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ロトゼタシア随一の大国、デルカダール。広大な草原の小高い丘の上に聳え立つその城は、王宮は勿論のこと城下町全体も高い防壁で覆われている。入国審査を抜ければ、高級住宅が立ち並ぶ一等地。丁寧に剪定された街路樹が、堅牢かつ荘厳な雰囲気を和らげている。
そんな城下町の外れにはまるで中心部から除けられるように居酒屋やバーが溢れている。更に下衆なサービス業や違法賭博場は管轄区域外である城下町下層に追いやられているのだが、私が居るこの店はちょうどその「管轄区域外」と「城下町」の間に存在していた。とはいえ特に法を犯しているわけではない、至って健全な酒場だ。今手渡されている給仕服を除けば、の話だが。

「ちょっと!こんな破廉恥なバニースーツを着るなんて、一言も聞いてない!」
「お願いだよ名前、給料は相場の倍……いや、三倍は出すからさ!この辺りは競争が激しいから、こういうモノで釣らないとやっていけないんだよ」
「相場の三倍……」

知り合いであるマスターの頼みでもバニースーツなんて無理だと思い、すぐさま断って城に戻ってやろうと思っていたが、給料の話を聞いてピタリと立ち止まった。自分でも現金なやつだと思う。
頭の中でさっと計算すれば、城で見回りをしているよりも、こちらでバニースーツを身に纏って「いらっしゃいませえ」と甘ったるい声を出している方が稼ぐことができることが判った。相場の三倍はお友達サービス、この機会を逃せばきっと自分は後悔すると思うと引くに引けず、結局支給されたスーツを返すことはできなかった。

「わ、解った……でも新しい子見つかるまでだよ。新しい子入ったら、私は裏でお酒作ってるだけの人になるから」
「本当か、助かるよ!」

そんなこんなで結局バニースーツに袖を通すことになった。袖を通すと言っても袖すら無い。髪を巻いて、いつもより厚い化粧をすれば、男に混じって剣を振う兵士とは誰も思うまい。知り合いが来ればバレてしまうかもしれないが、こんな城下町の端にある店に飲みに来る者は誰もいないだろう……と信じたい。

「仕事も忙しいんだろ、ごめんな」
「ううん、もっとお金欲しかったし、このくらい全然」
「金の話で見事に手のひら返したな」
「そりゃあね」

いくら大国の一兵とはいえ、新米兵士の給料は満足できるものではない。休暇も兵舎で過ごし付き合い以外一切使わない者にとっては手に余るものかもしれないが、こちとら休日は専ら城下町探索。服もアクセサリーも化粧品も欲しい、お茶をするお金も欲しい。そんな若い女性にとっては少々厳しい給料なのだが、如何せん国を護る兵士は自分の憧れの職でもあった。そう、すべてはお金と夢の為。



「いらっしゃいませ!」
「やあバニーちゃん。また会いにきちゃったよ、今日もとびきりカワイイね!」
「キャーおじさま!お上手なんだから!」

尻にさらりと伸びてくる手を避けながら、混み合っている店内を練り歩き酒を届ける。接客なんぞ、城での厳しい訓練に比べれば赤子の手を捻るようなものだと馬鹿にしていたが、これが意外と疲れる。酔っ払った客に絡まれて自慢話をされるのも、胸や尻に伸びてくる手を何気なく避けるのも精神力をめりめりと削られるよう。魔物だったら問答無用でぶった斬ってやるのにと心の中で悪態をつきながらも、結局は高い給料を目の前にすれば笑顔を捻り出すしかない。仕事は割と真面目にこなしていた。

「右奥のお客様から苺ワインいただきました」
「順番に作るから待っててね」

最近、明らかに客の数が増えた。それ自体は喜ばしいことなのだが、問題はこちら側。マスターひとりがお酒を作り、運ぶのは私だけ。開業後とから変わらず二人でこの人数を捌くとなると気が滅入る。

「新しい人は見つかった?」
「それがねえ……なかなか名前ちゃんレベルに良い娘が見つからなくてさ」
「私より可愛い子なんて、そこらへんにうじゃうじゃいるじゃない」
「顔だけじゃないんだよ、名前ちゃんは兵士だから体も引き締まってるだろ?そういう娘、欲しいんだけどなかなかいないんだよね」

こんなにも忙しいのなら、人なんて選ばずに雇ってしまえばいいのに。とは思うものの、そこはマスターの中でも譲れない部分があるらしい。この調子では、本気で店が回らなくなるまで助っ人が来ることはなさそうだと思いながら、オシャレなグラスに入ったワインを受け取って右奥のテーブルへと向かった。

カランカランと大きな鈴の音が鳴れば、反射的に喉からは声が出る。それからドアのほうへと振り向くと、発している言葉はひゅっと飲み込まれた。

「いらっしゃ──」

そこに立っていたのは、日中の自分と同じ服を纏った──デルカダール兵の皆様。その先頭にいるのはグレイグ将軍。まさか私がここで働いていることが漏れたか?それとも違法な酒場として告発されたか?一体何事かとグレイグ将軍の目を見つめていると、あちらも目を合わせてきた。暫く見つめ合う私たち……何だこの状況。

「あ、あのーいかがされましたか?」
「……失礼、見回りだ」

ハッとして目を逸らされたかと思えば、将軍はそう言って頭を下げた。ひとまず自分の正体が露見しなかったことにホッとして、頭を下げたまま兵士たちを店内に入れる。王宮の兵士が居ることもあってしばらくしんとしていた店内だったが、次第にもとの調子に戻ってきた。一方で声を出したらバレてしまうかもしれないと思った私は、適当なテーブルについて誤魔化していたのだが、マスターに視線で「そろそろ良いかと聞いてこい」と言われたため、斜め下を向きながら再び歩み寄る。

「よろしかったでしょうか?」
「ああ。最近下層で飲食店を狙った強盗が発生している。ここも気をつけた方が良い」
「ど、どうもありがとうございます〜」

お礼を述べて顔を上げれば、また目が合った。それから、何かを考えるような表情をされたままグレイグ将軍は固まってしまう。後ろの兵もなんだなんだとざわざわしているため、仕方なく顔を覗き込んで声をかける。

「どうされましたか?」
「……兵士は副業禁止のはずだが、……そもそもあのスケジュールで副業をする暇があるとは……いや……」
「……………」

私にしか聞こえぬ声量で呟かれたその言葉に、背中に冷や汗が流れた。あれ、もしかしてバレてます?いやでもバレているならばこの人はストレートに言ってくるはずだ。つまるところまだバレてはいないとみた。

「も〜どうされたんですか?お酒、飲んでいかれます?おじさまになら、たっぷりサービスしちゃいますよ?」
「い、いや何でもない。それでは失礼する」

黙っていて考える時間を与えるかよりは、さっさと退散してもらった方が良いという判断は間違っていなかったようだ。にっこりと微笑みながら空いている席を指させば、将軍をはじめ兵士たちは逃げるように去っていった。「またお越しくださいませ〜」と鼻にかかった声を出して見送れば、最後までこちらを振り返られることはなかった。ようやく閉まったドアに安堵しながら、カウンターに戻ってマスターの隣に立つ。

「……兵士って副業禁止だったんだ」
「名前?」

頭の中に残ったのは、バレてしまうという懸念よりもグレイグ将軍が呟いた言葉。もしかしたら私は大変なことをしてしまったのではないだろうか。


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