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▼ 二人の嘘

 あなた一途なのね、ってまるで他人事のように私は言うけど、この心がただただ人のあたたかさのようなものを失っていっただけだった。

***

「柳、久しぶりだね」
「苗字ではないか」

 彼、柳蓮二と出会ったのは6年ぶりだ。変わったようであまり変わらないと思うのは、彼が昔から容姿も品行も大人びていたせいだろうか。
 今日は高校三年のクラスメンバーで同窓会だった。ちなみに私は成人式のあとの集まりには行っていない。仲のいい友達とだけで食事をしたからだ。
 そのこともあって、東京の大学へ進学した彼と顔を合わすのがこんなにも久しくなったのだった。
「元気にしていたか?」
「ぼちぼちね。柳は?」
 俺もだ。そう微笑む柳は私の記憶に佇む彼であった。懐かしさが蘇る。
 ドリンクを渡したとき、日誌を見てもらったとき、倒れそうになって体を支えてもらったとき、いろんな思い出がある。そう、私は彼が好きで中学と高校の間、テニス部のマネージャーをしていたのだった。
「柳、今日飲むの?」
「そのつもりだが、苗字はどうなんだ?」
「飲むけど。柳ってこういう大衆向けの居酒屋に来るイメージあんまないなって」
「そうでもない。上司との付き合いで何度も来ているからな」
 私は納得のいったように相槌を打った。それからメンバーがある程度集まったので私たちは店の中に入った。がやがやとした店内は奥広く続いている。宴会席は座敷で、私は柳と話をしながら靴を脱いだ。
 私の友達はまだ来ていない。一応、隣の座布団に自分の鞄を置いて席を取る。しかし、数十分後にはそれをどかすことになるのだった。
「えっ、来れなくなったぁっ!?」
 スマホを手にいきなり声を上げる私を柳が見る。私は、友達が今日の集まりに参加できなくなったことを柳に伝えた。どうやら幹事の人には自分でラインを送ったらしいので私が席を立つことはなかった。鞄は出来るだけ自分の方に寄せておく。
「あー。今日、来るメンバーでよく話してたの柳しかいなくなっちゃった」
「俺もそうだな」
 その友達も同じくマネージャーをしていたのだった。学校でも部活でもいっしょに行動しており、一番仲がよかった。私はあの子のことを友達として好きだった反面、最も心の中で恨んだ相手だと思う。何故なら柳が彼女を好きだという噂……いや、本人がそれをほのめかしていたことを私は知っているから。


「柳ってさあ、好きな人いるんでしょ」
「さあ、どうだろうな」
 私は後ろを向きながら柳の机に頬杖をついている。そんな私を見下ろしながら柳は気になるのか? と問いかけた。
「みんなウワサが好きなのよ。で、あの子のこと好きなの?」
 友達の名を出せば柳は少し黙ったが、手首のリストバンドをさっと撫でながら否定した。
「そこまで噂は回っているのだな、違うぞ」
 私にはそれが取り繕ったように見えて、“柳はあの子が好きなんだ“と自分の中でおおよそ確定させた。
「ふうん、そう。つまんなーいの」
 私はそう言葉を吐いて前を向いた。ぎゅっと詰まる胸。
 ああー失恋ですね。別にそれが絶対でもなんでもないけど、たぶんそうなんだろうなって。こんな悲しいんだし、やっぱ柳のこと好きなんだな、私。
 やるせない気持ちで私は外に視線をやった。1号館と2号館の間にある花壇の側を仁王が通るのが見えた。
「……そういう苗字は好きなやつはいないのか」
 私は仁王から視線を外した。振り向いて答えたかったけど、今の私に柳の顔を見ることなんてできない。泣いちゃいそうだから。私は前を向きながら口を開いた。
「仁王って言ったら?」
 こぼれたのは嘘。別に仁王に恋愛感情は抱いていない。そりゃ友達としては面白い人だとは思うけど。
「ほう、初耳だな」
 そうやって柳は言うけど、誰に聞かれたって「仁王」なんて答えたことなんかないし、そりゃそうだ。


「苗字」
 名前を呼ばれてハッとした。ぼんやりと考え込んでしまっていたようだ。
「あ、えっと、あの子が来ないの残念だなーって思ってた」
「そうだな、昔の友人に会える機会をなくすのは惜しいことだ」
 柳も会いたかったのかな、あの子に。まだ好きだったりするのかな。
 そう考えたらどろどろとしたものを感じた。それが心の片隅に、柳への恋心が残っている証拠なんじゃないかって思えた。あんなに近かったあの時でさえ叶わなかった恋なのに、今更どうしたって無理だよ。私はなんだかむしゃくしゃして、とても飲みたい気分になった。別にお酒は強いわけでも弱いわけでもないけど、ただただ飲みたい。
「柳ってお酒は何が好きなの?」
「日本酒だな」
「さすが柳、渋いっ。でもさ、ピーチフィズとかカシオレとか飲んでる柳なんてやだもんねー」
 私がクスクス笑えば柳は飲んでやろうか? とか言うから私はまた声を大きくした。なんか場の雰囲気に酔ってきちゃった。
「じゃあじゃあ、一杯目は柳がピーチフィズで私がカシオレね」
「構わないぞ」
 柳も楽しげに口角を上げている。すると、ちょうどよく店員さんが周ってきたので、柳は私が指定したお酒を注文してくれた。食べ物はコースらしく、順に運ばれてくるようなので、私たちは飲み物がくるまでまた駄弁を弄した。
 そうしてみんなの飲み物がくると、一斉に近くの人たちで乾杯した。名前を思い出せない人もいるけど、飲みの席となるとだんだん緊張もしなくなってきて色んな人と話した。当時はテニス部のマネージャーってだけで話題にされることもしばしばだったので私を知っている人はわりかしいた。こっちは全然、相手のことを知らないけど。
 そして、流れで隣になった男と話していると、そいつがいきなり「俺、高校のとき苗字のこと好きだったんだ」とか言うから私は驚いてしまって飲む手を止めてしまった。私は一体どんな反応をしたらよいのだろうと悩んでいたら腕を掴まれた。
「なあ、今日会っても苗字のことすげえいいなって思うし、俺と付き合う気ない?」
 私は体を引き気味に「ごめん」と言う。それでも腕を離さずに誘い続ける男。私は彼のことなんて当時ですら全く知らないのに、どうしてこんなこと言えるんだろう。いい加減にしてほしいな、って思った時だった。
「苗字が嫌がっているのがわからないのか?」
 柳が声をかけてきた。そんな露骨に言わなくてもって思ったけど、助かったので私は口を閉ざす。男は苦虫を噛み潰したような顔をして違う人のところへ行っていた。
「柳、ありがとう」
 聞けば、彼は違う人にも同じことをしていたらしいのできっぱり言ってもらってよかったなって思った。というか柳は分かっていてああいう言い方をしたのだろうけど。
 そうして終わるまで私たちはずっと二人で飲んでいた。柳が飲んでみろっていうから口に含んでみた日本酒は、甘くてとても飲みやすかった。度数が高いというのに、私はつい注がれたものをぐいぐい飲んじゃって完全に出来上がってしまった。
「柳はこの後どうするのー?二次会カラオケらしいけど、わたしはまだ別のとこで飲みたいなあ」
 空のお猪口を見つめながら言う。柳はそこに日本酒を注ぎながら微笑んだ。
「行きつけの日本酒バーに連れて行ってやろう。チェーンの居酒屋とは比べ物にならないほど美味な酒が並んでいる。苗字が日本酒を気に入ったのなら是非そちらを飲んでもらいたい」
 という流れになったので、私たちは皆と分かれて2軒目へ向かったのだった。
 すでにフラフラの私は柳の腕をつかまなければ真っ直ぐ歩けなかった。柳は簡単に「俺の腕をつかんどけ」なんて言うけど、ふつふつと柳への思いが湧いてきている私には酷だ。どうせこういう状態だから言っているだけに違いないのに。私にその気なんていっさいなくて、あなたは心の中であの子に会いたかったって思っているだろうに。
 私は彼の温もりを肌に感じながら、そんな冷めたことを考えていた。
 それから店に着くと、柳は大将さんに挨拶をして何か頼んでいた。酔いが回っている私はぼけーっとその様子を眺めるだけだった。少ししてから、大将さんは私の前にお猪口が三つ入った木の器を出した。これがいわゆる「利き酒セット」というやつらしい。左から順に説明されたけど、私には何が何だかわからなかった。純米とか大吟醸とか本醸造酒とか……。とにかく私は飲んでみることにした。
「んっ……美味しい! 美味しいよ柳!」
 私はもう一口。一気に顔がほころぶ。柳も嬉しそうに私の顔を見つめた。
「苗字にも味の良さがわかるのだな、嬉しいよ」
「えへへ、真ん中が一番好みかなあ〜」
「なるほど。華やかな甘みのあるタイプが好きなんだな」
 柳は思いついたような顔をして、大将と何か話していた。そんな姿を横目に私は日本酒を口に含む。
 美味しいなあ。柳と二人で並んで飲むなんて、学生時代の私に教えたら驚くだろうなあ。柳ってば本当かっこいいよなあ。と脈絡もなく思考を巡らしていたら、山菜のおひたしが出てきた。
「真ん中のものとよく合う。食べてみるといい」
 私は言われた通り、山菜のおひたしを食べた後、日本酒を口にした。
「おっ、おお!いい!いいね!」
 おつまみが出てきたことでさらに飲むスピードが上がる。柳が飲んでいた熱燗ももらって、さらに日本酒の良さを知る。私は飲む手を止められなかった。
 それから少しして私は言い知れぬ眠気に襲われた。こんなとこで寝たら迷惑なのに……ダメなのに……。
 私は結局、柳の肩にもたれかかって寝る羽目になるのだった。


 ねえねえ、名前。柳って名前のこと好きって噂あるんだよ。
 なんて声をかけてくる友達は何人かいた。その度に私は、柳の好きな人は私じゃなくてきっとあの子なんだよ。本人に聞いたことがあるの。柳は否定してたけどなーんかそんな感じがしたの。ほら、あの子可愛いし頭いいし柳にぴったりだと思わない? と返事をしていた。
 そのあたりから次第に、柳の好きな人はあの子だっていう噂が流れていき、高校三年の秋頃には定着していた。私のせいかもしれない。
 ある日、仁王と話していたらとつぜんきつい口調になった。
「お前さん、馬鹿よのぅ」
「な、なんなのよ」
「参謀の好きなやつの話、お前さんからじゃったか。参謀も哀れナリ」
「全然、人の話聞かないじゃん」
「苗字、後悔するぜよ」
 珍しく私のことを苗字で呼んだ仁王はそのままどっかへ行ってしまった。それにしたって全然話聞かないし、いきなり責め出すし、私は腹が立ってその日は彼と口をきかなかった。
 でもなんだかむしゃくしゃして、私は柳に直接そのことについて問いかけることにしたのだった。
「ねえ、噂のこと気にしてる?」
「俺の好きなやつの話か? 確か発生源はお前が有力だったな。……ふむ、気にしていないと言えば嘘になるが?」
「うぅ……ごめん」
「素直に謝ってくれるだけお前はいいやつだ。ただ、俺が本当に……」
 しりすぼみになっていく声。後半、なんと言ったかわからなくて私は首を傾げた。
「いや、何でもない。お前こそ仁王とはどうなんだ?」
 私は…………


 目を開くと見知らぬ天井。ズキズキと痛む頭を抑えて起き上がろうとすると、いきなりベッドに体を押し付けられた。
「苗字……」
 顔を真っ赤にさせた柳がいた。
「や、やなっ、んんっ」
 とつぜん重ねられた唇。私の頭は真っ白になった。どういうこと、柳とキスしてる? まだまだ酔いがさめてない頭ではすぐに理解できなかった。
「んんっ、やなっ……」
 貪るように唇を食まれ、私は状況を把握するどころじゃなかった。体を押して抵抗しようとしたら、柳の舌が私の舌に絡みついてきた。
「んっ…………」
 それから長いキスを終え、柳はこちらをじっと見つめてきた。私は息が上がっていた。
「はぁ……はぁ……柳、ここどこ?」
「ホテルだ。俺を誘っておいて寝てしまったお前が悪いのだぞ」
 確かに寝た私も悪いけど、むちゃくちゃすぎる。この感じだと、柳は相当酔っているのだろう。今なら私の方が頭は回ってそうだと自信を持って言えそうだ。
「あの、さ、運んでくれたのは嬉しいんだけどそういうのは……んっ」
 また始まるディープ・キス。両手首を握られていて抵抗することもままならない。私はされるがままだった。
「……ハァっ」
 離れる唇。柳は相変わらず火照った顔でこちらを見下ろす。
「お前は高校生の時に仁王が好きだと言っていたな、今も気があるのか」
「……今はないよ、多分ね」
 そう言うと、柳は耳を舐めてきた。私はくすぐったくて逃げようとしたけど、彼の左腕がしっかりと腰に回されていて無理だった。
 それから私たちは詰まる所“行為をした”わけなのだが、私は彼に突かれながらずっと別のことを考えていたのだ。今も好きだと私が言っていたら彼はしなかったのだろうか……彼はしながら何を思っているのだろうか……会えなかったあの子のことだろうか……きっとそうなんだろうな……と。
 翌朝、私の隣で横になる柳に聞いたのだった。
「柳は、あの子のことまだ好き?」
 顔を見ながら返事を聞きたくなくて左向きに寝返った。すると背中に言葉がかけられた。
「違うと言っても苗字は俺があの子に気があるのだと思うのだろう? 学生の時のように」
「じゃあ違わないと?」
 私は振り向いた。柳の顔が近くにある。見ないでいようと思っていたのに。
 それでもなんだか妙に心は落ち着いていた。今ならどんなことでも聞き入れられる気がする。
「フッ……どうだろうな」
 どこか寂しげに微笑む柳。やはりあの子のことが今も昔も好きなのだろうか。
 そんな彼に対して「……ふうん。あなた一途なのね」ってまるで他人事のように私は言うけど、この心がただただ人のあたたかさのようなのを失っていっただけだった。

 それきり私は何だか柳への気持ちは冷めてしまって、同窓会にも参加しなくなった。私たちが会うことはもうなく、連絡を取り合うこともなかった。ただあの晩を境に私たちの関係というのは終わってしまったのだった。


***
あとがき
 嘘と勘違いで叶わぬ恋なんてあったら切ないなって思ったので書いてみました。もどかしい!くっついてほしい!辛い!なんて、書いた本人が一番苦しくなりました。
(20150504)執筆

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