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▼ 甘苦のチョコレートはいかが。

「赤也のバカバカ!赤也なんてチョコに埋もれて死んじゃえ!」

「いや、そこまで貰ってねえから…って、叩くなよ、悪かったってば…!」

むっと口をへの字に曲げて膨れっ面で赤也を睨む彼の彼女、苗字名前がこんなにも怒っているのは、赤也が原因ではあるが、今日という日のせいでもある。

本日、2月14日はバレンタインデーだ。世間の学生は友達同士でチョコを渡し合ったり、中には勇気を振り絞って好きな人に告白したりと、女子は気合いを入れている。男子は少しの期待を心に持ち、今年は何個だろう、一個はもらえるだろうか、とドキドキしている。何処の誰とは言わないが、はっきりと「100個は貰える」と言い切れるものもいるかもしれないが、そんな人はいないほうが普通だろう。

そんな中で赤也と名前の間でもまた、例外なくイベントが行われようとしていたのだが、赤也の持つ"たくさんのチョコレート"によってそれは起こらなかった。

「私以外のチョコは断るって約束したのにっ!」

そう、赤也はそのような約束をしたにも関わらず、他の女子からのチョコレートをたくさんもらったのだ。
名前が放課後、自分が丹精に作ったチョコレートを渡そうと彼に待つように言っておいた教室に向かうと、出迎えたのは彼とチョコとチョコとチョコ。怒った彼女は冒頭の台詞を赤也に言いつけて、あのような状況になったわけである。

「でもよ、わざわざ作ってくれたもんだから断れねぇんだって」

「それならそれで、せめて私のチョコを一番に貰ってほしかった…!」

今にも泣き出しそうな目をする名前を見たあと、赤也は困ったように時計を見た。部活だ。そろそろ行かなければ怒られる、いや、今急いで行っても小言は言われそうな時間なのである。
すると、赤也が時間を気にしていることに気づいた名前はそのことにも腹を立てて怒鳴った。

「テニスが好きなのは知ってるけど、会話中にそんなに時計なんか見ないでよ!部活のほうが私よりいいならさっさと行けば!?」

そう言って、踵を返した名前は教室を出て走り去った。

「名前っ…!」

追いかけなかったのは今までの経験上から無駄だと分かっていたからだ。足の速さでは十分、追いついて引き留めることはできるが、今の名前の怒りを鎮めることはできない。ただ謝るだけでは許してくれないだろう。今回は約束をした上でもあるからだ。

(…つっても、どうすっかなあ……)

*****

部活の休憩中、赤也は経験も豊富であろうと踏んだ丸井に先ほど起こった名前とチョコについて相談してみた。
すると、ガムを膨らましながら話を聞いていた丸井は、パンッと音を立てながらそれを潰し、口に含んで言った。

「それは赤也、お前が悪ぃな」

「でも、断れねぇじゃないッスか」

「けどな、今年、幸村君はある女子のチョコだけが欲しくて、他のは全部断ったらしいぜぃ?」

「ええっ!?あの幸村部長が!?」

赤也は目を見開いた。何故なら幸村は毎年必ず100個以上は貰い、それのお返しをしっかりすることで有名だ。その幸村が一人だけしか受け取らないとなると、驚かないわけがない。

「まあ、赤也は今更他のチョコを返すわけにいかねぇし、必死に自分の想いを伝えるしかねぇだろぃ」

頑張れよ。そう言いながら丸井は赤也の肩を叩いて部室のほうに歩いていった。
こうなればひたすら謝って、自分の気持ちを知って貰おう。そう決めた途端、今すぐに行動を起こしたくなったが、今は部活中だ。勝手に抜け出しでもすれば大目玉を食らうことは間違いなし。それならば、初めから怒られたほうがいいし、むしろ自分に渇を入れて名前の所に行きたい。
そして赤也は、帽子を被って眉間に皺を寄せ、威厳を放ちながら立つ先輩、真田の元へ走った。

「真田副部長!」

「何だ。赤也」

「今から少し部活抜けます!サボるッス!」

「な、何を言っている、この馬鹿者!」

「だから俺に制裁を…!」

赤也がそう言うと、真田だけでなく、周りの部員も目を丸くさせて彼を見た。彼の瞳は何か意志を宿したようにただ前を見ていて、周りの視線によって揺らぐことなどなかった。

「本気で言っているのか?」

「本気ッスよ!だから早く!」

真剣さが伝わったのか、真田はそのことに関しては何も問わずに赤也の前に厳めしく改めて立った。そして、構えた。

「歯を食いしばれーっ!」

言われたとおり歯を固く噛み合わせた。だが、目は閉じず真っ直ぐに真田を見ていた。
パァーンッと思わず顔をしかめたくなるような音が響いた。だが、すぐに赤也の声がその音をかき消した。

「ありがとうございます!副部長!」

「さっさと行ってこんか!」

足を踏み出し走り出した赤也の後ろで「弦一郎、変わったな。鞄の中のチョコレートのおかげか?」「……今日だけだ」と話していたことは彼は知らない。

*****

息を切らして着いた場所は屋上。思った通りそこでは名前が膨れっ面をしながらいじけた様子で座っていた。

近くに寄って俺は頭を下げた。

「約束破って悪かった…すまねえ」

「…本当にそう思ってんの?」

そう言った名前は相変わらずむっとしたままで、一向に目を合わそうとする気配はなかった。赤也が一呼吸置いて、ぎゅっと彼女に抱きつくと、名前は驚いたように目を見張って赤也を見た。そして引き離そうとしたが力にかなうわけもなく赤也に抱きしめられるのだった。

「…思ってるに決まってるだろ。俺は名前のことが好きだ!我侭だけどよ、そんなとこが可愛くて、すげぇ好きなんだ!だからさ、許してくれ…。そんで名前のチョコくれよ。俺が一番ほしいのはあんたからのチョコなんだよ」

駄目か?と赤也が耳元で聞くと、顔を真っ赤にさせて「バカ」と腕の中で呟いた。

「私も大好きなの!だから許すし、チョコもあげるに決まってるじゃん…卑怯者…」

そう言いながら、名前はもぞもぞと腕を動かしてポケットからチョコを取り出した。そして、優しく赤也の体を引き剥がすとしっかりと向き合ってそれを差し出した。

「はい、誰よりも思いが詰まってるチョコだからね」

「サンキュー!どのチョコよりも大事に食べるからな!」

ニカッと笑う赤也を見て、名前も顔を綻ばした。

苦いチョコレートは少しの間、仲を引き裂いた。
でも、彼の甘い言葉とチョコレートが、二人に甘い雰囲気のベールを纏わすように仲直りさせた。

チョコレートに苦いものと甘いものがあるように、この関係にも甘苦があってこそだと感じた今年のバレンタイン。


甘苦のチョコレートはいかが。


(そういえば、その頬どうしたの?)
(制裁食らってきた)
(ええっ!?早く保健室で冷やさないと)
(大丈夫だって。それに、行ったら部活戻る羽目になんじゃん。俺、まだ名前といてぇから)


*****
あとがき
自分で書いたけど、この彼女、正直面倒な女だな(笑)わがままというか独占欲が強いというのでしょうか。でも、まあ、書いていて楽しかったですよ。ただ、赤也とヒロインの会話と最後はなんか恥ずかしかったです。

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