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「#幼馴染」のBL小説を読む
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名前には言わないつもりだった。現世で起きた出来事のことなど、言ったところで何になる。ただ自分の愚かさを露呈するだけだと、そう考えていた。だが、もしこのことを伝えて、名前が自分を嫌ってくれれば、少しでも呆れかえってくれれば、自分がいなくなった時に多少は彼女を悲しませなくて済む。
あまり言葉にしたくはなかったが、此処には名前ひとり。別に自分の愚行が誰かに伝わるわけでもない。彼女は長く下界を見てきた、もちろん、俺のことも見ている。ただ、そこに至った経緯やら何やら、込み入ったことはあまり知らないようだった。

嫌うなら嫌ってくれればいいと前置きして、現世であったことを洗いざらい話した。今まで敢えて触れていなかった、グレイグの名前も出した。自分の中に生まれた醜い、子供のような嫉妬の感情も全て、その時あったことを思いだしながら包み隠さず、言葉を続けた。
名前はその間、こちらを見つめながら時々相槌を打っていた。用意したコーヒーにも手をつけず、ただ自分の話だけに集中しているようだった。

「あまり話したくなかったことだよね?話してくれてありがとう」

意外にも、名前は愚行に対してあれこれとダメ出しをしなかった。今までの行動を見つめ直してくれば、名前ほどの年齢でも馬鹿らしいことくらい分かるはずだ。

「幻滅したか?」
「ううん、全然。むしろホメロスがちゃんとした感情を持っていたことに安心した。そっか、ホメロスは冷静に見えて意外とアツくなるタイプだったんだ、びっくり」

てっきり心まで冷え冷えになっているのかと思ったと、名前は笑った。それは咎められると覚悟していた自分の期待を見事に裏切るものだった。重苦しい空気を一瞬にして晴らしてしまった名前に対し、もしかしたら彼女は精神的に自分よりも大人なのではないかと思えるほどだ……過ぎたことをあまり気にしないタイプなだけかもしれないが。それでも名前に嫌いになって貰えたらと思い話したのにも関わらず、逆に感謝されたことにどこか幸福感を覚えてしまって、自分はまだ天邪鬼なのかもしれないと感じた。

「私も生きていれば三十六か。なんだか信じられないな」
「いくら歳を重ねても中身は案外変わらないものだ」
「そうかな……」

「私は今のホメロスがすっごく大人に見えるよ」
「見た目だけだろう。実際お前とこうやって会話が続くんだ、あまり変わっていない」

名前はレベッカの件があってからも、最初こそは塞ぎ込んでいたが、今はいつも通り暮らせるまでには回復していた。昼は二人して、借りてきた本を読んだり、たまにカードゲームをしたりしながら(いつも名前が負けるのであまりやらないが)、変わらない日々を過ごしている。気が付けば、冥府に来てから結構な時が過ぎたと思う。いったいどれほどの月日が流れたのかということは、変わらないこの景色の中ではあまり実感できないが、それでも名前と暮らしていることが当たり前になってくるほどには此処で過ごしていた。



しかし、気掛かりなことがひとつだけあった。最近、昼はいつも通り元気な名前は夜になると自分の部屋からブランケットを持ってやってくる。おやすみと言い合って自分がベッドに入って暫く経つ頃に、部屋のドアがこっそりと開かれるのだ。最初こそはあまり気にしていなかったが、最近ではほぼ毎日のように訪れている彼女を無視するわけにもいかず、毎日悶々とした気持ちのまま目を閉じていた。

「寂しい……」
「……」

そして今日も、二人して夕食を食べていたときに比べれば別人のようなか細い声で、ただ一言。それだけ言って、名前は部屋にあるソファーに横になる。

「ベッドに来るか」
「ソファでいい、ホメロスの邪魔になるから」

そう言うと、名前はこちらに背を向けるように横を向き、芋虫のようにブランケットを被った。

「なんだかね、ホメロスと居ると甘えちゃうんだ。昔もこんな感じだったっけ?」
「いや、もう少し男勝りな性格だったな」
「だよね」

男どもに囲まれて生活していた、あの時の名前はいつも元気で、あまりか弱い女らしさを見せることはなかった。だが、今はこうして夜な夜なこの部屋にやってくるほど、ひとりでは心細いようだ。

「いまの私、気持ち悪い?」
「いや、むしろそのほうがいい」
「じゃあ生きていた頃の私はダメだったのか」
「そうとは言っていないだろう」

そんな会話をしていると、名前の声は次第にか細く途切れ、頓珍漢な返答をするようになり、やがて小さな寝息だけが耳に入るようになった。ベッドから起き上がって、安心したようにぐっすりと眠る名前の顔を覗き込む。
彼女が部屋に来るようになった……一緒に過ごしたいと言うその意思表示は、きっともうじき自分宛の手紙が配達されるのではという思いから生まれたに違いない。たまに名前と出かける時にすれ違う人々の中に、自分がここに来た時に見た顔ぶれは殆どいなくなっていた。名前もそれを感じて、一人で居ることが心細くてこの部屋に来てしまうのだろう。孤独という恐怖に苛まれながら。

それでも名前は此処に来る理由を口にすることはなかった。それを察した自分もまた、何も聞かずに彼女を受け入れていた。

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