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▼ メモリーは上書きで

私には幼なじみの男子がいた。そう、過去形。
中学に入るまではすごく仲が良く、正直どんな女友達よりも気が合って、一緒にいる時間が長かった。立海大附属中学校に入ると聞いて自分もそこに行くために得意ではない勉強を必死にした。そして、二人とも合格して、喜び合った。これからも一緒にいられると思うと嬉しかったし、そのことを信じて疑わなかった。
だが、中学校は心に描いていたものとは違った。彼はテニス部に入っていて、朝早くから夜遅くまで練習があり、休日もほとんど部活で埋まっていた。マネージャーをしたかったが、立海に入りたいと言ったときに、"勉強に励む"という母との約束があったために入れなかった。

そうして私たちはめっきり関わることが少なくなっていった。彼はいつしかみんなの人気者になり、私なんか仲良くできないような、そんな存在になっていて、終いには名前で呼んでいたのが名字になり、挨拶すらもしなくなっていた。

だが、一つだけ変わらなかったものがあった。

それは私が、彼――丸井ブン太のことを好きだという気持ち。

小さい頃から、疎遠した今でもずっと好きで、私の心から離れることはなかった。

そんな私は悩んでいる。バレンタインデーについてだ。一年と二年のときは迷った挙げ句渡さなかったが、今年はどうしようか。ちらりと横目でカレンダーを見れば、14日のところにはハートマークがつけられていて、きっと母が書いたのだろう。それはともかく、そのハートの日まで三日もない私は早急に決断しなければならない。ゆっくりはしていられないのだ。

*****

「作ってしまった…」

そして、来てしまった。丸井の家の前に。とは言っても自宅の向かいにあるので、すぐに帰ろうと思えば帰れる。しかし、そういうわけにもいかない。作ったのだから。
まあ、渡すと決めて作ったのだから渡したい!と言いたいところなのだが、自分が思っている以上に私は臆病者らしい。今更になってなんだか不安になってきた。できれば、直接手渡しにしようと考えていたが、やめよう。

そう思った私はメッセージカードを抜いた紙袋をそっとドアノブにかけた。

さて帰ろうと踵を返そうとしたときだった。「おい」と後ろから声がかかった。恐る恐る振り返ると、そこにいたのはもちろん丸井。

「何してんだよ?」
「お、お母さんに頼まれて、ちょっと届け物」
「ふーん…じゃあ、そこにかかってんのは?」
「え…こ、これは、私が来る前からあったよ」
「嘘だろ。俺、見てたし、苗字がそれかけんの」

見られていたならこれ以上嘘はつけない。素直にこれを丸井にあげないと。

私はかけてあった紙袋を取って、ばっとそれを丸井の前に差し出す。じっと真っ直ぐ、彼の目を見つめる。

…こうして向き合わないうちに、大きくなったね。

彼は容姿だけでなく雰囲気もとても成長したようだった。そして、彼の目を見つめるうちに、私の何かが切れたような気がした。

「義理じゃないからね」
「…え?」

丸井は目をぱちくりとさせて驚きの色を見せた。

「ほ、本当か?」
「当然だよ。じゃあ、私は…」

そう言いながら横を通って帰ろうとすると、腕を握られ、引き止められた。

「待てよ。俺の気持ち聞かないで帰ろうとすんじゃねーよ」

悲しくなるから、返事なんてわざわざいいのに。どうせ、私のことはもう興味ないだろうし、返答わかってる。

「…ごめん、でしょ?」
「お前、馬鹿だろぃ。人の気持ち勝手に決めつけんな。俺はずっと苗字のこと好きだったんだよ…!」

え、嘘。嘘。あり得ない。…私のことが…好き?…嘘、信じられない。

動揺した私は何も言葉にできず、ただ心の中で「嘘」と連呼した。それだけ、私には信じられなかったから。もう、私なんてとっくに心から消えていると思っていた。

すると、呆然としている私の体を丸井は急に抱きしめた。

「俺、中学入ってから嫌われたかと思ってた…」
「…そ、そんなわけ、ないよ」
「だから、さっき苗字が紙袋かけてんの見てすげえ吃驚して、すぐに声かけれねぇでいたんだよ」

その声は真剣そのもので、嘘など微塵も感じられないのに私はまだ、嘘、と信じられぬあまりに心で呟いていた。

「……ねえ、本当に、私のこと、好き?」

そう言った声は震えていた。

「勿論だろぃ。好きだぜ」

その言葉を聞いた途端、ホロリと私の頬に涙が伝った。嬉しさからの、涙。
丸井がそれを優しく拭った。

「お前、何泣いてんだ」
「嬉しくって…。あ、あのさ、前みたいにね、名前で呼んでいい?」
「名前なら当然!」

にこりと笑うブン太を見て、私も自然と頬が緩み、紅をさした。

「ブン太、ずっと大好きだったよ」
「過去形かよぃ?」
「いや、現在形で好き」
「俺は未来形でも名前が大好きだからな」

顔を見合わせれば、無性に笑いが込み上げてきて、私たちは喜色満面の笑みを浮かべ、声に出して笑い合った。


私も、これからもブン太のことが大好きだよ。

中学に入学し、ブン太と関われなくなってから私は「幼なじみだったのに」といつも心でそう呟いて、"幼なじみ"という関係に甘えていた。
今まで気づけなかったけれど私は一人の女子として彼と向き合わなくてはならなかったんだ。今日、チョコレートを渡して思いを伝えたように。

こうなれたことはまるで、少女漫画の展開のようできっと私はずっとこうなることを望んでいた。心の中でそんな夢を描いていた。
彼は幼なじみから、同学年の好きな男子に、そしてこれからは私の恋人。

ブン太。こうして名前をまた呼べる日が来たことがとても嬉しくて、またあなたの横に入れると思うと、幸せな気持ちでいっぱいだ。

メモリーは上書きで

(小学生の時に結構行ってた駄菓子屋、また行こう!)
(おお、いいぜ!前によく行ってたところとか色々回りてぇな)
(そうだね。なんか、懐かしいだろうなあ…)
(これから、小学生の時とは違う新しい思い出、たくさん作ろうな!)


*****
あとがき
前置き長い。そしてバレンタイン全く関係ないじゃないか…。
ああああ、なんか色々と申し訳ない…。ブンちゃんの口調難しい。だろい以外になって言ってんだろう……。
とにかく、後悔しかないってどういうことでしょう(笑)

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