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 今年一番の寒さだとニュースでやっていたとある日の放課後。
 苗字は一人、電車に揺られていた。柳のいる立海へ行くために、初めて一人で買った切符を片手に外を眺めて。
 母には何も言わずに来てしまったが、偶にはこういうこともいいだろう。
(…早く会いたいな…)
そう思いながら彼女はぼんやりと、電車の中の広告に視線をやった。昨日から無性に会いたくて、学校を出てすぐに『そっち行くから待ってて』というメールを送ったのだった。
 電車を降りて、改札口まで行く。以前に柳と何度か来たときのことを思いだしながら、立海に続く道の方へと歩き出した。そうして進んでいくと大きく綺麗な校舎が見えた。さすがは大学附属の私立中学、といつも思う。それに加え、高校は立海に入りたいと見る度に思ったが、金銭的な問題で無理だった。これ以上母に負担をかけさせるわけにはいかない。でも、柳と同じ学校に通いたいという気持ちも苗字にはあった。だから、立海の近くの県立高校に受験すると決めた。あと三ヶ月で本番。だが、苗字の今の学力ではほぼ確実に行けると教師に言われているので焦って勉強をする必要はなかった。
 それから校門まで足を進めると、柳が立っているのが見えた。嬉しくて、思わず小走りで駆け寄った。
「柳…!」
「苗字、久方ぶりだな」
「うん、先週会えなかったから寂しかった…」
 苗字が、俯きながらそう言えば彼は優しく頭を撫でた。
「模試があって忙しかったのだ。すまない…」
「いや、いいの。会えたから」
 ニコリと苗字が笑うと、返すように柳も口角を上げて微笑んだ。
 そして彼は小さな彼女の手に触れた。すると、指の先まで冷たくなっていることに気付いて、両手で苗字の手を包んだ。伝わってくる冷たさから、彼女がどれだけ寒いのかが予想できる。
「こんなに冷やして…手袋やマフラーは持っていないのか?」
「ないよ…買ってなんて言えないから」
 眉を下げて苗字は呟いた。そんな彼女を見て、柳は自分がつけていたマフラーを苗字に巻いた。驚いた表情で見上げる苗字。何を考えているか想像がついたが、あえてどうした?と聞いた。
「こ、これ、柳の…」
「残念ながら手袋は持っていない」
「じゃなくて、柳、寒くなるよ?」
「俺は大丈夫だ。手は、片方だけなら暖かくできそうだな」
 そう言って柳は小さな片手に指を絡めて握った。寒さで鼻の先が赤くなっているとは別の赤みが彼女の頬を染めた。
「…ありがとう」
「さて、クリスマスにはまだ9日早いがプレゼントを買いに行こうか」
「誰の?」
「お前のプレゼントに決まっているだろう?」
 すると、また驚いたような顔で苗字は柳を見る。そんな彼女が可愛らしくて自然に柳の頬は緩んでいた。その一方で、苗字は少々不服そうな顔をしながら、自分の手を引いて歩く彼に行った。
「私、プレゼントできるほどお金持ってきてないよ」
「俺が苗字にしたいだけだ気にしなくともいい」
「で、でも…!」
 そう言いながら握っている彼の手に力を込めて腕を少し引っ張れば、いきなり足を止めて顔をのぞき込んでくるものだから、苗字は目を見張った。
「では、買った物をしっかりと毎日身に付ける。それが俺への最大のプレゼントだ。分かったな?」
「え、う…うん…」
 納得いかないというような顔を浮かべながら返事をしたが、ちらりと視界に入ってきた手芸店に思考を持っていかれたのだった。
(…あ、手編み…!)
「どうかしたか?」
「な、何でもないよ」
 視線を逸らす苗字を訝しげに柳は見つめ、辺りを見渡す。遠くにある店の看板が見え、彼女が何を思いついたのか予想が付いた柳は思わず微笑んだ。
「フッ…そうか」
 隣の彼に何をするかがバレてしまったことなど知る由もない彼女は、図書館で本を借りて作ろうかなあと暢気に考えていたのだった。



 できた!と喜んでいたときには、既に日付が変わってクリスマスイブとなっていた。早く寝なければと思ったが、重ねて祝日の天皇誕生日のため休日だった。だから、朝早くに起きなければならないという心配がない。良かったと祝日に感謝しながらも布団に入ると、すぐに意識は落ちていった。
 目が覚めてリビングまで行くと、手紙が置いてあることに気付いた。目をこすりながらそれを手に取った。
『昼ご飯は冷蔵庫に置いているわよ。でも、夜は遅くなるから何か食べといてね。クリスマスイブの夜だというのにごめんなさい 母より』
 今日も遅いのか…と思いながら、食パンを焼き、ぼんやりと外を見つめているとメールがきた。昼からは柳の家に遊びに行くので、きっとその時間の確認だ。携帯を開けて見てみるとやはりそうで、返事を送った後に今日は何の服を着ていこうかや、こないだ買ってもらったマフラーをつけていかないと、などと考えていた。


「お邪魔します」
 来慣れた柳の家はいつもと変わらず綺麗に掃除されていて、お香の匂いがした。
あ、柳の匂い。などと言うと少し変態っぽいが、好きな匂いだった。落ち着いて、安心できるのだ。
 それから、柳の部屋で話したり、クリスマス用にと買っておいてくれたロールケーキを食べたりして過ごした。
「あ、あのさ。柳…」
「どうした?」
「これ、クリスマスプレゼントに…」
 差し出された紙袋を受け取った柳が中身を出すと、そこには緑と白の毛糸で編まれた手袋があった。
「フッ…ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
「不格好だけど」
「そんなことはない。綺麗に編まれている。それに、何よりあたたかい」
 もう一度、礼を言いながら柳が苗字の頭を手袋をつけた手で撫でると、喜色満面の笑みを彼女は浮かべたのだった。

 ずっと、柳のそばで笑っていられる。そう思っていた。
 彼も彼女も。

*****

 年も明け、お正月シーズンも終わってすぐの日のことだった。
その日は雪が積もっており、手足がよく冷えるとても寒い日で、防寒着がなければ外には出られそうになかった。
「…苗字」
 雪がはらはらと散る風景を、何か心配するような表情で柳は見つめた。
(まさか…)
 更に眉間に皺を寄せながら携帯を開き、先ほど苗字からきたメールを読み直した。
『今日、空いてたよね?1時に家に行くから待ってて!』
現在時刻は1時32分。苗字が連絡を入れずに、20分以上も遅刻する確率は0%に近い。そもそも遅刻することはあまりないので、苗字の身に何かあったのではないかと余計に心配であった。
 ひどく、胸騒ぎがする。気のせいであってほしいと思いながら、柳はコートを急いで着て家を飛び出た。全速力でいつも苗字が家に来るまでの道を走った。どうか、無事であってくれ。
 そうして、苗字の家に着くまであと数100メートルというところで、見慣れたマフラーをつけた少女――苗字が倒れているのを発見した。
「苗字…!」
 駆け寄り、抱き上げて名前を呼ぶが意識を失っているのか、全く反応することがなかった。
「…苗字!苗字!」
 何度も名前を呼んでみても、目が開く気配はなかった。そうして、はっと我に返ったかのように柳はポケットから携帯を取りだした。
 救急車を呼ばなければいけないのに何をやっている。冷静になれ、柳蓮二。
 そう、自分に言い聞かせながら番号を押し、救急車を呼んだ。来るまでの間、ずっと苗字の体を抱きしめていた。まるで、心臓が止まってしまったかのように冷たい体はすぐに柳の体温を奪った。
(死なないでくれ、苗字…)

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