Other | ナノ


▼ スピリットメモリー

俺は自らが育てている花がある屋上庭園へと向かった。すると、行った先には一人の少女が呆然と希望を失ったように瞳に影を落として花を見つめていた。
以前はよく見かけていた子だが、名は知らなかった。しかし、前にここにいたときはもっと和やかな雰囲気だった気がするのだが、あれほどまでに落ち込んだ様子で何かあったのだろうか。

「ねぇ、どうしたの?」

顔を覗き込むようにしながら彼女に声を掛ければ、びくりと肩を大きく揺らしてそれは心底驚いたように口をぽかりと開けてこちらを見た。

「…わ、私が見えるの?」

何を言い出すのか、彼女はそんなことを口にした。そりゃあ、目の前に確かに存在しているのだから見えて当然だ。

「いないものは見えないよ」
「でも、私…幽霊みたいなの」
「えっ?……幽霊?」

耳を疑った。まさかそんな単語が、しかも彼女自身からそのような存在だと聞かされることなど予想だにしなかったから。

「いつだったか覚えてないけど、気付いたら道にいて、でもそこが何処かも、何故そこにいるのかも分からないから、同じ服の人について行ったらここに辿り着いたんだ。しばらくは色んなところ回っていた…」

それからも話を聞くには、自分が誰かの視界に映っていないことに気付いて、懸命に色々な人に声を掛けたが誰も少しも反応がなかったらしい。
そして、今日は偶々ここにいたとのことだ。

しかし、幽霊というのはこれを聞いた上でも信じがたかった。元より、非科学的なものは絶対に存在しないものだと考えていたので、俺はより信じられない。

「君、名前は?」

…わからない――何となく想像していた返答に困ったように笑うと、ごめんなさいと呟くものだから気にしないでと言った。

「それより、本当に幽霊なの?」
「多分。でも、物に触れられるし、足もあるんだよね」
「透けてもいないし、疑っちゃうよ」
「け、けど、誰も私のこと見えないし、人は触れられないの!本当だよ!」

必死にそれを訴える彼女。嘘はついていなさそうだが、あまり非科学的なものを信じたくないという考えも自分の中にある。しかし、彼女は一体どういう存在かと問われれば、生きている人間でないとしたとき、答えられないのも事実。幽霊のような不可思議な存在だと信じざるを得ないのだ。

「じゃあ、君を信じてみるね」
「ありがとう。あなたしか今は話せる人がいないから」
「……そういえば、名前教えてないよね。俺は幸村精市」

手を差し出すと、彼女はおずおずと手を出してきて握手を交わした。触れられたことに驚いたのか目を見開かせていた。そして、彼女の手は予想していたとはいえ、思っていた以上にとても冷たくて、握った瞬間に体温以外の何かも吸い取られるようなそんな感覚がした。

「君の名前は…知らないはずだけど、何故か名前って感じがしてならないんだよね」
「…え?……もう一度、もう一度今の名前を呼んで…!」

せがむ彼女の願い通り、もう一度名前を口にする。

「名前」

すると、はっとしたような表情で"名前"という名前を彼女は自ら連呼した。

「名前…名前、何だか懐かしくて、すごくしっくりくる。きっと、私の名前は名前だよ!」

ぱっと顔を綻ばせ、嬉しそうに笑みを浮かべる彼女に胸がドキリと鳴った気がした。

あれ、俺どうしたんだろう。と考える間もなくチャイムが鳴った。

「あっ、俺、行かないと。じゃあね」
「ゆ、幸村くん!」

振り返ると、不安げに眉を下げる彼女と目が合う。そして、恐る恐る口を開いた。

「ま、また、お話してくれるかな?」
「ふふ、もちろんだよ」

微笑むと、彼女はふぅという安堵の溜息をついた後に、ありがとうとまた喜色満面に笑ってみせるのだった。

唯一の満作

(まさか、自分に霊感があるなんてね)

prev / next

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -