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光芒を駆け上がって
大聖堂の奥の扉を抜けて、ゼーランダ山の道中をさらに進めば、その先は始祖の森と呼ばれる場所がある。始祖の森の最奥にある祭壇に六つのオーブを捧げると、命の大樹への道が開かれる……イレブンが教えてくれた情報にはそうあったはず。バッグからこっそりとメモを取り出し、この辺りの地形を確認してからそっと仕舞った。命の大樹でホメロスさまを止める時に、最悪戦闘になるかもしれないと考えれば、あまり無駄な体力は使わない方が良い。よほど道に迷うことがあれば不審に思われない程度に手助けしようと考えて、一行について歩き始めた。

「む……また山を登らねばならんのか」

ロウさまが肩を揺らすような大きなため息を吐いた。イレブンたちはシケスビア雪原からゼーランダ山を登り聖地ラムダへとやってきたばかり。しばしの休息を取ったとはいえ、ほぼ一日でこの山をふもとから頂上まで登るようなもの。
かつての世界でシケスビア雪原を抜けて聖地ラムダまでやって来たときの記憶を思い出す。耳が千切れてしまうのではないかと思うほどの極寒、気を抜けば足を取られてしまう深雪、雪原を抜けたかと思えば目に前に現れる急勾配続きの山道。もう二度と歩きたくはないなと思ってしまうほどに過酷なものだった。この先にまだ見ぬゴールがあるから、なんとかモチベーションを保っていられるのかもしれないが、そうでなければ途中で折れてしまいそうだ。せめて彼らの体力を少しでも温存させておこうと、なるべく魔物の相手を引き受けると決めた。

暫く進むと、岩陰からレッドサイクロンが躍り出てきた。それを見るや否や前列に飛び出して剣を抜く。避けようともこちらを追いかけてくる魔物だ。魔力を使ってしまうのは勿体無いが、大人しく傷を負うよりは戦った方がまだ良い。イレブンたちもすばやく武器を構えたが、 ここでなるべく魔力の消費をさせないように、手で制した。

「疲れているだろうから、こいつらは私がやる」
「名前、その剣の腕前見せてもらうわよ」
「うん、任せて」

ゼーランダ山の魔物とは、このひと月の間で何度も対峙している…...とはいえ皆が見ている前で戦うのはなんとも緊張が走るものだ。気を抜いて傷を負うことが無いように、しっかりと柄を握ると、先制して撃たれたしんくうはを跳ね返すように思い切り剣を振り下ろす。

「……よし!」

しんくうはは綺麗に二つに割れてその威力を失った。実戦においては数年間のブランクがあったが、日々の生活で鍛錬を怠っていたわけではない。万が一の時に備えて、仕事を片付けながらも戦闘演習に真面目に参加していて良かったと思う。

「ライデイン!」

こちらに一斉攻撃を仕掛けられる前に、少しいいところを見せようとこっそりと練習していたデイン系呪文を唱えれば、稲光が空中を裂き、レッドサイクロンの身体はたちまち消滅した。実戦でこの呪文を使うのは初めてで、上手く唱えられるか不安だったが、どうにか成功して安堵する。魔王の呪いが消えてから本格的に光系の呪文を勉強し始め、勇者の力のお陰もあってか、こうしてデイン系の呪文を唱えるまでに至った。ライデインの上位呪文はまだ習得途中だが、いずれは使いこなせるようになるだろう。

「おお……」
「なに自分の呪文に感動してんだよ、でもまあ……結構やるじゃねえか」
「さすが、大国の宮廷魔道士さまね!」

これで少しでも実力を見せることができただろうか、少しでも頼りになるなと思ってくれたら嬉しいなと、そんなことを考えながらしばらく味わってなかった褒詞をゆっくりと心に沁み込ませた。
ゼーランダ山を抜けて、始祖の森へと続く苔むした木橋を渡れば、その先はナプガーナ密林をも凌駕するほどの多様な生態系が広がっていた。長いこと人の出入りが無かったせいか、そこには道という道も無く、背丈の高い草をかき分けながら先へと進んでいく。

「祭壇はこの奥にあるらしいの、結構長い道のりだわ。日が沈む前にどこか落ち着いた場所を見つけないといけないわね」
「たしかこの先にキャンプができるような開けた場所があったはず」
「そうなの?詳しいわね。もしかして、ここに来たことがあるとか」
「書物で始祖の森の地図を見たことがありまして……」

純粋な疑念の目を向けるマルティナ姫に、咄嗟に嘘をついた。気を抜けば、目の前にいる彼らがかつて共に旅をした仲間に見えてしまって、これから何が起こるかとか、世界はどうなってしまうとか、知っていることを全て吐いてしまいたい衝動に駆られてしまうのだ。

早朝に聖地ラムダを出てから半日近くが経過した。西の空にはもう太陽の姿は無く、水平線から零れる橙色の光が空を照らすのみ。複雑な山道だったが、大きく迷うこともなく私たちは始祖の森の頂とも言える祭壇の真下までたどり着いていた。空を見上げれば、大樹がその大きな影を落としている。

「ふう……さすがにこの歳で山登りは足腰にこたえるのう」

ロウさまの足取りが段々と覚束なくなり、ついには立ち止まってしまった。御老体のロウさまの足腰とこの過酷な傾斜を思えば無理もない。最後尾に居た私はロウさまの肩を支えながら、一歩ずつ共に踏み出した。幸い、この先にはちょうど開けたような場所がある。かつてのイレブンたちもそうしたとおり、今日はここで一泊してから命の大樹へと向かうことになりそうだ。

「山頂までもう少しかかりそうね。大樹ちゃんに会う前の大事な時なんだし、ここでしっかりと休んで行きましょ」

シルビアがそう声をかけると、皆揃って頷いた。小枝や枯葉を集めて焚火を作り、そのまわりにテントを設置する。野宿など何年振りだろうか……長らくテントで寝ていなかったせいで、かつての冒険を思い起こさせるキャンプの準備風景を見て心が躍った。ここに来るまでに採集していたキノコや可食植物にブイヨンと水を加えて煮立てれば、美味しそうな香りが鼻を擽った。焚火を囲みながらそれぞれ持参したパンや燻製肉を炙り、スープを口にする。相変わらずイレブンたちとの旅は賑やかで、ムードメーカーのシルビアを中心に、あれこれと話が広がっていく。その話題の中心になるのはやはり新入りの私で、四方から飛んでくる質問に答えていればいつのまにか夜の帳が下りていた。

「イレブン。私、少し散歩してくる」
「魔物に気を付けて、名前は強いから大丈夫だと思うけど」
「うん、心配してくれてありがとう」

キャンプから一刻ほど山道を登ったところで、ちょうど良く椅子のように窪んでいる大きな木の根元を見つけると、辺りに魔物がいないことを確認してゆっくりと腰を下ろした。遠くには、焚火の明かりがまだ小さく灯っている。暖を取る米粒大の仲間の姿を眺めながら、ゆっくりと目を細めた。

「……イレブン、私やっとここまで来たよ」

頭の中に思い浮かべるその姿は、この世界の彼ではない。私が居ない世界に生きる彼である。今頃何をやっているのだろう、エマと仲良く過ごせているだろうか、私のことを少しくらいは考えてくれているだろうか。遠く離れた此処で、もう一度世界の命運がかかった戦いに挑むことを、応援してくれていたら嬉しい。

「明日何が起こるのか分かっているのに、皆に何も言えないなんてなんだかむず痒いな。...…でも、必ず私のできることをやってみせる。そうすれば、この気持ちもきっと晴れるんじゃないかなって、そう思う」

「絶対に、ホメロスさまを止めてみせる。そして、大樹の力を得る前にウルノーガを討ってみせる。約束する……あなたがくれたこの力に誓って」

皆の前では冷静に振る舞おうと努めていたが、明日起こることを知っている私はこれまでに無いような不安に駆られている。それこそ、城から逃げ出した時とは比べ物にならないような、漠然とした大きな不安。自分の望む未来を手に入れることができるだろうか、もしも失敗してしまえば、その先はかつての世界で苛まれ続けた苦しみが何倍にもなって襲いかかってくるだろう。そのことが、ただただ怖い。

右手の痣を見つめながら昔の記憶を思い出せば、それをそっと手袋の下に隠した。そろそろ戻らないと皆が心配するだろうと思い、元来た道を下りれば、イレブンとカミュ、シルビアはまだ小さくなった焚火の前に座っていた。私が戻って来るまで火を残しておいてくれたのだろうと察し、申し訳なく感じる。

「あら名前ちゃん、こんな時間まで戻ってこないから心配してたのよん。あまり夜更かししてたら明日に響くから、もう寝ましょう?」
「あ、 シルビア 」

焚き火が消され、一切の灯りがなくなった暗闇に乗じるように、明日への懸念が膨れ上がる。気が付けばテントに入ろうとしたシルビアを呼び止めていた。

「どうしたの名前ちゃん。まさかフカフカのベッドじゃないと眠れないとか」
「違う!そんなんじゃなくて……その、一緒のテントで寝てくれない?不安でどうしても眠れなくて」

さすがに男女が一緒のテントで寝るのは倫理的にまずいかとも思ったが、しかし旧知の仲で男女の壁に寛容なシルビアであれば受け入れてくれるのではないかと踏んで、恥ずかしいと思いながらも手を合わせて頼み込んだ。ひとりで暗闇の中に閉じ込められたら、いつまで経っても恐怖に駆られて眠れないだろうと思ったからだ。

シルビアはそれを快く受け入れてくれた。生真面目ながらも面倒見の良かった昔の性格は今も変わらずにいてくれたようだ。月の明かりを頼りにテントに入って寝袋に潜れば、地面の冷たさが背中をじんわりと伝わる。隣の寝袋に入ったシルビアのほうに顔を向ければ、シルビアもそれに気づいてお名前のほうへ顔を向けた。

「私がまだ何かを隠してるって、多分みんなは気づいているでしょう。それなのに、私を信じてここまで連れてきてくれてありがとう」
「人間だれしもひとつやふたつ言いたくないことなんてあるわよ。それに──」

シルビアはいったん口を閉ざすと、こちらをじっと見つめてから柔らかく微笑んだ。

「名前ちゃんのその目、イレブンちゃんと似ているの。まっすぐに澄んでいる……綺麗な目。だからかしら、みんな名前ちゃんを信じたくなるのね」

長い手が伸びてきて、私の顔半分を包んだ。剣士さながらの豆だらけの固い手のひらが、頬をぐにっと持ち上げる。私は戸惑いながらも下手な笑顔を浮かべて見せた。

「でもどこか悲しそうな表情ね、それは名前ちゃんが知っていることと関係があるのかしら」
「うん……シルビアには何でもお見通しなのね」

彼の勘は抜群に鋭い。不安を表に出さなくても、微妙な表情の変化やいつもとは違う行動……その一挙手一投足であっという間に察されてしまう。

「来たるべきときが来たら、皆には必ず打ち明ける。ただそれまでは、何も言えない……。お喋りばかりでごめんね、そろそろ寝ようか」

かと言って此処で彼だけに訳を話すなんてことはできなくて。本当は私の心内もこの世界の運命を全て洗いざらいぶち撒けてしまいたいが、これも辛抱だと思い寝返りを打ってシルビアに背中を向けた。頬にあてられていた手はゆっくりと滑り落ちて、そっと引込められた。

「おやすみシルビア、明日……頑張ろうね」

夜が明ければ私たちには大きな試練が待っているが、そのことを「頑張ろう」と、そう言って察してもらうことしかできない。うまく伝えることができたかと考えていると、背中から「頑張りましょうね、おやすみなさい」と言葉が返ってきた。