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▼ オシロイバナの恋物語

「ねえ、名前は本命いないの?」

幸村にそう問われたのは、バレンタインデーの二日前の四時間目が始まる前の休憩の時のことであった。

「え、バレンタインのこと?」

うん。と何か面白がるような表情を浮かべる彼は、何も知らないから冗談半分といった軽い気持ちで聞けるのだ。こちらの身にもなってくれ。いや、そうなれば私の気持ちがバレてしまう。ずっと、胸に秘め続けている彼への想いが。

「まあ、いるかもしれないしいないかもしれないね」

とそんな曖昧な答えを言ってはぐらかせば、つまらないと言いたげな顔をされた。

「じゃあ、俺にちょうだいよ」
「何で?毎年たくさん貰ってるでしょ」
「名前から貰ったことないから食べてみたい」

そう、私は中学生の頃から幸村が好きなくせに、高校二年生になった今でも本命チョコは疎か、義理と偽ったチョコレートですらバレンタインに送ったことがない。実のところ、送っていないだけで毎年作っているのだが、それを知っているのは仲の良い友人くらい。まあ、単に渡す勇気がないだけだが。

「うーん…。気が向けば義理チョコ作るよ」

と、この時点で嘘を吐いている私は、本当に恋には臆病だと思う。
しかし、渡せるか分からないというのに、「楽しみにしてる」だなんて嬉々として笑う幸村を見ると、今年こそは"義理チョコ"だけでも送らなければならない気がした。

*****

バレンタインデーの前日の夜。私は台所にて最後の仕上げとなるラッピングを行っていた。勿論、明日に渡すつもりをしているチョコレートのであり、ほとんどは友達用にと作った所謂"友チョコ"で、一つだけは本命チョコ。
渡せるかどうかは作り終えた今でもまだ予測もつかないが、この本命のものだけがしっかりとした可愛らしい小箱に入れられ、リボンが綺麗に結ばれている。

「明日こそ、渡したいなあ…」

赤色の小箱に視線を落としながら、溜息でも吐くように呟いた。


いよいよ、バレンタインデー。少し早く登校したというのに、幸村の靴箱や机にはたくさんのチョコがあり、直接渡そうと思っている者たちは幸村の机の付近でそわそわしたり、友達同士で話をしたりしていた。

「今年もすごそうだね」

友達が女子たちを見ながらそう言ってきた。

「確かに。何個いくんだろう」
「100以上は確実でしょ。名前は今年もあげないの?」
「考え中ー」
「去年同様、用意はしてあるんだ?」

まあねと苦笑しながら答えると、友達は私の頬つつきながら他人事のように頑張れとだけ言った。
そんな友達は、今年はどうなのだろうか。「絶対に受け取って貰うんだ!真田くんに!」と一週間前から張り切っていたと思うが。気になって聞いてみると、ぱっと顔を綻ばした。

「真田くん受け取ってくれたよ!」
「良かったじゃん。あの堅物さんがもらってくれて」
「でもね、気持ちは気付いてくれてないっぽいんだよね…」

しゅんと水が足りなくなって萎れた花のようにうなだれて、友達は意気消沈してしまった。肩をぽんぽんと叩いて次は私が頑張れと言った。

それから少しした頃に今日の主役、幸村が来た。「おはよう」と言いながら微笑むだけで、女子たちは騒ぎ合い、キャー!と教室中に黄色い声が響くのだった。しかし、その声も、数分後にはなくなるのだった。何故なら、誰も予想しないことを幸村が口にしたからだ。

「みんな、ごめん。今年はもらえない…」

ぴたり、と空気が一瞬止まった。その直後、ざわざわと「え?」「どうして?」と女子が言葉を漏らした。

「ほしい子がいて。だから、本当に悪いんだけど…」

幸村、私にちょうだいって言ってたのに気が変わっちゃったのかな…。好きな人いるなら、最初からあんなこと言わなきゃいいのに。

私は静かに自分の席に座った。他の女子も渋々と言った様子で自分のチョコを見つめて教室を後にし、泣き出しそうになりながら走り去る人もいた。幸村はというと、机に置いてあったお菓子を紙袋にまとめて、丁寧にくれた人に返していた。きっと、靴箱に入っていたものもそうしたのだろう。

少しして戻ってきた幸村に「俺の分、もしかして作ってくれたの?」と聞かれた。幸村のことだから、気が変わったのに本当に用意してくれていたら悪い、とでも心配しているに違いない。

「作ってないよ」

何もないような、けろっとした表情を精々浮かべてそう答えれば、悲しげな顔をして「そっか」と言っていた。

いつまでも、嘘吐いてばっかり。さっきの返答も用意してたくらい言えればいいのに。

*****

静かな放課後の教室に、私は自分の席でチョコと向き合い座っていた。この教室で音を立てる者は私以外には誰もいない。廊下もただオレンジの光が射し込むだけで、静寂に包まれていた。むしろ、夕日は閑寂をいっそう引き立てていた。

「あーあ…こんなことなら、去年に義理チョコとだけでもあげときゃ良かった…」

うだーと机に突っ伏すと目の前にチョコレートが映った。
もう、自分で食べちゃえ。

そう思って、無造作に袋を開けてチョコを取り出す。あまり好きではないチョコレートは、いつもよりも不味く感じた。

なんかしょっぱい。…ああ、涙か。

泣いていると自分で認識した途端、せき止められていた水が一気に流れるように、私の涙はボロボロと零れた。

「わたしのっ…ばかぁ…っ!」

「うん、本当、名前って馬鹿だよね」

「…え?」

聞き慣れた声をする方向、教室の後ろを見てみればそこに立っていたのはジャージ姿の幸村。あの服を纏うと放つ威厳も、今はすっかり私の目から溢れ出るものによって滲んでしまっている。普段みたいに、格好良いなどと思う余裕は心にはなかった。

「俺がほしいのは名前からのチョコなのに、何で自分で食べてるの」

と言いながらこちらへ寄ってきた幸村を見上げた。

どういうこと?幸村のほしいチョコは私からのチョコ?じゃあ、私は勘違いをしていた…?

「…え、だ、だって、」

次の言葉は口から出ずに幸村によってのまれた。彼の手が私の後頭部と腰をしっかりと持つ。首を動かそうにもびくともせず、そのまま数秒間、唇を重ねた。先ほど食べたチョコよりもずっと甘い気がした。

「んっ……」

私、幸村とキスしてる。と、思うと同時に羞恥が込み上げ、息苦しくもなりつつあったので、離してという意味を込めて幸村の体を押す。すると、わかってくれたのか、幸村は唇を離して私から一歩離れた。

「……ふふ、」

そしてにっこりと笑いながら、私の次の言葉を待つ幸村は意地悪だ。私は赤い顔を彼に向けながら口を開いた。

「わ、私は…幸村のことが好き…!」

チョコはないけど、私の想いがチョコだと思って受け取ってほしい。そんな恥ずかしいことは言えないけどそういう意味を含めた言葉、伝わったかな。

ドキドキしながら、幸村の声に耳を傾けた。

「俺も名前のことか好きだよ」

今日から恋人としてよろしく。と微笑む彼の笑みはいつになく嬉しそうであった。


後から知った話、幸村も中学生の頃から好きだったとか。お互いに好きだったなんて変な感じがするけど、今、こうして想いが繋がったからそれで良いと思う。

私としては幸村が恋に対して臆病だったのが意外だ。私はずっと勇気がなくて逃げてばかりいたけれど、私だけじゃなかった。実は似たもの同士だったりして。

それでも、何よりずっと胸に秘めて送れなかったこの気持ちを伝えられて良かった。

オシロイバナの恋物語

(ねぇ、そろそろ名前呼んでくれない?俺、名前って呼んでるんだし)
(え、え?…せ、精市?慣れないし…そのうち…)
(だーめ。はい、もう一度)
(せ、精市)
(ふふ…よくできました。名前)

*****
あとがき
他のより長いしなんか最後グダグダ(笑)
そして、幸村が意外にも臆病だったら可愛いな、っていう私の願望←
ってかバレンタインから10日も過ぎてるじゃねーの…。

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