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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

「し、失礼します……」

夕食を終えて水を浴びると、名前は今日も宣言通りブランケットを持って部屋にやってきた。ソファにごろんと横になりながらブランケットに包まって、顔だけをこちらに向けている。その可笑しな姿を見て彼女の生前の姿を少しばかり思い出した。

「こっちに来ないのか」
「え」

そう言うと、名前は驚いたように声をあげた。最初のうちは名前だけソファで寝かせるのも躊躇われてベッドに来たらどうだと声を掛けていたが、最近はもうずっと彼女が断ることを知っていた為に何も言わずに眠っていた。だが、最後の日の夜を同じ部屋に居るのにも関わらず、こうも距離が離れた形で過ごすと思うとむず痒く、結局こちらから言わなければ名前もずっとソファで寝るのだろうと思い久しぶりに声を掛けてみた。

「いや、ソファでいいよ……だって二人で寝たら狭いじゃん」
「名前、最後くらい俺の頼みを聞いてやっても良んじゃないか」
「……う、じゃあそっちに行く」

二人で寝たら狭いとは言いつつも、こちらの様子を窺うような目を向ける名前に思わず笑ってしまいそうだった。昼間、あれだけ互いに触れていたのに、夜は別々に寝たいなんてことを考えているわけがない。邪魔になると思って遠慮していたのだろうが、手招きをすると仕方なさそうにこちらへとやってきて、毛布を捲ればそこにすっぽりと収まった。その身体を抱き枕にするように引き寄せれば、名前は驚いたように体を捻らせる。

「きゃっ!ちょっと、びっくりするじゃん……あと腕重いし」
「……嫌ならばそう言え」
「イヤなんて言ってない、でもやっぱり腕が重い」

背中越しに名前のいつもより荒い呼吸が聞こえた。緊張しているのか、やりすぎかとも思ったが、人生最後の夜だと思えばこのくらいやっても良いのではないかと思った。

「へんなの、ホメロス。私たちこんなんじゃなかったのにさ。こっちに来てから、何だか……」

そこまで言って、名前は言葉を飲みこんだ。その先は言わずとも分かった。同じ屋根の下で二人で過ごしてきた、その間お互いの気持ちの変化が無かったなどあり得ない。抱きしめる腕に、小さな手のひらが重なる。それから、名前は「驚かないで聞いて」と前置きをして口を開いた。

「ねえ、私さ……ホメロスと一緒に生まれ変わりたい」
「馬鹿なことを言うな」
「本気だよ」
「……」
「一緒に生まれ変わって、また会おうよ」

こちらに背を向けているため、表情は見えない。ただ、声のトーンがいつもの冗談めいたそれではなかった。それを聞いて、わざわざ転生しなくても、天国に行けるなら天国に行くべきだとはとても言えなかった。名前の手のひらがぎゅうっと抱きしめる腕を掴む──それは紛れもない彼女の本音のようだった。

「私ね、ずっと此処で現世みたいな生活をしていれば、いつか満足すると思ったんだ。でも、違った……。一人で居るだけじゃダメだったんだ、ホメロスとこうして居るだけで今までの人生で一番幸せな気持ちになった。ホメロス と一緒ならたとえ今の記憶を無くしても生まれ変わりたいって思った」

名前がゆっくりと身体を捻って、こちらに顔を向けた。遮光カーテンの隙間からさす鈍色の光がその顔をぼんやりと映し出す。

「私に足りなかったもの、やっと見えた」

彼女の腕が胴に回される。それに応えるように、もう一度強く抱きしめた。柔らかい身体の感触が、恐怖を癒していくようだった。

この冥府で過ごす人々には、欲が無い。ゆえに誰かを愛しようともしない。数か月ないし一年ほどで消えてしまうその運命をただ受け入れていくだけ。それでもこんなに来世に希望を持つことができるなら、愛しても良いと思ったと。名前は小さく呟いた。

「私が天国で待っていても良いけど、その時は生まれ変わったホメロスは誰かの大切な人になっているから、……その前に絶対見つけ出してやる」
「本気……なんだな」
「勿論」

見上げたその顔は、今までに無いくらい幸せそうな笑顔だった。抱きしめる手を後頭部にあてて、そっと唇を重ねれば、名前は細い肩を跳ねさせた。それは性的なものではなく、ただ互いの存在を確かめ合う行為に近かった。暫くして顔を離せば、名前は困ったように弱った表情をした。

「私たち、今更だね。もっと早く気がつけば良かったね」
「あのまま現世で過ごしていたって、こんな事にはなっていなかったかもしれないがな」
「確かに、私、ホメロスのこと頭良いくらいにしか思ってなかったもん」
「俺も馬鹿力の女だとしか思っていなかった」
「なにそれ、今この空気で言うこと?」

いつの間にかお互いの普段のやりとりに戻っていた。しかし、今日の昼までのそれとは違って、そこにはもう明日への恐怖も何も無かった。名前も死んでいるのにも関わらずどこか生き生きとした表情をしている。

「ふふっ……ああ、幸せだ」

左手首にある赤い帯は四分の三ほどにまで到達していた。名前の頭を撫でれば、擽ったそうにこちらに頭をうずめる。ただそれだけのことが、こんなにも幸せに感じる。初恋にも似た甘酸っぱい感情が脳を支配して、堪らなくてもう一度彼女の身体に触れた。

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