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昼食を食べ終え、午後の演習までの短い自由時間。兵舎の共用スペースで同期たちと談笑していれば、そこにグレイグ将軍がやって来た。下っ端兵士しかいないこの場に彼がやって来るとは珍しい。だらけきっていた一同の背筋は一瞬で真っ直ぐになり、調子に乗って机の上に足を上げていた同期は「バン!」という音が響き渡るほど勢い良くその足を下ろした。しかし彼が此処に何の用だろう。皆で視線を投げつつ様子を伺っていれば、グレイグ将軍とばっちり目が合った。その瞬間、難しそうな顔がぱっと明るい表情になる。

「ちょうど良かった、名前」
「へっ!わ、私ですか!?」
「少し手伝ってくれないか」

そう言うと、グレイグ将軍はついてこいと兵舎の扉を開けて出ていった。何故私が呼ばれたのか?まさか先日の件でついに私の正体がバレてしまって城を辞めさせる手続きを取らされるとか?でもグレイグ将軍のあの表情を見る限り重い要件では無いような気がするが。でも、だったら何故?というか、

「グレイグ将軍に初めて名前呼ばれた……というか私の名前把握していたのか」
「何かやらかしたのか?」
「違う……と思いたい」

城に勤め始めたばかりで、どの隊にも所属していない、所謂「下積み期間」の兵である私の名前を覚えてくださっていたとは。同期の兵は私でも名前を把握できていないほど居るし、グレイグ将軍の前で名乗った覚えもないし……。そんなことを考えていたら、グレイグ将軍の背中が小さくなっていることに気づいて、慌てて兵舎を飛び出した。駆け足で廊下を抜けてようやくグレイグ将軍に追いつくと、彼はこちらを見やった。

「あの、どこへ」
「会議室だ」
「はあ……」

やはりバーで働いていることが露見してしまったのだろうか。会議室の扉を開けたら王やホメロス将軍を始めとした偉い人がズラーっと並んでいて、尋問されるのではないか。私を油断させて逃走しないようにしておくためにグレイグ将軍はニコニコしているのではないかと邪念が湧いてきて、既に背中は汗でぐっしょり。だが引き返すわけにもいかず、意を決して会議室の扉をくぐれば、そこには──王もホメロス将軍も、況してや誰も居なかった。グレイグ将軍は机に積み上げられた資料を何枚か手に取りひと束ねにすると、私に差し出した。

「これと同じように作ってくれないか」
「わ、判りました!」
「急ぎではないから楽にしてやって良い」
「はい……」

どうやら、明日の会議の資料をまとめるために、私を連れて来たようだった。グレイグ将軍と並んで、数種類の資料を一纏めにし、端に穴を開けて紐を通す。

「昨日は、確か休暇だったか」
「は、はいっ!そうです」

いきなり話しかけられて、声が裏返ってしまった。グレイグ将軍と一対一で話をすることなど……兵士の私である時には一度も無かったものだから、少し緊張してしまう。ズレた眼鏡を直し、グレイグ将軍の質問に丁寧に答える。

「休みの日は何をしている?」
「本を読んだり、友達とご飯を食べに行ったり」
「……昨日は何をしていた?言いたくなければ言わなくても良いが」
「昨日は……ずっと兵舎で寝ていました」
「そうか」

どこか、私が触れられたくない部分を針で突かれるような質問だ。もしかして、六、七割方確信しているのだろうか。いくら化粧をして髪型を変えて眼鏡を外そうと、体型や声までは別人になることなどできない。だが素直に認めることは勿論しない。息を吐くように嘘をついてしまったが、今は隠し通さねばならぬ時だ。城下町をぶらぶらしていましたなんて曖昧なショボい嘘より、私は堂々と真反対の嘘をつく。

「グレイグ将軍も休暇でしたよね、……何をされていたのですか?」
「早朝から鍛錬と読書、昼過ぎに武器屋に用があって城下町に行った」

兵の模範のようなその行動に、つい先程ついた嘘が非常に刺さった。だがグレイグ将軍はそれを諌めることはしなかった。

たわいのない話をしながら作業を続けていれば、私の手元にはあるが、グレイグ将軍の手元には無いといった書類が出てきた。この単純作業ももうそろそろ終わりである。彼が最初に適当に二分した書類たちは再びひとまとまりにされ、一刻もしないうちに全ての書類を纏め終えることができた。

「助かった。また何かと頼むかもしれん」
「はい、いつでもお声掛けください。それでは失礼します」

グレイグ将軍に一礼をし、会議室を後にする。同期の元へ駆け足で戻れば、皆が興味津々といったように私の周りを取り囲んだ。

「よ、名前!グレイグ将軍どうだった?」
「何もないよ。ただ喋って書類整理してただけ」

そう言えば、何人かは残念そうな顔をしてもと居た場所へと戻って行った。だが、仲の良い同期は私の顔をジッと伺ったままその場を離れなかった。どうしたものかと見つめ返せば、同期はウンウンと頷きながらパチンと指を鳴らした。

「ははーん、やはり「お気に入り」なのかもな」
「お気に入り?」
「将軍と一緒に見回りしてる奴から聞いたんだけどよ、城下町に新しくできた酒場にお前そっくりなバニーガールが居るんだとよ!」
「は!?」

予想の斜め上の言葉に、反射的に声が出た。まさか、そんな情報が兵士の間で流れていたなんて。これでは、働いている時に捕まってしまえば、或いは言い逃れできない証拠が上がってしまえば、本当に私は此処をクビになってしまう。入隊説明の時に副業に関することを聞き逃していましたなんて、口が裂けても言えない。逃げ道は完全に塞がれている。

「なんだよその声は」
「いや、びっくりしちゃって」
「だよな!んでグレイグ将軍、他の店よりもその店に行くもんだから、そのバニーがお気に入りじゃねえかって噂立ってるんだよ。だから似てるお前を呼んだんだろうって」
「へ、へえ……」

これはまずい。確実にまずい。兵である私も、バニーガールとしての私も、グレイグ将軍に認識されてしまっているということである。あとは彼の中で二人の整合が取れれば、私が副業をしていることが、しかもデルカダールの兵士としての気品を損ねるような場で働いていることが露見してしまう。そんな私の焦りはつゆ知らず、同僚は楽しそうに語りかけてくる。

「でもよりによってお前と似てる奴って、面白いこともあるもんだな。俺はお前が化粧決めた姿なんて想像できねえよ」
「だよね、うん、私もできない。人に見せられる体型じゃないしバニースーツ着るのとかも無理無理!ただの偶然じゃない?」
「俺もそう思う。だからさ、今度一緒にそこに行ってみようぜ。お前も、自分そっくりのバニーちゃん見てみたいだろ?」

見てみたくない、なんて言えないじゃないか。仕方無しに「うん」と答えれば、同期は手を叩いて「決まりだな!」と私の手を肩をポンと叩いた。大変なことになってしまった。当日はどう言い訳しようか、女の子の日で動けないから、とかにすればさすがに延期にしてくれるだろうが、先延ばしにしたところで意味が無い。煙草の煙を吸うと吐いてしまうとかは……砲撃の演習で嘘がバレる。もうダメだ、おしまいだ!となったら、自分で骨でも何でも折って動けないようになるしかない。……それしかない。

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