▼ お兄ちゃんな柳さん バレンタインSS
目の前には粒あん、白餡、カスタード、栗が並んでいる。そして、どら焼きの皮が皿の上に積まれていた。
今日はバレンタインデー。きっと、蓮二さんは学校でチョコを貰ってくるだろうと考え、どら焼きにすることにした。
しかし、ただどら焼きを渡すのではなく、由佳さんは「どら焼き屋さん」をしようと言い出した。
「蓮二さんはどんなどら焼きが食べたい?」
「そうだな、まずはオーソドックスに粒あんをいただこうか」
「粒あんのどら焼きだね!」
私はどら焼きの皮を小皿の上に一枚置いて、スプーンでひとすくいの粒あんを皮に乗せた。スプーンで粒あんを広げて、皮を上から被せる。
「はい、出来上がり!蓮二さん、どうぞ」
「ありがとう、名前ちゃん」
蓮二さんはそう言って受け取ろうとしたが、ぴたりと止まって手を引っ込めてしまった。私はどうしたのだろうと蓮二さんを見つめる。蓮二さんは、足元に置いてあったであろうノートを取り、ささっとペンを走らせていた。向かいに座っている私には何が書いてあるのかは見えない。
「何かいてるの?」
「秘密だ。少し待ってくれ」
蓮二さんは立ち上がって戸棚の引き出しからハサミを取り出した。ちょき、ちょき、とノートの一枚を切り取り、さらに丸型に紙を切っていた。
「名前ちゃん、お待たせ」
また向かいに腰を下ろした蓮二さんは私の顔を見て、こう尋ねた。
「このどら焼きの値段はいくらだろうか?」
「えっ?値段?う、うーんと……」
確かに「どら焼き屋さん」の真似事なのだから、金額を設定してお金を受け取るまでしたら、それらしい。
頭に値段を思い浮かべ、私は口を開いた。
「「このどら焼きは200円になります!」と、名前ちゃんは言う」
蓮二さんは私がいくらを設定するのかなんてお見通しらしい。
私がどら焼きを持っていない方の手を差し出せば、蓮二さんは先ほど紙で作った“100円”を2枚、手のひらの上に乗せた。手元にもう紙のお金はなさそうで、本当に私が200円だと言うのを分かって、“200円”を用意したようだ。
「ちょうどもらいました。はい、どら焼きです」
どら焼き屋さんごっこが何だか楽しくなってきて、自然と笑みが浮かんだ。蓮二さんが、どら焼きを口に運ぶのを期待の眼差しで見る。
「ん、美味いな。ありがとう、名前ちゃん」
いつもならここで頭を撫でてくれてただろうな、と思いながら私は「どういたしまして」と頷いた。その後は、由佳さん、蓮人さん、お祖父さん、お祖母さんも交えて、いろんなどら焼きを作った。白餡のどら焼き、栗を入れた栗と粒あんのミックスどら焼き。蓮二さんは、私にカスタードのどら焼きを作ってくれた。
「ふふっ、美味しいね!」
隣に移動した蓮二さんに笑いかける。すると、いつものように頭を優しく包むように撫でてくれた。
「素敵なバレンタインをありがとう。優劣をつけるのは無粋かもしれないが、とても心に残るバレンタインになった」
去年も今年もチョコや別のお菓子をもらったであろう蓮二さんがそのように言ってくれたことが心底嬉しくて、私にとっても心に残るバレンタインになった。
それと、蓮二さんはカスタードを食べ慣れていないのか、口の端にカスタードが付いていたのがとても可愛くて、印象的だったのはまた別の話。
(~20220306)執筆
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