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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

救えない、救われない
翌朝、いよいよ始祖の森の高台に赴けば、そこには六芒星を基調とした円型の──まるで巨大な魔法円にも見える模様が広がる祭壇があった。その頂点にはオーブを捧げる為の六つの台座が佇んでいる。

「なあ、此処ってあの虹色の枝が見せてくれた例の祭壇と同じ場所じゃないか?」
「間違いあるまい。さあイレブンよ、六つのオーブを捧げるのじゃ。それですべてが明らかになろう」

ロウさまの言葉を受けたイレブンがふくろからオーブを取り出した。真紅の輝きを放つそれは、かつて我が国の宝としてデルカダール神殿に奉納されていたレッドオーブであろう。確か、かつての世界のレッドオーブは海獣から奪い返したものであったので気にも留めなかったが、そもそも六つのオーブをこうして世界中から集めたのはイレブンたちであったことを思い出す。

「あれは 我が国の宝、レッドオーブでは?」
「えーっと、悪いな。俺たちにはどうしても必要で……」
「あの時、レッドオーブがデルカダール神殿にあると知って、どうしても必要だった僕たちは神殿に向かった。でも神殿に着いた時には既に兵士が魔物に殺されていたんだ」

単純のそれの入手経路が気になって問うと、カミュは歯切れの悪い答えを返した。一方のイレブンは、私が「イレブンとカミュがレッドオーブを盗むために、デルカダール神殿にいた兵を殺したのではないか」と誤解しているとでも思ったのだろうか。慌てて弁解をするように声を張り上げた。

「んで、その魔物を倒してレッドオーブを奪い返したってわけ」

カミュがイレブンの言葉に乗るようにそう説明すれば、二人は安堵したように深い溜息を吐いた。私はといえば、彼らの言葉を聞いて一瞬何のことだと思っていたが、イレブンとカミュが「自分たちが疑われているのではないか」と思い慌てて弁解していることに気づいて、そういうわけじゃないと手を振った。

「魔物の仕業であることは見れば判ったよ。でもその魔物を倒して兵士の遺体を安置してくれたのはイレブンとカミュだったんだね。大変だったでしょう……ありがとう」

ずっとお礼が言いたかったのだと、そう伝えて深く頭を下げた。心の中では、あの亡骸ひとつひとつの手を合わせてくれたのは彼らではないのかと、なんとなく思っていたのだ。あまり良い記憶ではないから掘り起こすのも躊躇われていたが、今その真相を暴くことができて良かったと思う。

「国宝を無断で持ち出したのは本当に悪いと思ってる、ごめん」
「ううん、良いの。結果的にこうして魔の手に落ちていたオーブをひとつ救うことができたのだから。さあ、この話はおしまい。早く台座にオーブを捧げましょう」

イレブンが六つのオーブをすべてふくろから出すと、それらはふわふわと宙に浮き、何かに導かれるようにそれぞれのあるべき台座へと収まった。オーブに秘められた魔力はあっという間に祭壇の魔法円に流れ込み、あたりが白い光に包まれる。
──次に目を開けた瞬間に視界に飛び込んできたのは、虹の橋とも表現すべき大樹へと続く長い道だった。

「わあ……!」

虹の橋のあまりの壮大さに、暫く開いた口が塞がらなかった。他の皆も、飲むようにその光景を眺めている。

「いよいよ命の大樹へのお目通りが叶う時が来たわね」

導かれるように虹の橋へと足を進めるイレブン一行。私も彼らの後を追うように橋に足を踏み入れたところで、ふとこれから起こることを思いだした。
大樹へと入る道は虹の橋ただひとつ。つまり、ホメロスさまは私たちの後をついてこの橋を渡って大樹へとやってくるはずだ。牽制の意を込めて、背後の景色を隅から隅まで眺めた。彼のことだからうまく隠れているのだろう、当たり前だが姿は見えない。

「どうしたの、 名前?」
「ううん……なんでもない。さあ行きましょ」

なかなか足を進めない私を不思議に思ったのか、イレブンから声を掛けられた。ここで私に対する違和感を悟られては、更に複雑な事情が絡まることになるから、平然を装って「何でもないよ」と返した。さっさと虹の橋を渡り始めれば、イレブンからそれ以上言及されることは無かった。
もうすでに目を細めなければはっきりと見えないほどの大きさになった祭壇を一瞥しながら、私たちは命の大樹へ着々と足を進めた。

**

大樹の中心部へ進入すれば、そこには大樹の蔦に守られながら光り輝く巨大なエネルギーの塊があった。そして、その中心にはかつてイレブンと共に創ったものと同じ勇者の剣が浮かんでいる。このエネルギーの塊が、大樹の魂と呼ばれるものなのだろうということは直に察しがついた。今までに感じたことが無い程の神聖な魔力、それに共鳴するように私右手にある痣も、じんわりと光り輝いている。慌ててグローブの上に籠手を嵌めれば、漸く光は漏れなくなった。

「これが大樹の魂……なんという大きさなのかしら」
「イレブン、さあ。大樹の魂の中へと進んで、あの勇者の剣を手に取りましょう。あなたならばきっとできるはず」

イレブンは首を縦に振ると、大樹の魂へと向かって一歩ずつ足を進める。やがて大樹の魂を守る蔦に手をかざせば、勇者の痣と大樹の魂が共鳴して光り輝いた。この剣を手に取るべき者が来たのだと大樹が認識したかのように、行く手を阻む蔦がするすると剥がれ落ちる皆がその光景に見惚れている中、私は背後で動く闇の気配に全神経を集中させていた。葉を踏む小さな音、カチャリと響く鎧の軋む音、そしてこちらへと向けられる強い闇のエネルギー。そのエネルギーがこちらへと向かって飛んでくる瞬間、イレブンを守るようにバッと彼の前に飛び込むと、自身の剣を取り出してマホカンタを纏い、それを思い切り振り下ろした。

「させない……っ!」

闇のエネルギーは剣にかき消されるように空中で黒い霧となって消え失せる。
背後にいるその人物へと目を向けた。彼もまた驚いたような表情をしながらこちらを見つめている。そして、それに気づいたイレブンたちも、後ろを振り向いて声を上げた。

「なっ!」
「おい、……あれはホメロス!いつの間についてきやがった!」

ここで私が彼を止めなければいけない。剣を握り直すと、イレブンたちを守るように、ホメロスさまのもとへ一歩ずつ踏み出す。今更だがこの現実を──ホメロスさまが敵対していると信じたくはない思いもあった。しかしここでホメロスさまを止められるのは、彼の持つ闇のオーブのことを知る自分だけ。やるしかない、さもなくば私たちがやられてしまう。

「私の気配に気づくとは、さすがだな」

お互いの距離は、いつもより少し遠い。ホメロスさまはこちらを見るといつものようにニヒルな笑みを浮かべた。その笑みの裏に隠れているのは闇のオーブを持っている彼の圧倒的な余裕だと知っている。知っているからこそ、いつものように嫌味っぽく返事をする余裕も無かった。

「何故お前がここに「居られる」のかは……今は置いておく。まずは反逆者として裁かなければなm
「この状況で私を裁くなんてよく言えますね、余裕に浸っていると足元を掬われますよ」

私の言葉は、自身を奮い立たせる為のただの強がりだ。ホメロスさまがゆっくりと剣を構えた──しかし、対する私はといえば既に手に握っていた剣を普段通り構えることができないでいた。お互いが剣を構えること、即ちそれは私とホメロスさまが戦うということ。そうなってしまえば完全にこちらが不利になってしまう。ホメロスさまは剣術は勿論だが魔術にしても、デルカダールで渡り合える者はほんの一握りしか存在しないほどの実力者である。更に闇のオーブも使われてしまった時には、もう勝ち目は無い。実力行使になる前に、なんとかしてホメロスさまを説得しようと声を荒げる。

「ホメロスさま、今ならば間に合います!どうか剣を収めて……これ以上罪を重ねないでください!」
「前にも言ったはずだ。私はもう戻る気は無いと」

ホメロスさまには、私の必死の説得も届いていないのだろうか。その態度に遺憾と同時に怒りをも覚える。それは、危険を冒して過去に戻ってきたのにも関わらず、こうも上手く思い通りにならないという八つ当たりに近いようなものだった。

「本当にこれで良いのですか?」
「何が言いたい……」

端正な顔が不機嫌そうに歪み、眉間にシワを作った。

「大樹が滅びようとも、いくらあなたの理想の世界が訪れようとも、そこには何もない。あなたという存在を認めてくれる者もいません、それでも」
「戯けたことを抜かすな。……それ以上口を開けば直ぐに斬り伏せる」

剣の切っ先がまっすぐにこちらを捉える。それでもまだ私の身体は動かない。どうしても動かない。あれだけ考えていた作戦も、今は綺麗さっぱり頭から抜けてしまっていた。そもそも最初からこの状況に有効な作戦なんて考えていなかったのかもしれない、何か策があるならばこの状況でどうするべきかという判断が直ぐに湧いてくるはずなのに。ここに来ればきっと、ホメロスさまは変わってくれるだろうと、甘い考えでいたのだろうか。過去に戻って来たのにも関わらず何も変わらない現実を受け入れることができなくなってしまったのだろうか。いつまでも武器を構えない私を不思議に思ったのか、イレブンたちが武器を構える気配がした。

「名前、戦うならアタシたちも!」
「……絶対に手を出してはダメ」


今にも飛び出していこうとする彼らを制した。このままでは、前の世界と同じように時が進んでしまっては私たちはホメロスさまには勝てやしない。なによりも、一度剣を振るってしまえば、彼との溝はもう埋まることは無い。剣を下ろしたまま、私はホメロスさまに叫ぶように必死に訴えかけた。

「ホメロスさま、私はただ……あなたがいる世界で生きていきたい!だからどうか」
「黙れ」

痺れを切らしたホメロスさまが剣を振り下ろした。咄嗟に持っていた剣でその斬撃を受け流し、なんとか上手く避けることができたことに安堵する。次々と放たれるドルクマを剣で弾き、ときにマホステを使いながら何とか避けるが、反撃の隙さえ与えてくれないことに気づいて徐々に心が焦り始めた。
グレイグさまとは何度か朝練で手合わせをしたことがあるが、ホメロスさまとはほとんど手合わせをしたことはなかった。実際に目で見て彼の戦い方は知っていても、受け方がからだに染み付いているわけではない。次に飛んでくる攻撃がうまく予測できない状態で、戦いは防戦一方になってしまっていた。
飛んでくる斬撃を、呪文を、後ろに控えるイレブンたちを傷つけまいと受け切りながらも、薄々と気づいていた……私たちは再び同じ運命を迎えてしまうだろうということを。

「……っ」
「しぶといな」

もう何度訴えようとも、彼はこちら側に戻ってくることはないだろう。私はまたホメロスさまを救うことができなかったのだと、そう悟った瞬間、身体中の力がスッと抜けてしまったように、上手く手足を動かせなくなった。崩れる肢体を支えることに精一杯で、視界の端から、ホメロスさまが闇のオーブを取り出した光景が見えても、もはや手を伸ばすこともできない。
あっという間に闇の波動に飲み込まれた身体は宙を舞って、音を立てて地面に叩きつけられる。

「なんで……私は、どうすればよかったの……」

ホメロスさまの心に訴えることが叶わなかった時点で、もうどっちにしろ運命は決まったようなものなのだ。
ぐらりと揺れる視界の先に、グレイグさまと王が映った。グレイグさまがホメロスさまに剣を構えるが、そのグレイグさまも王に化けたウルノーガの一撃で倒れ伏してしまう。もう、この場で動ける者は誰もいない。もう一度世界が破滅するという絶望感に駆られながら、ただその光景を眺めていることしかできなかった。私ひとりの力なんて、それほどちっぽけなものだったのだ。いくら未来を知っていても、どうにもできなかった、この惨状に見せしめにされているようだ。

「イレブンよ、今こそ我が手中に落ちる時。そのカ、いただくぞ」

ついにその姿を現したウルノーガが、気を失いかけているイレブンの身体をふわりと持ち上げた。闇に染まったその手でずんとイレブンの身体を貫き、勇者の力を奪っていく。そうして、勇者の力を吸い取ったウルノーガは大樹の中にある勇者の剣を手に取った。生命の輝きに満ちていたそれは、あっという間に禍々しい剣へと姿を変えていく。それはかつて戦った魔王ウルノーガが持っていた剣そのものだった。

ホメロスさまのことを救えずとも、せめてベロニカを死なせるわけにはいかないと、なんとか保っていた意識の中で最後の力を振り絞って魔力を集中させる。散々、魔法円を組み直して練習した大技……バシルーラ。今の状態でこれを使ってしまえば、もう自分が此処から逃げるための体力も残らないだろう。でも、もうそれで良かった。これは、ホメロスさまを止めることができなかった私の責任であるのだから。
だが皆さえ無事でいてくれれば、きっとまた世界を救うことができると、そう信じている。最悪の事態を想定して、魔法円を描いた羊皮紙を懐に忍ばせておいて正解だった。それにゆっくりと手をあてながら、身体中の魔力を集中させる。
そうして大樹が崩壊する瞬間に紛れて、イレブンたち、そしてグレイグさまとデルカダール王に向かって、ありったけの魔力を込めてバシルーラを放った。
掲げた手が力を失うようにだらりと垂れさがった。私の運命もこの大樹と共にあるのかと、そう思って沈みゆく意識に身を委ねようとした時、ふと身体が重力に反してふわりと持ち上げられたような気がした。

「……う」
「我が主君の呪いを授り賜ったおかげで、命だけは助かったな」

気が付けば、嫌というほど夢で見た血の通わない腕の中に、身体がすっぽりと収まっていた。重い瞼を持ち上げてその目を睨めば、氷のように冷たい瞳と目が合う。幾度となく魘されてきたこの瞳──ああ、また失敗したのか、私は。

やっと会うことができたのに、またどちらかが死ぬ運命にあるなんて、なんて残酷なことだろう。城から逃げ出して、命の大樹までたどり着くことができた。精一杯説得もした。それなのに救えなかった。一体何が足りなかったというのだろうか、それすらも判らない。
悔しさと悲しみが相まって、だらりと垂れる手のひらに血が滲むほど力を入れた。世界崩壊という最も恐れていた事実を目の当たりにして、何もできない己の無力さを感じながら、ホメロスさまの腕の中で世界が闇に飲み込まれる様子をただ見つめていた。