綺麗な言葉で恋だといって

宗と私は幼なじみだった。それは恐らく宗と私しか知らない。周りには誰もいなかったから、私と宗しかいない世界だった。普段滅多に外に出ない宗は突然外を飛び出したことがきっかけで、こじんまりとした小さな公園のベンチに一人腰掛け人形と遊んでいる宗を見つけたことが最初だった。

『きれい…』

まるで人形のような顔立ち、鉛筆のような細い指、白い絵の具で色付けられたような透き通った肌に思わず言葉が出れば、近寄ってもっと近くでその人形のような人を見たいと好奇心に胸を躍らせた。まるで別の世界に生まれた人、私とは別の人間なのだと子どもながらに確信した。その時、まじまじと見る私に宗は、怪訝そうな表情をすると抱きしめていた人形に顔を埋めてしまった。

『そのお人形かわいいね!あなたもお人形みたいな顔をしているけど…あ、わたしはお米。ともだちになろう!』


それから時が流れれば、宗と私は二ヶ月に一度きりの回数で会った。頻繁に会うようになったのは小学部に上がったとき。会うことがほとんどなくなったのは中等部のとき。私から会いに行ったのは高等部に上がってからだった。

会うたびに宗は変わっていった。はじめは人形遊びをしていたと思えば、取り憑かれたように無我夢中になって裁縫をするようになった。宗の作るものは日ごとに上達しているようで、稀に作った人形やら洋服をプレゼントしてもらうというサプライズもあった。高等部に上がるのと同時にプレゼントをしてくれるということがパタリとなくなった。私自身、宗の気まぐれからなる行動なのだと自覚していたし、さほど期待はしていなかったけど…こうも何事もなかったようにされてしまうとやはり寂しいもので。宗から与えられる物を欲する欲求が心の隅からじわじわと湧いているのがなんとなく感じていた。

今考えれば、宗と私は会わなければ良かったのかもしれない。他人のまま、この世界の隅っこにお互いを知らぬまま自身の生を噛み締めていれば良かったのかもしれない。けれど、たった一つの興味と好奇心から私たちは関係性を生んでしまった。切っても切れない糸で繋がれた。私はそれを運命だと呼んで喜んだ。そんな私を見て宗は呆れた顔をする。たまらなくこの時間が好きだった。ずっとずっと宗と一緒にいたいと、こうしていたいとさえ思った。

宗の声が好きだった。宗の人形のような姿も好きだった。宗の呆れた時の蔑む瞳が好きだった。宗が作った物を褒めた時、僅かに口元が緩んでいる姿が好きだった。宗と過ごす時間が好きだった。宗のすべてが好きだった。宗を思うと胸が苦しくなった。時折来る、吐き気と頭痛に悩まされた。それは長期的に続き、宗を見るたびに身体中の血液が全身を巡っては上手く呼吸もままならなくなった。いつも見つめていた瞳が見えない。いつも軽はずみな冗談もどうでもいい世間話も口にできない。宗の声を聞くと頭を痺らせては、私の思考を溶かしはじめた。いつからだっただろう。私がこの想いを告げようと宗のいる部屋を訪れるようになったのは。けれど、何度訪れても想いを告げるタイミングも虚しく何も成果を残さず帰るのがいつもだった。

そんな遊びも長くは続かない。宗はある日暴走した。学園生活から何かしらの影響を受けている。彼の心を動かす何かがあるのだと、気づいてしまった。私がいなくても宗を受け入れてくれる世界がある。彼の世界は広がっていることも、宗はいつしか私だけの宗ではなくなっていた。だから私はこの関係を終わらせようと決心した。

いつものように部屋の隅っこで裁縫をしている宗を見つけては近寄り、幼かった頃のように私は宗の顔を覗き込んだ。しかし宗は手を止めてはくれはしない。目の前に立ちはだかってもしゃがんで視点を同じ高さにしたところで、彼は私を見やしない。だから私は言葉を吐いた。

『宗は、私のこと好き?』

多分、言葉に躓きはなかったと思う。変なところはなかったと思う。なのに、宗はいつもならば気持ちの悪いくらい綺麗な縫い目をするというのに、私の一言でほんのミリ単位で乱れては作業に没頭した。少しの変化を見て怖気そうになった。だけど、こうも無言にされると気まずいわけで。私は思わず『宗…聞いてる?』と問いかけていた。宗の反応が見たくて声をかければ、返事の代わりに舌打ちをされ、今日は機嫌が悪くないことに気づく。いつもならば小言の一つや二つを吐かれるというのに。宗の視野に入ろうと顔を近づけたのが良かったのか、一瞬ほんの一瞬だけ宗は私を見てくれた。

『やっと私のこと見てくれた。』

にこりと笑わない美しい表情に思わず見惚れてしまう。やはり綺麗だ。昔から変わらないその姿が誰よりも愛しい。触れたくて、欲しくてたまらない。

『宗は綺麗だね。瞳も、この手も指も…心も。』

吸い寄せられるように手を伸ばして宗の指に触れようとすれば、その行動に気づいた彼は反射的に避けてしまう。ふと我に帰れば羞恥にかられながらも、触れることを許されていないというショックと、私の存在に気づいていることに嬉しさを覚え思わず笑みがこぼれた。

『聞いて。』

宗と過ごす時間は私にとって大切で、この日常に浸っていたいとさえ思う。けれど、もうこの関係もお終いにしよう。

『宗…私ね、宗が好き』もう会えないかもしれない。『宗のすべてが好き』これで話すのが最後かもしれない。『宗に恋をしているの』酷く汚い言葉だなと思った。

『宗は、私が好き?』

息継ぎをせずに言葉を吐いたからだと思う。声も身体も震えて、空気さえも震えてたと思う。生まれて初めての告白の感想としては、恐らく可愛げはなかった。ただ淡々と言葉を並べて、胸打つ言葉も出ないものだなと思った。多分、この言葉の意味を理解するのも思考を巡らすのも面倒なのか宗の反応はない。いい加減この部屋から出て行こうと踵を返そうとしたときだった。

「僕は君が嫌いだ。」

初めて見た。いつもなら蔑んで、罵るその不機嫌そうな表情をして言う宗が、今にでも泣きそうな顔で私に言葉を叩きつけたことを。途端に、涙がどうしようもなく溢れた。そのまま何も言わずに部屋を出て行った。ほんの僅かな宗の優しさと、宗が私に対する気持ちに気づいてしまった。自惚れているのかもしれない。私の気のせいかもしれない。だけど長年、宗だけを見てきた私は彼の不具合に気づいてしまった。宗は汚れてしまった。私が汚してしまったのだと酷く罪悪感が襲った。そしてそれと同時に愛おしさに狂わされた。涙が溢れて止まらない。未練なくあの場で言えば何もなかったことにできたはずなのに。最後の最後で宗の優しさが私の心を蝕んだ。まさに生き地獄だと思った。

それから私は宗の部屋には訪れることなく、私はただ淡々と過ぎ去る毎日を彼のいない窓辺から眺めることしかできなかった。


綺麗な言葉で恋だといって


きっと彼はあれが恋だと知ることはない。だって、心もない人形だから。
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