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在りし世界の切創
「どうしたんだよ、そんな改まって」
「とりあえず、長くなるから座ってくれると嬉しい」

瓦礫の上に腰掛けるよう促すのもどうかと思ったが、立って聞いてもらうにはこの話は長すぎる。皆が座り終えこちらに視線が集まってもなお、私はどこから説明すべきか悩んでいた。彼らには伝えたいことが多すぎる。しかし、なかなか口を開かないのは悪いと思い、緊張で震える唇を動かす。

「ええと、どこから説明したら良いのか分からないから単刀直入に言うわ。私、この世界の人間じゃないの」

そう言った途端、皆の頭の上に疑問符が浮かんだ気がした。無理もない……無理もないがこの事実を回りくどく言ったところで余計分かりにくくなるだけだ。言うべきことは、分かりやすく、はっきりと言葉にしようと決めて次の台詞を模索する。

「どういうこと?意味が分からないわ」
「まだ寝ぼけているの?」

シルビアとベロニカにそう言われてしまい、これは根本的に信じさせるところから始めなければと億劫になっていると、ざわざわする空気の中でイレブンが控えめに手を挙げたのが見えた。

「それは、名前の右手に勇者の痣があることと関係あるの?」
「……関係ある」

そう答えると、あたりはしんと静まった。私の言葉が妄言ではないと判るやいなや、一同は固唾をのみながら次の言葉を待つ。

「信じて欲しい……と言ってもいきなり信じてもらうのは無理だろうから、私がひとつこの世界のあなたたちに預言します」

「これから私たちは命の大樹の北にある塔へ向かい、そこでこの世界の大いなる存在について知ることになる。すべては、ロウさまが持つその本に導かれるままに」
「……」
「大樹の北にある忘却の塔には……悠久の彼方に失われたものを復活させる力があると──本にはそう記してあるはず」

ロウさまはもうとっくにその本の内容に目を通していたのだろう。私の言葉に心当たりがあるかのようにこくりと頷いた。

「どうも話が見えんが、痣がある理由と何か関係があるのか?」
「命の大樹がこの世界に遣わせた救世主はたったひとり。本来この世界に勇者の痣を持つ者はひとりしか存在しないのです…イレギュラーな事態が起きない限りは」
「あなたが、そのイレギュラーだとでもいうの?」
「ええ。失われたものを復活させること……それすなわち世界の時を断ち切り、過去へ戻ること。そして世界の時を断ち切るには大いなる力──勇者の力が必要。勇者の力を宿すことができる私は、別な世界のイレブンからこの勇者の力を譲り受け、世界の時を断ち切り、この過去の世界にやって来ました」

思えば、この世界のイレブンたちには自分が勇者の器であることも告げていない。こうやって一回話しただけですべての事実を飲み込めるとは思えないが、頭が働く皆の良いところで各々が目を閉じて話を整理しようと考えてくれることが私にとっては大きな救いだった。

「ふむ……ではこの世界の名前はどうしたのじゃ」
「この世界の私も、私の中に。今までこの世界で過ごしてきた記憶と、別な世界で過ごした記憶の両方が鮮明に残っています」
「へえ、なんとも信じがたい話ね」
「だが……確かに。名前が俺らを聖地ラムダで待っていた理由も、ホメロスの追尾を知っているかのように振舞っていたのも理由も辻褄が合う」

カミュがそう言うと、それぞれ心当たりがあったようでうんと頷き始める。ただ、あくまでここまで皆を導いたのは私の行動と言葉のみ。何かこれだという物的証拠はないかと荷物を漁っていれば、ふとこの世界に来る時よりも重量が増した首元に気づき、私はそれらを外すと目の前に差し出した。

「どうしても納得していただけないのならば、これを」
「そのペンダント!」
「お前が、なぜふたつ持っている?」

それは、紛れもなく世界に二つしかない代物。その存在を知るマルティナ姫とグレイグさまは驚いたように声をあげた。

「これは私がいた世界の、ホメロスさまが身に着けていたペンダントです。そしてもうひとつはこの世界のホメロスさまのペンダント。グレイグさまが身に着けているものも合わせれば世界に二つしか存在しないものが三つになってしまっている……これで、納得していただけますか」

信じられないような話であるが、現に証拠はある。これでも信じられないならば、私が天空魔城に幽閉されている間、イレブンたちがどのような旅路を辿ったかを逐一説明しても良かったのだが、どうやらその必要はなさそうだ。もう疑う者はいない。

「ここまでが前置きで、ここからが本題です」

彼らに伝えたかったことは、こんなことではない。ばくばくと音を立てる心臓を落ち着かせるように深呼吸をすると、イレブンたちひとりひとりと目を合わせ、それから深々と頭を下げた。

「どうか、私がもう一度過去へ行くことを許してください」

皆はどう思っているだろうか、何を言っているんだとさぞ驚いていることだろう。自分も同じ状況であれば、「何を言っているの」と声を出してしまうかもしれない。静寂が続くのも束の間、座っていたシルビアに肩を揺さぶられ、ベロニカには身に纏っていたマントををぐっと掴まれる。

「ほ、本気かよ……!」
「そうよ名前ちゃん!せっかく平和な世界になったのに!」
「私がいた世界も、それは平和な世界だった。イレブンたちと協力して魔王を倒して、デルカダールの復興も進めて、まさにかつて私が望んだとおりの世界で……」
「だったらなんで!」

そうだ、魔王の存在に気づく前は、ただ平和に生きることだけを望んでいた。あの頃に比べれば随分と強欲になってしまったようだ。より幸せな未来の可能性が、私の醜い感情をぐんと成長させたせいで、私は自分自身で作り出した壁を乗り越えられずに悩んでいるのだ。

「……その世界には、ベロニカ。あなたと、そしてホメロスさまも存在していなかった。大樹が崩壊する時にイレブンたちの命を救おうとしたあなたは自ら犠牲となって皆を地上に飛ばした」
「あたしが……!」
「そのとき私は、異端審問にかけられてデルカダール城の地下牢に幽閉されていたの。魔王にかけられた呪いのせいで結界が張られたそこから逃げ出すこともできず、イレブンとグレイグさまが助けにきてくれた時はすでに大樹は地に落ちた後だった。だからこそ、呪いが消えたこの魂で再びこの世界に戻ってくれば、皆を救うことができると思っていた。それなのに……」

世界は私の望むものにはならなかった。

「ホメロスさまを救えない、それだけでこんなにも苦しい」
「……だけどあいつはウルノーガに魂を売って、俺らを殺そうとしたんだぞ!そんな奴を何で助けなきゃいけないんだよ!」
「私は、私は………!ホメロスさまのことを愛しているのです!」

──頭の中では分かっていたはずだ。なぜ名前がこの世界に不満を感じているのか、再び過去に戻りたいと願うのか。それでも止める言葉が見当たらなかったために、口から出てしまった不本意で強引な言葉だった。その言葉も今まで一度たりとも聞いたことがないような彼女の絶叫でかき消されてしまったが。

「……名前、きみの言い分は分かった」
「それなら!」
「ただ、少し時間をちょうだい。過去へ行くということは、この世界から名前が居なくなるということでしょ?それは、あまりにも急すぎる」
「そ、そうだよね。わかった……早とちりしてごめんなさい」

──僕の目に映る名前は、軽く触れただけでいとも容易く壊れてしまいそうなほど繊細なガラス細工のよう。自分が生きた世界を捨て、この世界にやってくるとき、彼女はどれだけのモノを犠牲にしたのだろう。家族や友人、デルカダールで共に過ごした仲間や、共に冒険をした仲間、思い出の場所、たいせつなもの……きっとこの世界に来ると決めたとき、名前は悩みに悩んだだろう。人前では強がりな彼女のことだ、涙を流してまで決め抜いたことかもしれない。
しかし目の前の名前はどうだろう、一度過去へ戻れたことを良いことに、思い入れの少ないこの世界をいとも簡単に切ろうとしている。ホメロスへの想いに気づき、冷静な状態でいられないのだろう。この世界の名前も、かつての世界の名前と同じようなモノを持っているはずなのに。
彼女の精神はもとの世界を捨てタイムリープを行ったことと長らく幽閉されたことが相まってボロボロになっていると考えた僕は、あくまでも冷静を装うように名前の肩に手を置いた。

「いったん、イシの村に帰ろう。そこで落ち着いて答えを決めて欲しい」

イレブンに促され、折れていた膝を立ち上げた。私を止める権利など、誰にも無いことは判っているのに、このまま彼の手を振り切って逃げ出そうとまでは思えなかった。私自身、冷静さを欠きながらも、心の奥底では自分が正気ではないことを認めていたのかもしれない。