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違う世界の同じキミ
和やかな太陽の光に包まれた聖地ラムダでは、先日生まれた赤子の洗礼の儀式が行われていた。いつもは人がまばらに出歩いているこの時間帯だが、里の者は総出で中央の広場に集まり、ファナードの御言葉と洗礼を受ける赤子を優しく見守っている。部外者である私も居て良いのかと悩んだが、前日に宿屋の女将がこのことを話してくれたお陰で気兼ねなく参加することができた。神聖な儀式ゆえ、せめて兜とローブは脱いで里の人々に顔を見せようと決意し、髪を高く結って里の民族衣装を拝借して着替えれば、意外と弱そうな娘だったなと驚かれてしまったが、何にしろ受け入れられて良かった。元々此処出身であるかのように人混みに紛れ込むことができているものだから、これならば万が一私を捜索している者が居ようともそうそう気づかれないなと考えながら、儀式に集中しつつも密かにイレブンたちの訪れを待っていた。

「世界中の命を束ね、見守りし命の大樹よ。このラムダの地にまたひとつ新たな命が生まれました。かつて古き葉として散った命は、こうして新たな葉として芽吹き、また違う一生を歩んで行くことでしょう」

目を閉じて大樹のざわめきを感じながら、いまこの世界で目の前にいる赤子のような新しい命が芽吹き、そして枯れていく命もあるのだと思うと、壮大な物語の中いるような気持ちにもなった。

「我らの母、命の大樹よ。聖地ラムダのいとけない若葉にどうか祝福を授けたまえ」

里の人達の動作に合わせるように、手を合わせて大樹に祈りを捧げた。それから、洗礼終えてこちらを振り返ったファナードが、何か遠くを見つめながら難しい顔をしたことに気づいて、その視線の先を追いかける。

「むっ?おお、双賢の姉妹ベロニカとセーニャではないか!いったいいつからそこにいたのじゃ?」

その言葉を聞いて帰ろうとしていた里の人も、勿論私も勢いよく後ろをふり返る。そこには、イレブンたち勇者一行が勢揃いしていた。中には、もうずっと見ていなかったベロニカの赤い三角帽もあって、気が付けば呼吸をするのも忘れるくらいその姿を見つめていた。

「ほら、あたしたち言いつけ通り勇者さまを見つけてきたわよ!」

「あたしはベロニカ。でこっちは妹のセーニャ」


声は子どものそれではあるが、どこか姉御肌で頼もしいイントネーションは間違いなく記憶の中にある彼女の声そのものであった。彼らがファナードと話している間、石柱にもたれかかりながらその様子を眺めていた。目の前にいるのは同じ彼らであって、同じ彼らではない。この時点では、私は彼らと霊水の洞窟とユグノア城跡の二回しか邂逅していないのだ。しかもロウさまとイレブンに関しては一回のみで、さらにマルティナ姫に至っては顔を合わせたことすらない。そのことについての気持ちの整理をつけつつも、視界の中心からファナードが離れていったことを確認すると、小走りでその輪の中へと駆け寄った。

「久しぶり、イレブン」

みなの視線が一斉にこちらへと向いた。戸惑う瞳に、さすがに二回しか会ったことがない相手の顔などパッと思い出せないかと思い、高く結った髪をほどけば、イレブンはハッとした表情をした。

「私だよ、覚えてる?」
「名前…...!」

「ラムダの人と同じ服を着ていたから判らなかったよ」と言われて、忘れられたわけではないのだと分かって安心した。ここまでの曲折を里の人が居る前で語るのも憚られて、何と言おうかと悩んでいると、両肩に強い衝撃が走る。

「ウフフ!名前ちゃんじゃない、久しぶりだわ!いつもびっくりするようなタイミングで現れるわね」
「あら、シルビアも久しぶり」

その衝撃の主──シルビアは、この面々の中では最も私への信頼が厚い人物である。手を取り合って再会を喜び合えば、どこか辺りの雰囲気が和やかになったような気がした。ただ、その中にまだこの世界では正体を伝えていない御方が二人いる。それも、勇者一行の中でもひときわ敬意を払わなくてはならない人物。シルビアとのスキンシップもほどほどにその隣にいたロウさまに深く頭を下げた。

「そして久方ぶりです、ロウさま。まずはユグノアにての無礼をお許しください」
「わしの名を知っているとは、はておぬしあれ以前にもどこかで?……まあ良い。あの時はむしろおぬしの力が無ければ逃げることすらできなかった。礼を言うぞ」

危機的状況だったこともあるが、ユグノアでロウさまを無視してしまったことが、印象が悪く思われてしまっただろうと感じていた。イレブンの口からロウさまが血のつながった祖父であると紹介を受けるのはもう少し後になるだろうが、それよりも前にどうしても謝っておきたかったのだ。
それから、その後ろでイレブンやシルビアたちの様子を眺めているマルティナ姫へと向き直ると、片膝をついて胸に手をあてた。

「マルティナ姫、初めまして。デルカダール王国の宮廷魔道士を務めています。名前と申します」
「デルカダール──!」
「ご安心ください。私も今や王国の陰謀に気づき勇者イレブンと同じく追われる身。僭越ながらあなた方の力になりたいと思いこの聖地ラムダでお待ちしておりました」

我ながらこうやってマルティナ姫に忠誠を示す時は相変わらずぺらぺらと言葉が出てくるなと思う。これも長年グレイグさまが王の御前でこのような言葉遣いをしていたばかりに、自分の弁口として吸収してしまったものであるのだろうか。

「ほら、ユグノア王国で俺らを助けてくれた魔法使いだよ」
「そうなのね……疑ってごめんなさい」

困り果てる姫さまにカミュが助け舟を出すと、こちらに向き直って申し訳なさそうな顔をされてしまった。ユグノアでのことはもう既に姫さまには伝わっているらしい。ここで拒絶されるのは予定外であったから、何とか上手く解って貰えて良かったと胸を撫で下ろした。

「私も、イレブンたちと共に命の大樹に向かいたいと考えているのだけど……」
「何で僕たちが命の大樹へ行くことを?」
「ええと、道中でそのような話を聞いたの。あなた方にとっては手助けをしたことがあるとはいえ、私は敵国の素性の知れぬ者。無理にとは言わないけど、もし良ければ私が味方であると言う証拠を見せることもできる。とりあえず、宿屋の二階の部屋で待ってるから!」

これ以上話してしまったら、久しぶりにイレブンたちに会った興奮もあってどこかで墓穴を掘りかねないと思い、詳しい話をする前に早々と借りている部屋へと引き上げた。

誰も居ない空間に帰ってきても、まだ動悸は治まらない。ついにこの世界でも運命の時が近づいてきたのだと、そう思うと全身が強張ってしまう。これも数年間平穏な世界で暮らして慣れてしまったせいなのだろうか。この世界が失いかけている平穏も救わなければと、そう意気込んではまたいつのまにか力を入れていた身体を休めるようにベッドに横になった。
いつも着ていた動きやすい服装に着替えてイレブンたちを待っていると、半刻ほどして部屋のドアがノックされた。すぐさまベッドから起き上がってドアを開けば、そこには待ちに待った皆が居た。

「来てくれたんだ……ありがとう」

とは言いつつも、心の中ではイレブンたちは必ず来てくれるだろうと信じていた。彼らを部屋の中に招き入れて、ベッドや椅子に自由に腰をかけてもらう。

「そりゃあ、おぬしが居てくれたら心強いからのう」
「んで、証拠ってのは何なんだ?」

カミュに促され、ふたつあるベッドの真ん中に立った私は、何も身に着けていない自身の右手の甲をずいっと差し出した。そこには、かつて此処とは別の世界のイレブンから受け継いだ痣が、はっきりと映し出されている。

「勇者の痣!」
「どういうこと?……この世に勇者が二人いるってこと!?」

椅子に座っていたベロニカがひょいと立ち上がり、私の右手を取るとその痣を指でごしごしと擦り出した。己で描いたとでも思うほど信じられないかと思い、それと同時にその動作があまりにも可愛くて心の中で密かに笑みをこぼした。

「うーん、消えないわ。ホンモノね」
「お姉さま、それ以上擦ってしまうと名前さまの肌が赤くなってしまいますわ」

ベロニカが諦めてまた椅子に座りなおしたところで、こほんと咳払いをして口を開いた。戸惑い、疑念、それらを抱いた表情で向けられる目のひとつひとつを見ながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「私もイレブンと同じで、勇者の力を手に宿すことができる者。……これで、せめてこの世界に仇をなす者ではないと分かって貰えたとは思う。だからといって一緒に着いていくのはまた別問題だと思うから、そこはイレブンたちに任せるよ」

別な世界から来ました、なんて今は口が裂けても言えない。イレブンたちも含め、そのことが誰かの耳に入ってしまえばこの世界の運命は大きく傾く。もとあったプロットが崩壊したその世界で、果たしてこちらが良しと思う行動をとったところでそれがどちらに転ぶかも判らない。私としてはなるべくこの世界の歩むべき運命を辿りつつ、運命が分かれるその瞬間に助け舟を出したほうが良いと考えていた。しかし、そのぶんイレブンたちが私を信じる判断材料が少なくなってしまうのも事実。

「名前、僕を見てよ」

しばしの沈黙が流れたあと、イレブンがそう言った。私は言われるがまま、その瞳を見た。先が見えないこの状況で、イレブンの瞳はかつて見た同じ彼の瞳のようにどこまでも澄んでいて、希望の光が絶えず輝いている。

さ──そしてこのときイレブンもまた名前の瞳を見ていた。精霊の洞窟で会ったあの時─まるで何かの恐怖に脅かされているようなどんよりと曇った瞳は、今は一筋の光をしっかりと見据えていた。名前を信じることができる確信的なモノなど何もない。自分たちを助けてくれたことも、 安心させるための罠かもしれない。 それでもどこかその瞳はどこか彼女の意思を信じたくなるようなものだった。

「うん、僕は名前を信じるよ。命の大樹で何が待ち受けているのかまだ分からないから、君が居てくれたら助かる。……ううん、是非力になって欲しい」

その言葉を聞いて、またイレブンたちと旅をすることができると思うと懐かしさで目尻にじんわりと熱が灯る。目をかたく閉じて涙を見せぬように抑えながら、イレブンに右手を差し出せば、それに応えるように手が伸びてきた。

「もちろん、これからよろしくね」

お互いの手をきつく握りしめる。この世界の皆の気持ちも、そしてかつての仲間たちの気持ちも一心に担い、二度と彼らを悲しませまいと固く心に誓いながら、かつて自分を送り出してくれた仲間の顔を思い浮かべていた。