▼ 異世界片道切符
苗字 名前 様
この度は[異世界片道切符]の当選おめでとうございます。
つきまして、名前様の体と在宅されているマンションのお部屋の中をそのまま異世界へ運ばせていただきました。
名前様には立海大附属高等学校への編入が決定されました。学生ですのでお働きになることは難しいと考え、月初めにお金が振り込まれるシステムを導入いたしました。どうぞ、お使いください。
異世界に来るにあたり、以下のことをご了承くださいませ。
・親族、ご友人はこの世界にはおりません。切符を手にされたのは名前様のみだからです。
・名前様の意思ではお戻りになることはできません。
・ここは「テニスの王子様」の世界でございます。
・なお、月一で振り込まれるお金は学校の出席と成績を鑑みて金額が決まります。行って下さらなければお金は振り込まれません。(既に持っていらっしゃったお金につきましては振り込まれています。)
では、新しい世界をどうぞお楽しみくださいませ。
異世界案内人
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朝一、メールを確認する癖がある。そのため、私は寝ぼけた頭で意味不明なメールを読んだ。まだ夢の中かと思ったけどどうやら段々と覚醒する頭はここが現実世界だと言っている。
わけがわからん。
とりあえず、起き抜けにこれまた癖で煙草を一本吸った。ベランダに出て外の景色を見てみれば、そこに広がっていたのはやはり知らない世界だった。煙草の味さえ感じなくなりそうな気分。
そういえば、この世界では見た目は変わらずとも高校生だったな。高校に編入とか書いてたしな。
「まさか、ねえ……」
私は煙草を片手に服を置いている部屋に向かう。クローゼットを開けるとやはりそこには制服があった。
「私にこれを着ろと……?」
手にとって見てみる。無理だろ。
「せめて見た目も高校生にしろよ」
全身鏡に映る私の顔はどう見たって20を超えた女。もともと上に見られるということもあり、お世辞でも少女なんて呼べたもんじゃない。
なんで突然異世界に飛ばして高校に通えとか言っておきながら(まだ信じきってないけど)体はそのまんまなんだよ。なんならもう一回私の高校生活をやり直させてくれ。
「はあ……コスプレかよ」
私は胸ポケットにしまってあった生徒手帳を引き抜いた。それを開きながらリビングに戻り、灰皿にトントンっと煙草を叩く。
『苗字 名前 立海大附属高等学校 2年G組』
とった覚えのない制服姿の私の写真が横には貼り付けてある。マジで意味わからんしマジで似合ってねえ。なんで?なんで?やっぱ夢か?夢なのかーははは……はは。
*
着てやりましたよ。ええ、来てやりました。
あの制服を着て、立海大附属高等学校とやらに来てやりました。
そしてとりあえず職員室に向かえば担任らしき奴が声をかけてきた。
「ん?元気ねえ顔してんな?緊張してんのか?大丈夫大丈夫」
そう言って歩き出したそいつの隣を歩いた。30前半くらいだろうか。
「お前、煙草の匂いめっちゃすっけどまさか吸ってるわけねえよな?」
顔をこちらに向けながらそんなことを言われて一瞬びっくりする。なんか言い訳しないと。
「あー……ベランダに制服干していたんですけど、多分アパートの隣の人がベランダでタバコ吸ったからだと思います」
「なるほどなあー、苗字が吸ってなくてよかったよかった」
吸ってますけど。なんなら今晩は酒飲む気満々ですけど。
「んじゃ入るぞ」
そう言ってドアを開けて入っていく彼に続いて中に入る。ざわざわとする教室内、集中的に刺さる視線。
こういうの、すっごい嫌い。変な目立ち方をしたくない。
私は視線を落として歩いた。誰とも目を合わせたくなかった。
そんな中で、大人っぽいね。高校生に見えねー。などという声がしっかりと私の耳に届く。
その通りなんだからそうなんだ!って言いたい気分。本当に何でこんなとこで制服着て立ってんだか。
「こいつが転校してきた苗字だ。自己紹介してくれるか?」
「苗字名前です…………」
沈黙が続く。ふと顔を上げたら男が多いことに気づいた。あとは銀髪の男。浮きすぎだろ。
「それだけか?なんか趣味とか」
「趣味?」
酒を飲むこと?なんて言えねえ。
「特にないです」
「うーん、そうか。まあ理系クラスで女子は少ないから、特に女子は苗字と仲良くしてやってくれ」
いや、7つ下のガキと仲良くする気なんて私あんまりないんだけど。だって絶対に話題に困るやつじゃん?ジェネレーションギャップってやつ?なんて感じたらお姉さん傷ついちゃうわ。
「席は後ろのあの銀髪の隣に座ってくれ。見た目は怖いが中身は良いやつだぞ」
「そうですか」
席に着いて隣を見れば、つんっとした顔をこっちに向けてきた。ぱっと見は確かに怖いやつだ。
「よろしく」
実は明日にならなきゃ教科書が手元に届かないらしく、私は今日一日のあいだ彼に見せてもらわなければならない。となれば最初に挨拶くらいしとかなければと思ったので声をかけた。
「おん」
「あのさ」
「ん、」
えらい返事が短いやつだな。警戒されてんだろうな。それで良いと思うぞ、お姉さんは。
「教科書なんだけど……」
説明すれば「わかったナリ」って返された。ナリ?見た目を裏切らない中身も変人ボーイなの?
という思いは「プリッ」とか「ピヨッ」とか「プピーナ」を聞いたときに確信するのだった。
はじめの授業は数学IIだった。私は学生の頃から数学が得意で、高校と大学も理系の授業、学科を選択した。そのあたりを配慮されての理系クラスなのだろうな。
とにかく数学は話を聞かなくても理解できるので突っ伏していたら、銀髪につつかれた。
「見るんやなかったんか?」
「数学はいい」
「苦手なんかの?」
あーそっちで見られるか。まあそりゃ習ってないもんを出来るから聞かなくていいなんて普通は考えないよね。めんどくさいし苦手ってことにしとくか。でも、じゃあ何で理系なんだってなるよな。
「うーん、別にそうではないけど」
「そか、」
彼は何考えてんのかわからん顔で相槌を打つ。これ以上話すこともないと思い、再度、腕に顔を埋めようとしたとしたら銀髪は口を開いた。
「おまん、煙草吸ってるじゃろ」
「あー、それ先生にも言われたけど私じゃなくて隣人」
「なんじゃ、えらい不良が来よったと思うたのに」
君も吸ってそうな見た目だよな。まあ、私はれっきとした24歳だから吸ってんだけど。
それにしたってやっぱり煙草の匂いはきついらしいな。家出る前に制服で煙草吸ったのが問題だったな。これからは制服は隔離しよう。あとファブリーズ。
*
正直のところ心のどこかで、いつかこの夢が覚めて私はいつも通り会社に行かなければならない朝を迎えるんだって思っている。
こんなのはリアルすぎる夢なんだって。だって、おかしいじゃん。テニスの王子様って後から思い出したけど中学の時に友達が好きだった漫画だ。そんな漫画の世界にいますだなんて我ながら変な夢だよね。
ってかあいつら中学生じゃなかったけ。見た目老けすぎてて何これ大学生?って聞いたら中学生って言われたわ。
「ほい」
ぼんやり考えていたら数学も終わって、休み時間に入った。すると隣の銀髪は私にルーズリーフを一枚差し出して来た。
「ん?」
「ノートも持っとらんじゃろ」
「あー……」
「教科書届かんのはしゃあないがの、ノートくらい用意しとくもんぜよ?」
「そうかもね。ありがとう」
次もあんまり聞く気なかったけど、とりあえず受け取っておく。担任が言ってたように中身は本当にいいやつなのかもしれない。
苗字くらい知っておこうと胸元を見たが名札がなかった。まあつけてそうなタイプじゃないよな。
「名前、なんて言うの」
「仁王雅治」
「仁王」
「おん」
まあ、この夢がそうそうに覚めてくれるなら名前を覚える必要なんてないのにな。
心の片隅で夢だと信じている一方で、時間が経つにつれてやはりこれは現実なのかもしれないと思い始めている自分もいる。わけわかんない。
あー煙草吸いたい。しんど。
次の授業は嫌いな世界史だったからますます私は苛立ちが増した。
午後の授業に入ると煙草が吸えない時間が長すぎてイライラした。コツンコツンコツンと指で机を叩く。
ちらり。仁王がこちらを見た気がした。もしかして鬱陶しかったかな、と思い隣を見る。少し眉間にシワがよっていた。
「ごめん」
とだけ謝ったら「いや、ええけど」って短い言葉が返ってきた。
帰り際、テニスバッグを持つ仁王に気がついた。あいつテニス部なんか。テニス部に行けば、もしかしたらテニスの王子様の世界にいるだろうキャラに会えるかもしれんな、って考えが生まれたが、何がって私は誰一人として登場人物を覚えていないんだった。いや、よく話をされてたキャラくらいは思い出せそうなものなのになあ。
よし、顔くらい拝みに行こう。漫画のキャラなんだ。やっぱモブと違ってキラキラしてそうだし一目見たらわかるかもしれない。
まあ夢とはいえ漫画のキャラに会えるだなんて貴重だもんな。覚める前に見とこう。
「うわ……」
絶対アイツだ。あんなに美しい高校生がこの世にいるとは思えない。描かれた美しさだよ。青い髪のバンダナくん。
隣の目瞑ってるやつも綺麗だな。
帽子かぶってるやつ、私アイツのこと顧問のおっさんなの?って聞いた覚えあるわ。
はーーますます夢っていうかマジでテニスの王子様の世界に来ちゃった感強いんだけどーーーーー。
あ、仁王。アイツの周りもなんかキラキラしてんな。イケメンばっかだし。っていうか仁王もイケメンだし無駄に派手だもんな。あいつも登場人物なんかもしれない。
うーん見た所あの辺がキャラで、レギュラーといった感じか?なるほどなあ。
ひとまず帰ろう。煙草。煙草吸いたい。酒飲みたい。
***
ベタな社会人ヒロイントラップが書いてみたくて書いたような気がする。(めっちゃ前に書いてて読み返したら、これいつかやりたいなってなりました)
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