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そこは知らぬ土地だった。見渡す限りの鈍色に包まれたこの街は、初めて見る景色ばかりだが、どこか見覚えのあるような、ないような……ノスタルジーを擽ぐるような建造物が立ち並んでいる。人はまばら、大きな街の割には随分と少ないと思う。その人々も、どこか寂しそうな、悲しそうな……そんな顔をしながら歩いていた。
この街は、雲ひとつない空の下でも、やけにどんよりとしている。

「あの」

どこへ向かえば良いのかも分からずにあてもなく街をさまよっていると、ふと後ろから若い女の声がした。聞き覚えのあるような声だと思いながら振り向けば、そこには見たことのあるような少女が立っている。自分の頭を振り絞って、彼女の面影を探す。……たしか、名前は。

「……名前?」
「ホメロス!やっぱり!覚えててくれたのね」

名前は小走りでこちらに歩み取ると、にっこりとに笑った。何年ぶりだろうか、まさかこんな場所でまた会うなんて思わなかった。驚き固まる自分とは裏腹に、彼女は小躍りしそうなほど嬉しそうにしている。
彼女はデルカダールの兵士として共に過ごした同期のひとりである。どこかの名門騎士の一人娘──すなわち跡取りで、厳格な両親に女とは思えぬほど鍛え上げられていたせいか、男だらけの同期のなかでもとりわけ剣の扱いに長けていたような記憶がある。しかし、彼女はたしかグロッタの魔物討伐の際に殉職したはずだが。

「ふふっ、ホメロスもずいぶんと大人になったね。それでもけっこう若く見えるほうだと思うけどさ」
「俺は……死んだのか?」
「うん、とっくに死んでるよ。だって、ここは死後の世界だから」

目の前に死んだはずの彼女がいる、ということはそういうことなのだろう。昔に比べてずいぶんと口数が少ない自分に名前は残念がっていたが、それでも久しぶりに会えばそれなりに会話は続く。「身長伸びたね」「なんで死んじゃったの?」「髪の毛けっこう伸ばしてたんだね」。殆ど一方的に名前が話しかけてくるだけだったが、それでも二人して並んで歩きながら言葉のキャッチボールを続けていると、やがて古びた一軒家に着いた。

「此処、私の家なの。ホメロスも良かったらどう?一部屋空いてるんだ」
「俺の家は無いのか」
「あるけど、ひとりで住むなんて寂しくない?……こっちの方が良いと思うけど」

ひとりで住んでもあまり寂しくはないのだが、知らない場所で誰かの助けを借りずに生きていくのもまた面倒なもの。名前であれば別に同じ屋根の下に居ても気に障らないと思い、この家の一室を借りて過ごすことにした。
家の中はいたってシンプルだった。内装はまるで城下町の裏路地にある古びた一軒家のよう。幼少の頃から屋敷や城で過ごした名前がこのような家に住むとはなんとも意外だが、もしかしたらこのような家で人並みの生活を送りたいと願っていたのかもしれない。

「生活用品とか、色々買いにいかなきゃね」
「死んでいるのにか?」
「うん、本当は私たちにはもう必要ないんだけど。どっちかというと娯楽目的かな。例えば食べ物の味が恋しくなったら食べ物を食べてもいいし、それに何もない部屋に居てもつまらないから遊べるものを買っても良いし」

言われてみれば、この家はたしかに物だらけだ。目の前にある机の上にも角砂糖が入ったガラス瓶と小さな銀のスプーンが置かれている。ここでコーヒーでも飲んでいたのだろう。そう考えたら、死んだとはいえこの世界での生活はあまり現世と変わらないものなのかもしれないと思えてきた。

「今日はせっかくホメロスに会えたのだから、何かおいしいものでも作ろうかな」
「作れるのか」
「もう失礼な、こっちに来てからちゃんと練習してるから!」

名前は相変わらずだ。今の今まで忘れていた彼女の記憶が、心の奥から少しずつ引っ張り出されたような気がする。彼女は自分の半分ほどしか人生を歩んでいない。自分が名前と同い年だった頃の思い出が遠い昔のように感じる。そんな遠い昔に、彼女はもうすでにここへ来ていたのだ。そう思えば、剣ばかりで女らしいことが何一つできなかった名前が料理を作ることができるのも納得がいく。

「っと、その前に一旦休憩!疲れた。ホメロスも買い物について来てくれる?」
「気が向いたらな」
「なにそれ、ホント冷たくなったよね。私はあれから変わらないけど、生きていればこうも変わっちゃうものなのかな」

名前は自分がまるで彼女が亡くなったあの時のままのように接してくる。傍から見れば、父親と娘の年齢差でもおかしくはない。かといって彼女とヘンに距離を置くこともできずに、なんともむず痒い気持ちになってしまう。

「ホメロス」
「なんだ」

横から呼ばれて振り向けば、自分の頬に人差し指が沈む。名前はやってやったとばかりににんまりと笑って見せた。

「……引っかかった」
「はあ、もう子供ではないのだからいい加減──」
「私まだ子供だよ」
「そういえば、そうだったな」

子供……といっても成人はしているのだが、それでも自分に比べれば子供だ。名前も己の倍ほど生きた自分を前にすれば子供であることを認識しているのだろう。
こんな調子でちょっかいを出されるのなんて何年振りだろうか。今やすっかり自分に対して、素で接してくれる人など一握りしか居なくなっていた為(その人にももう会うことはないが)、どういうふうに返せば良いのかと悩みながらぼんやりと名前の顔を見つめていた。

ちょうどその時だった、脳裏に彼女の亡骸が映し出されたのは。それは今まで心の奥底に閉じ込めていた、思い出したくもない記憶。まるで眠っているかのように目を閉じる彼女の棺に、焼け野原になったグロッタの町で見つけた一輪の白い花を手向けた時のあの光景。血が滲んだ頬に手を伸ばして、静かに体温を確かめた。……あの時と同じように、目の前にいる名前に手を伸ばす。驚いていたが、彼女は特に抵抗もせずにゆっくりと目を閉じた。触れる肌の温度は、いまは己の体温とあまり変わらない。

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