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ネルセンの試練A
古代図書館の扉を開ければ、その先はどういうわけか「神の民の里」と同じような造りになっていた。中に居たネルセンの僕とやらに話を聞けば、どうやらこの先にネルセンの遺した試練があるらしい。クレイモランの寒風に耐える為に魔力を使い疲弊した身体を里で休めれば、早速試練の中で最も易しい「導師の試練」に案内して貰った。試練の中では易しいが、あの邪神を倒す為の試練だ──厳しいことには間違いない。新しい武器や防具を揃えていざ試練に挑めば、降り立った場所は暗い洞窟の中だった。メラを唱えて火を灯せば、ベロニカが驚いたように声をあげる。

「あら、懐かしい場所じゃない。あまり良い思い出は無いけどね」

赤い帽子を揺らしながら、目の前にあった重い扉を開け放てば、彼女は納得したように「やっぱりね」と呟いた。

「ベロニカ、ここに来たことがあるの?」
「あるわよ。あたしとセーニャと……イレブンとカミュの四人で旅をしていた頃。あたしがこんな姿になったのも、ここに棲んでいた魔物のせいなのよ。二度と来ないと思っていたけど、また訪れることになるとはね」
「正確には同じ場所じゃねえな。シケスビア雪原もそうだけどよ、ここは俺たちの記憶が具現化された異空間だろ?ほら、現に見たことがない魔物がうようよ居るぜ」

カミュが指をさす先には、確かにイレブンたちが四人で潜り抜けたという場所には似つかないような、強い瘴気を纏った魔物が居た。こちらの出方を誤っては、あっという間に試練の里に強制送還されることになるだろう。この先の試練がいつまで続くかも判らない為、戦わなくても済む魔物はなるべく避けるように、静かに移動する。
聞けば試練の始点はこの洞窟の最奥だから、終点はきっとこの洞窟の入り口であろう。あまり複雑ではなさそうな洞窟の造りに感謝し、イレブンたちの後ろをついて歩く。

「イレブンは道が分かるのよね?」
「一応地図は持っているから大丈夫だけど、この迷宮はたしか落とし穴があったは──」

そこまで言いかけたところで、タイミング良く足元が激しい音を立てて崩れ落ちた。先に落ちたイレブンたちにつられて、私もバランスを崩して転倒しかける。咄嗟に隣を歩いていたグレイグさまの服の裾を掴むも、体重のある彼のバランスを崩すのは逆効果で、私たちは一人残さず落とし穴の餌食になってしまった。

「げほっ、げほ……いたた、びっくりした」
「し、シルビア!後ろ!」

先に落ちたセーニャが全員にスカラを掛けてくれたおかげで、大きな怪我をすることなく着地ができた。だが、それに安堵したのも束の間、打ち付けた箇所をさするシルビア越しに、機械の魔物がこちらを捉えたのが見えた。赤い光は私たちの方向を真っ直ぐに向いており、それに同調した他の魔物も一斉にこちらを見た。今まではステルスで気配を消していたものの、天井が瓦解する衝撃を見れば、さすがに私たちの存在にも気づかれてしまったようだ。

「機械の魔物ね、しかもかなり手ごわそうよ」
「逃げられるかしら?」
「無理じゃろう……ここは闘うしかあるまい」

背負っていた大杖を握り、魔物に向かって呪文を放とうと思っていた矢先、バチバチと鳴る轟音と共に視界が白一色に包まれ、気づけば目の前にいた魔物はぴくりとも動かなくなっていた。驚きのあまり固まっていると、イレブンが自信の右手をぐっと握りながら立ち構えているのが見えた。その手から迸る小さな魔力の閃光に、今の光はイレブンの放ったギガデインであると、漸く認識することができた。詠唱もしていなければ威力も二年前とは比べ物にならないほど凄まじい、世界が平和になってから彼はどれほど力をつけたのだろう。

「イレブン、会わない間にとても強くなったね」
「そうかな?ありがとう名前」

それに引き換え私はどうだろう。国務に追われて時間が取れないと自分自身の中では言い訳をしていたが、どこか求めるものが──ホメロスさまの居る生活に満足して怠けている自分が居る。家に帰り、共に食事を摂り、気が抜けて眠ってしまうことが多かった。頭の片隅には邪神への懸念が確かにあったはずなのに、今更になって後悔が押し寄せる。もし明日邪神が復活してしまったら?私はきっと太刀打ちすることはできない。

「はあ、恥を忍んで稽古をつけてもらおうかな」

私の師になり得る人は、彼しか居ない。同じく国務に追われるグレイグさまに、更に忙しい日中に稽古を頼むわけにもいかないし、魔法の扱いとなればホメロスさまが一番長けている。戦線から離れた彼がもう一度剣を握ってくれるとは思えないが、それでもなんとか稽古をつけてくれるように頼み込んでみようと思う。

**

あれからなんとか無事に洞窟を潜り抜け、再び黒が渦巻く異空間に飛ばされたかと思えば、次に待ち受けていた場所は、広大な自然に囲まれた山峡だった。川のせせらぐ音が心地良い。バンデルフォン地方には川と言う川が無いせいか、清々しい水気を含んだ空気がとても新鮮に感じられる。ただ、見上げる空には不気味なマーブル模様が描かれていることだけが少し残念だ。
洞窟に続き、此処も私の記憶には無い場所だった。この場所も誰かの記憶の中に存在している何処かなのであろうか、皆の様子を伺おうと思えば慣れたように先へと進むものだから、慌てて後を追う。

「シルビア、此処は……」
「怪鳥の幽谷に良く似た場所ね!メダチャット地方の奥にある場所よ。名前ちゃん、前の世界でも訪れたことがなかった?」
「うん、初めて。グレイグさまもそうですよね」
「ああ、初めて見る場所だ。申し訳ないが、道案内を頼む」

メダチャット地方とは、噂のメダル女学院のある場所であったかな、と記憶を整理する。あの地方は特別魔物に襲われるわけでもなかったから、私たちも派遣されることは滅多に無く、今の今まで足を踏み入れたことはなかった。このような大自然を味わえることなどなかなか無いものだから、世界が平和になったら一度は訪れてみたいと思いつつ、激しく畝る山肌を進む。
王宮暮らしに慣れてしまった私にとって、旅をする生活に戻るということは、想像以上に過酷なことだった。崖を下り、蔦を登り、そのようなことの繰り返しで、長らく筋肉を使っていなかった太腿が酷く痛む。オイルが切れた絡繰のように、関節が今にもギシギシと音を立ててしまいそうだ。

「はあ、なんだか旅を続けていた時よりも、格段に体力が下がった気がします」
「ここの魔物は今までの魔物よりも格段に強い……だから名前がそう思うのも仕方がないわ。私もあれから修行を重ねてきたけれども、ここで苦戦しているようじゃ邪神ニズゼルファになんか敵いっこないわね」

姫さまの言葉が更に胸に刺さった。いつの間にか彼らに置いていかれたような、気持ちになってしまう。私以外の皆はこの二年間で何倍も強くなっているのに、私はといえば二年前の戦力も持ち合わせているかどうか。すっかり沈んだ気持ちのまま歩いて居れば、先頭に居たはずのイレブンがいつの間にか自分の隣に並んで歩いて居た。

「ここを乗り越えれば確実に僕たちは強くなると思うよ、だからあまり思い詰めないで」
「うん……相変わらず、イレブンのそういう言葉を聞くと元気が出る。ありがとうね」

二年前よりも少し高くなった目を見上げた。相変わらずの中性的で綺麗な顔立ちだが、見た目に似合わず頼もしく見えるのは、彼から醸し出る絶対的なオーラ故だろうか。顔を上げれば、イレブンはうんと頷くと先頭の方に戻って行った。

「ニズゼルファを倒して、イシの村を、バンデルフォンを復興させる……そのためには、これも含めてあと三つの試練を乗り越えて力をつけなければいけない。この世界にたどり着くまでも、長い道のりだと思っていたけれども、まだまだ先は長いのね」
「なに弱気になってるの、らしくないわ!もっと元気出していきましょ!初めてアタシたちの前に現れた時みたいに、もうちょっと自信タップリの方が名前ちゃんらしいわよ」

歳下に宥められるなど、私もまだまだ頼りないなと思いながら、隣を歩くシルビアに向けてだらだらとボヤけば、またまた宥められてしまった。どうしてこうもマイナス的な思考になってしまうのだろう。

「あの時は元気だったから……ね」

シルビアたちの前に初めて現れたのは、確か霊水の洞窟だったはず、何年前のことだろうと考えるだけでも頭が痛くなりそうだ。あの頃は長らく城から出たことが無かった所為か、精神的に未熟で、今思い返せば大層無謀なことをして居たと思う。

「でも今は、元気を出そうと思って出せるほど器用じゃないみたい」
「何か悩み事でもあったりする?邪神と闘うのが怖かったり、この試練から解放されるのか不安だとか、それとも──」

シルビアは周りをキョロキョロと見渡すと、狭い歩幅で私の耳元へと歩み寄ってきた。

「彼との間に何かあったの?」

別に今更内密にするべきことでも無いだろうに。シルビアの心遣いに感謝をしつつも、今の暮らしを思い返して見ても、不満など何一つ見当たらない。

「何も……むしろ、一緒に過ごすことができてとても幸せだから、これ以上何も望むモノは無いんだ。だから、何も関係無いかな」

私の気分が沈んでいるのは、きっと、長年平和に感けて稽古を怠ったという自責の念から来るものであって、決して私とホメロスさまのことでは無いのに。何故か、心の片隅で、強がっているのかと疑ってしまう自分が居た。ホメロスさまとの付かず離れずな関係を煩わしいと思っているわけではない、そう思えば思うほど自分の本音が判らなくなる。そもそもこのようなことを考えてしまうようになったのかと、強欲になっている自分が怖くて、心配してくれたシルビアをやんわりと拒絶してしまうかのように顔を背けてしまった。本当に、ホメロスさまは何も関係が無いはずなのに。