○月×日。廊下を歩いていた時だった。大量の衣装を詰め込んだ袋を両手に抱えながら、次のレッスン室に速く行かなきゃ、と頭は思うも体はそう簡単には動いてくれなくて、これは日頃あまり鍛えていないせいなのだと自分の体力を恨まざるをえなかった。
そんな時、誰かが私から袋を掻っ攫った。驚いて横を見れば、同じクラスである氷鷹くんが涼しげな顔でこちらを見て「危なっかしいな。俺が一つ持とう。」と言ってそそくさと先を歩いて行ってしまった。

○月×日。昼食の時間購買にやってきた。今日は購買部限定の幻のメロンパンが販売されるというので買いに来たのだけど、どうやら他の学科もこれ目的で来てるらしく人混みで溢れかえっていた。
諦めて踵を返した時、氷鷹くんが立ちはだかり何やらお弁当を2個ぶら下げていた。頭を傾げてると、「お米、昼飯がないなら俺の分の弁当を食うか?」と一つお弁当を渡してくれた。
幻のメロンパンは入手できなくてがっかりだったけど、目の前にある食料に拒む理由もなく、素直に受け取るしか道はないようだった。

○月×日。予想外の雨が降っていた。天気予報では今日の夜から雨が降る予定だったため、傘は持ってきていなかった。この前予備で持っていた折り畳み傘も何故か壊れていたという不調さに肩を落としていた。
暫く雨がおさまるまで校舎に帰ろうとした時だった。たまたま下校しようとしていた氷鷹くんが靴を履き替えていたところだった。
「これからレッスンなのか?」と聞かれ、傘を忘れてしまったことを伝えると「俺の傘でよければ貸すぞ。」と言って折り畳み傘を貸してくれた。渡してくれた時たまたま手が触れ合ってしまって、その体温がいつもより熱かったような気がする。

○月×日。放課後、今度のライブのための資料をホチキス止めしていた時だった。氷鷹くんが忘れ物をしたらしく教室まで取りに来て、そのついでにのように、何故か口説かれた気がする。私の気のせい?氷鷹くんの癖に悔しい。今度私も仕返してやろうと思う。

○月×日。風邪を引いてしまった。久しぶりの高熱で身体が怠くて動けない。日々の労働からくる過労によるものだった。今日は大人しく家で待機しようと試みたけど、ジッとしてるのがとても辛くて、業務連絡だけと、現在担当している各ユニットのリーダーにメールを送った。少し時間が経つと数件メールが返ってきていて、その内に氷鷹くんからのメールもあった。「放課後、俺と衣更で見舞いに行く。安静にしてろ。」との文だった。あまりの驚きで布団から出てしまい身だしなみを整えたり掃除をしていた結果、熱は悪化したようで2人が来た時にはフラフラと情けない姿を晒してしまった。そのあと、つきっきりで看病してもらってしまい、なんとか完治。氷鷹くんが来たことで悪化したような気もするんだけど。

○月×日。今日はなんだか無性に変な気がする。氷鷹くんを見てると脈が早くなって、まともに呼吸ができなくなる。もしかして、不正脈とか?何か氷鷹くんにトラウマ的な感情を植え付けられた?それにしても、心地よいというか安心感と共に落ち着かなさが私の中であって、この感情の名前に薄々気づきそうな予感がする。けれど、彼はアイドルであって私は彼らを支える側。きっと、氷鷹くんがだんだんとキラキラしたアイドルに近づいているせいなのかもしれない。恐らく、ファンのような気持ちなのかも。

○月×日。初めて、氷鷹くんの前で涙を流してしまった。なんとも情けない。ストレスが溜まっていたのかな。氷鷹くんの言葉は暖かくて、普段の氷鷹くんとはまた別の顔を見れたような気がした。それに対して余韻が心を締め付けるのだけど、氷鷹くんの優しげな表情が原因だと思う。これってやっぱり、普通じゃないよね。

じゃあ普通ではなかったなら今の私は何状態?どんな病気?心の中に何か針のようなものが引っかかり私の心が釣られているような。不思議な感覚が続いた。

ある日の放課後。いつものように各ユニットのレッスンに付き合って買い出しに行こうとした時だった。「お米。」と声をかけられ振り返れば、そこには氷鷹くんがいて少しだけ体温が高くなったような気がした。「帰るのか?」と問われ、買い出しに行くと伝えると「途中まで一緒に行こう。」と氷鷹くんは言った。

放課後といってもまだ陽は明るく風もそんなに冷たくはない。けれど、季節はもう秋になろうとしていて、冷たい風が私の頬を撫でた。それを合図に隣で歩いていた氷鷹くんが急に立ち止まり私も反射的に立ち止まる。

『どうかしたの?忘れ物?』

「いや。最近、お米のことばかり考えてる気がする。」

『な、何かしちゃったかな?私…』

深刻そうに思い悩む氷鷹くんの顔を覗き込むと「いや違うんだ。」と首を振られた。
私気がつかない間に氷鷹くんを追い詰めてたかな…もしかして、レッスンの時に厳しく言いすぎた?でも心当たりがない。
いつも氷鷹くんは真面目に練習にも参加してくれて、嫌味を言うようなタイプではないことは私が知っている。じゃあ、なんでこんなに氷鷹くんは苦しそうな顔をしているの?

「すまん。お米、お前が悪いんじゃない。ただ最近、ずっとお前の顔が浮かんでは俺の胸のあたりが苦しくて…」

『レッスンのメニュー変える?体調が悪いんじゃないかな…。』

「いや、そんなことはない。メニューもさほどキツくはないんだ。恐らく…」

長い沈黙。数分しか経ってないというのに、小1時間くらい経っていそうな感覚に陥る。私が唾を飲み込むのと氷鷹くんが口を開くのが同時だった。

「お米が好きなんだと思う。」

身体の中の体温が上昇し、血液が電流のように流れては頭を痺れさせて、私はおもわず間抜けな声とともにへたり込んでしまった。心配そうに氷鷹くんは私の顔を覗き込むと顔から火が出ているのかというくらい熱く、両手で顔を隠そうとすると右腕を捕まれてしまえば唇に何かが触れた。呆然としていると氷鷹くんは申し訳なさそうな表情をして「可愛すぎだ。」と言って顔を伏せられてしまった。




見て、今にも沈みそう。




氷鷹北斗くんに身も心も支配され沈んでしまった瞬間だった。


『氷鷹くん、不意打ちはズルいです。』

あと私返事も何もしてないし。これでもし氷鷹くんじゃない他の誰かが好きだったらどうしていたのだろう。急に…キスするなんて、私が氷鷹くんを好きだったから良かったものの。
なんだか私だけパニックを起こしていて何とも解せない。頬を膨らませていると氷鷹くんは真剣な顔して、「俺以外の奴を好きになるとは予想付かなかった。」何て言うもんだから、手強い。もう完全に私のことお見通しだよね。ちょっと強気な氷鷹くんも好きだけど。





2016.12.23

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