甘い匂いが鼻をくすぐる。今目の前で満面の笑みを浮かべながら口にケーキをほおばる彼女の姿をまじまじと見つめそれを見届け、すぐにお米さんはこちらを見て『あまり見ても面白いものはないよ?』と困った顔をした。
たまたまお米さんと廊下ですれ違い、次のライブまでの打ち合わせをと話し込んでいたけれど、「長々と立ち話なんてことを女性に男がさせるものじゃありませんよ!」とどこから現れたのかわからない突然の変態仮面が俺とお米さんの間に入り込んできた。部長の意見に従うというのもなんだか解せないけど、こうやって今お米さんとお茶をしながら話し合いができるというわけで、というより俺が学園の紅一点を独り占めしているということになんだか現実味がないことを感じていた。そりゃ、俺たちRa*bitsだけじゃない他のユニットに引っ張りダコのお米さんは極々普通の女子高生であって、俺の1つ上の先輩。こんなに人気者の転校生のレッテルを貼られてるとなんだかどっちがアイドルなんだかわからないよなぁ…。頼んだフォンダンショコラを吐き出しそうだった溜息と一緒に口に放り込む。

『真白くんのケーキも美味しそうだね。なんだっけ、ふぉ、フォンダン…』

「フォンダンショコラですよ。よくバレンタインデーとかでも定番じゃないですか。」

そういうとお米さんはそうなの?と言わんばかりの顔をして、ついでに小首を傾げる仕草までしていた。なんというか、その仕草…こんなの年上なんて考えられない。いや、するのはいささかずるい?心の中で何かが暴れている気がしたけれど、笑って誤魔化しもう一度フォンダンショコラを頬張った。

「そういえばお米さんのケーキはなんていうケーキ何ですか?」

『え、えーと…なんだっけ。忘れちゃった。甘いものは好きだけど、名前はわからないや。少し食べてみる?』

え。と口から言葉を発するのにどのくらい時間がかかったのだろうか。え、え????今なんて言った。俺がお米さんのケーキを一口貰う…?いやいやいやここでケーキなんてもらってみろ、他の生徒が許さないし俺に向ける目線が交友的なものから殺意的なものになってしまう!最近やっと平和になりつつあった日常がまた地獄に戻る?!それだけは避けたい。やんわりと断ろう、そうだ。こんな機会最初で最後かもしれないチャンスだったけど、諦めるんだ!真白友也!…って、フォークこっちに向けてたあああ!!

『友也くん、あまり生クリームとか好きじゃない?』

「あっ、いや、えっと、その好きですけど」

『じゃあ、ほら。』

あーん。とケーキを刺したフォークが近づいて…もう!やけだ!体を乗り出し差し出されたフォークに食らいつく。緊張で口の中に広がる生クリームの甘さに噎せ返りそうになり、果実が喉につっかえそうになりすぎて味とかの感想もよくあるテレビで見る饒舌に食レポを伝えるタレントなんか遠く虚しく、「お、おいしいです………」のひと言を絞り出すのが今の俺の精一杯だった。お米さんをなるべく見ないように視線を下げる。俺、男なのに格好付かないな。恥ずかしさのあまりどっちが男だか分からない状況に気分が下がったり上がったりしている俺の心情を知らない当の本人は『ケーキ美味しいね。』とにっこりとほほ笑んではまたケーキを頬張る姿をみる。俺も負けずとフォンダンショコラをフォークに力強く刺す。

「お米さんも!良かったら、俺の食べてみませんか…?」

フォークを差し出すとお米さんは頷き、口を開けた。なんともまぬけとも言える姿に少し呆れつつも俺はまた体を乗り出してお米さんの口に入れた。そんな顔されちゃ、勝てないな。普段から真剣な顔したり俺らに向ける笑顔なんか今までのお米さんの表情には敵わず、『美味しい!』なんて最高にずば抜けた笑顔を俺だけに向けちゃったら、独占欲も増すばかりで。俺の心は既に溶け始めていたんだ。







溶けかけのフォンダンショコラ







『そういえばライブの話するはずだったのに…お茶で終わっちゃったね。』

ごめんね。と困った笑顔が赤い夕陽に反射して、少しだけ綺麗に見えた。あれから2、3時間もお茶していたなんて、これじゃあまるでデートみたいだ。と思った自分が憎い。やっと下がった体温がまた一気に上昇するもんだからどうしようもない。また、明日お願いします。と言うと当然というようにお米さんは小さく拳を作って任せてと言った。なんて頼もしいんだろうか。


『真白くん。』

「なんですか?」

『また、その…私とケーキ食べに行きませんか?』

ふとお米さん方に視線をやると夕陽のせいなのかわからないけど、赤く見えた気がしたから返事の代わりにお米さんの右手を握った。



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また勢いで真白友也なんだなぁ。


2016.5.28
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