞かずに早々とその場を去った。
 そして、俺は歩き出しながら今の出来事をノートに書き記した。さらに彼女についても今得られたデータを書いた。
 “苗字。口が悪いことで名が通っているらしい。実際に見てもそれは感じられたので、ほぼ確信できる話のようだ。因みに、男女問わずにはっきりと物を言う。”

 初めて見た人間でここまで印象深いのは彼女が初めてだった。自分からわざわざ動かないが、目にしたり関わったりする機会があれば少しデータをとってみようと思う。



 あの日から数週間が経ったある日、一階の廊下を歩いているときに、一号館と二号館の間にある花壇に苗字がいるのに気づいた。彼女は花の水やりをしており、どうやら今日が美化委員の水やり担当の日らしかった。
 ぶつぶつと文句を言いながら花に水をかけている。ここからは聞き取れないが、読唇術で何を言っているのか読み取った。

『何で水やりなんかしなきゃなんないの。大体、花を植える意味が分からない…花の存在意義なんて鑑賞しかないだろうけど…あ、食用もか。やっぱり価値ないわね』

 それから花の存在を否定しながらもちゃんと水をやり終えた苗字は、またぶつぶつと文句を言いながらホースをきちんと綺麗に仕舞っていた。その時に手をこれでもかというほどゴシゴシと洗っていた。
 苗字は何だかんだ文句は言いつつも自分にあてられた役割はこなす。それに、一見、大雑把に見えるが几帳面で綺麗好きという意外な面がある。

 それから苗字はポケットから白のハンカチを取り出し、手を拭きながら再度花に目をやった。

『でも…私よりは価値あるわね…。私は口を開けば毒ばかりで相手を不快な思いにしかしない。あんたは存在するだけで綺麗って言われるんだから……』

 そう呟いたあと、溜息を吐いた苗字は花に背を向けて中庭から去った。
 今の発言…もしかして苗字は自分の口が悪いことを気にしているのか?相手に嫌な気をさせていることを悪く思っていたのか?いや、後者は前からそうだろうとは思っていたが、確率が上がった。

噂の彼女は

(人言からは分からぬもの)

prev / next

[ back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -