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私には前世の記憶がある。とはいっても、はっきりとしたものではなく、モヤモヤとしたもの。自分の前世があったなと認識するのみの、そんな程度の記憶だった。
それでも前世の記憶があることを誰かに話せば、皆羨ましがる。永遠の愛を誓い合った恋人をこの世界でも探しているのではとか、はたまた大国の王と騎士の主従の因縁なのだろうとか、それについて話し始めれば話題は絶えない。私としても、自分の魂にそんな素敵なストーリーがあるということを考えれば、前世の記憶があるということは嬉しいものだった。

その日は父に連れられて、地元から遠く離れたとある町に来ていた。まるで断崖絶壁の中に作られた一つの建物のような町、そこでは私が幼少の頃まで古風なカジノで有名だったが、今はカジノが閉鎖され毎年のようにそこで武道会が開かれている。力自慢の父はこの武道会を楽しみにしていたらしく意気揚々と予選に向かい、私はといえば予選が終わるまで一人で町を歩くことになった。

町は武道会のおかげか、とても賑わっていた。彼方此方で血気盛んな男性がぶつかり合っているのを何回も見ていると、ふとこの空気から逃げ出したくなって、町の端へと逃げるようにして走った。なんとか人混みから抜け安堵していると、目に映ったのは、とあるこじんまりとした家に咲き乱れる白い花。その中の一輪が私に手を伸ばしているように群れから外れているのを見て、思わず手を伸ばす。

「何をやっている」

その時だった、ふと後ろから声をかけられた。花泥棒だとも思われただろうか、崖の中に建つ此処では野生の植物は殆ど見当たらなかった為、花を見るのも珍しいと思って手を伸ばしてしまったのだ安易な行動に後悔しながらも、ゆっくりと振り向く。

「あ……」
「えっと、」

そこに立っていたのは、私と同い年くらいの青年だった。たまにしか来ない町の、こんな町外れに住んでいる青年。勿論、会うのは初めてだったのだが、互いの顔を見た瞬間に固まってしまった。青年も、口を半開きにしたまま固まっている。

「あの、どこかで」
「……会ったことがあるかもしれないと言ったら、馬鹿にするか?」

勢いよく首を横に振った。私も同じことを思ったのだ、この人に会った時に、前世の記憶がじんわりとよみがえってきた。名前も顔も覚えていない、その相手が確かに目の前に居ると、そう感じたのだ。
青年は私が手を伸ばしていた花を丁寧に手折ると、私へ向かって差し出してきた。この痩せた土地でこれだけの花を育てるのも大変だっただろうに、いともあっさり差し出されたものだから私はそのまま受け取ってしまった。

「ありがとう……」

そう言って笑うと、青年も悲しそうに微笑んだ。それから、その花が枯れたらまた取りに来ると良いと言い残すと、青年は町の上層へと向かっていった。私はそこから動けぬまま、そよ風に花弁を揺らすその花をずっと見つめていた。

「また、会えたのかな」

白い花弁が、こくりと小さく頷いたような気がした。

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