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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

まだ店も開いていない昼下がり。街行く人々で賑わう城下町を、私は小さめの酒樽とグラスの入った袋と共に歩いていた。

「本当に大丈夫かい?」
「ええ、力仕事は慣れてますんで!」

仕入先のおばちゃんにはそう言ったものの、いくら小さいとはいえ何リットルもの液体を片手で、しかももう片方の手にはグラスの負荷が掛かっているのは想像以上に辛い。しかも下手に落としたりぶつけたりすれば破損して弁償という嫌なオマケ付き。

「っしょ、はあ……」

全くマスターも人使いが荒い。
つい昨日「台車が壊れたから力持ちの名前ちゃんにお願いしたいんだけど」とせっかくの休暇なのにも関わらず荷物運びを頼まれてしまった。最初は“断固拒否”の意味を込めてものすご〜〜く嫌な顔をしてみせたものの、結局はマスターの給料アップ作戦に引っかかってしまい、荷物を運ぶ羽目になった。こんなにも往来が激しい場所で、女が汗水垂らしながら樽を運んでいるなんて恥ずかしくて、さっさと店に駆け込みたいなと考えていると、それを急かすように空からポタリと雫が降ってきた。

「こんな時に雨か、最悪……!」

樽は良いとして、グラスが入った紙袋が雨を吸い込んでしまえば、耐久性が無くなりたちまち穴が空いてしまう。そうなればグラス代は給料から天引き……考えただけでも寒気がしてきた。急いで店に戻ろうと、目に入る雨粒を避けるように下を向きながら石畳を駆ける。足元しか見えない状態で人を避けながら進んでいたのだが、一際大きな影の前で私の足は止まってしまった。こちらが避けようとした時に相手も同じ方向に避けたのだ。危うくぶつかりそうになったところを、なんとか足にブレーキをかけてギリギリで回避する。

「わっ、すみません!……ってグ」

ロクに前も見ないで走っていた私が悪いのだからと、顔を上げて謝ろうとして、そこで固まった。何故私はこの人物と頻繁に出会ってしまうのだろうか。思わず「グレイグ将軍!」と叫んでしまうところを「グ」で止めた自分を褒めてあげたい。

「む、お前は酒場の……」

向こうもこちらに気づいたようだった。万が一知り合いと鉢合わせした時の為に、眼鏡を外しいつもより濃い目に化粧をしていたことが功を成したのか、グレイグさまはどうやら兵士としての私には気づいていないようだ。しかし、バニーの格好もしていない私を瞬時にバニーだと判断するとは、グレイグ将軍はもしかしてもしかするとそういうお店の女の子に興味があったりするのだろうか。無いと信じたいけど。

「お怪我はありませんか?」
「俺は大丈夫だが。お前こそ、その荷物はどうした」
「お店の買い出しで。……急いでいるので失礼いたし」
「俺が手伝おう」
「いえ、騎士さまのお手を煩わせるわけには!」

そう言っている間に、グレイグ将軍は私の持っていた荷物を軽々と持ち上げた。暫く振りに解放された肩が羽根のように軽くなるが、グレイグ将軍に持たせてしまったことに慌てて、それを止めようと手を伸ばす。

「せめて片方は私が持ちます!」
「気にするな。雨に濡れれば風邪を患う、急ぐぞ」

彼にとってはこの程度の荷物を運ぶことなど苦ではないのだろうが、上司にでもあり客でもある彼に持たせてしまっていることが申し訳ない。結局、もう良いと声をかけ続けたもののグレイグ将軍から荷物を取り返すことはできずにお店に着いてしまった。樽とグラスがようやく地面に置かれれば、菫色の髪から水滴が垂れる。

「タオルをお持ちしますので、少し待っていてください!」

すぐさまバーカウンターの奥に駆け込み、タオルが詰め込まれた棚の中に手を入れて適当な枚数を鷲掴みする。グレイグ将軍に風邪を引かせてしまったとなれば申し訳が立たない。

「どうぞ」
「気を遣わせたか」
「とんでもないです!」

適当な席に二人して腰をかけながら、タオルで雨に濡れた身体を拭く。ふと窓から外の様子を伺えば、雲の隙間から青空が見えた。気がつけば、いつのまにか雨音も消えている。にわか雨だったのか、とため息をついた。もう少し早く出ていればこんなことにもならなかったろうに。

「その、グレイグさまも何か別の用事があったのでしょう。申し訳ございません」
「何故俺の名前を」
「デルカダールに住んで居れば誰でも知っています。……すみません、引き留めてしまって」
「いや、それは良いのだが」

雨も上がったことだし、これ以上一緒に居られるとボロを出してしまう可能性があるため、申し訳ないがさっさとお帰りになって欲しいところだったのだが、グレイグ将軍は一向に席を立つ気配が無い。お決まりの如くどうやってご退店願おうかと失礼なことを考えていると、グレイグ将軍がこちらを見ながら神妙な面持ちで話しかけてくる。

「女一人でここに残るのか」
「?……そうですが」
「下層の強盗の話は聞いているな」

成る程、強盗のことを心配してくれているのか。ただ、裏路地とはいえこんな昼間に人気のない店に入り込んでくる可能性など皆無に等しいと思うのだが。

「聞いていますが、鍵もかけてありますし大丈夫ですよ」
「奴らは鍵なんぞ平気で破ってくる。窓から入って金品を奪われることもあったそうだ」
「わ、私こう見えて腕が立つので多少は……」

そう言った瞬間、右の手首をグイッと掴まれた。逃れようと腕を引くが、グレイグ将軍の手のひらがそれを握り締めて離さない。太い手指に血管が圧迫され、熱を持ちドクドクと音を立てる。その苦痛に思わず顔を歪めると、ようやっと手が離された。圧迫された手首には真っ赤な痕が残っている。

「……っ」
「本当にこれで立ち向かえるとでも思っているのか、ならばそれは慢心だ」
「……では、マスターがもう直ぐ来るはずなのでそれまで」
「ここに居る。俺がこのまま出て行ってから何かあったのでは後味が悪い」

私に危機感を持たせたかったのだろうが、加減というものを知らないのだろうか、これは少しばかりやり過ぎではと思う。なかなか消えない赤みを黙って見つめていれば、漸くグレイグ将軍はそれに気づいて申し訳なさそうに謝罪してきた。
そこらのバニーちゃんならば「こんの変態オヤジ!」と酒瓶でも投げつけているかもしれないが、これも彼の優しさなのだろうと判っているので特に咎めはしなかった。ただ、彼とふたり、夕方までこの部屋で並んで過ごすのはやはり気まずい。


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