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いにしえの愛の手紙A
サマディーの城下町で古書探しを始めてはや数日。城下町の西、レースハウスの隣にある屋敷で、私は漸く手がかりを掴むことができた。
ベルを鳴らせば出てきたのは髭をたくわえた上品な物腰の壮年男性。首元で赤く結ばれた蝶ネクタイがまたこの使用人と思しき男性の閑雅さを一段と引き上げているようだった。

「この家のお嬢様は古い書物の収集が趣味で、召使である私もその趣味に色々付き合わされているのです」

そのお嬢様とやらは古書探しに出ておられるのだそうで、屋敷にいた使用人に心当たりがないかと話しかけてみるとそのような言葉が返ってきて、これでようやく見つけることができそうだと思うと肩の力が一気に抜けた。案内されるがまま階段を上りれば、そこには古書がたんと詰まった本棚がずらりと並んでいた。ここからまたタイトルも知らないような本を探すのかと思うと嫌気がさして、後ろで控えていた使用人に聖地ラムダで手に入れた本は無いかと尋ねる。

「……というわけで聖地ラムダの蔵書にはさまれてあった手紙を探しているんですが、お心当たりはありませんか」
「たしか、何年か前に遠く離れた聖地ラムダまで古書を買い集めに行ったことがありますが……」

使用人は額に手をあてながらしばし考え込んだあと、何かを思い出したようにぱっと顔を上げた。

「たしかその時の古書はサマディーに来ていた木こりに譲ってしまったのです」
「え……」

てっきり「こちらです」と古書を持ってきてくれることを期待していたのだが。その言葉を聞いて、今までのこのサマディーを練り歩いた苦労が報われないことに絶望し、自分でも大げさかと思うほどがっくりと項垂れてしまった。それを見た使用人は申し訳なさそうに言葉を続ける。

「その本をたいそう気に入って、どうしてもと言われましたので仕方なく 」
「そう……ですか。その方は今どこにおられるのでしょうか?」
「彼はナプガーナ密林にある小屋に住んでいると言っていましたが、今はどうされていることやら」
「ナプガーナ密林……」

手詰まりになるかと思ったが、その木こりの行方を追えばまだ希望はあるかもしれない。ナプガーナ密林の木こりと言われて、よく壊れる吊り橋の近くに一軒の小屋があったことを思い出す。確かデルカダールの近くに新たな拠点を作るため、密林から材木を運んでいた頃、何度か通りかかったことがある。小屋のある場所はどうも記憶が曖昧なせいでルーラでは飛べないため、手間はかかるがイシの村から北へ向かうことにし、使用人に礼を述べると屋敷を後にしてルーラを唱えた。

幸いにも、小屋はイシの村からデルカダールへと向かう道中にあったため、あまり迷うことなくたどり着くことができた。小屋の窓からはランプの火のような微かな明かりが漏れていて、夕暮れ時で失礼だとは思いながらも何回か扉をノックすれば、木製のその扉は耳を刺すような蝶番の軋む音と共にゆっくりと開かれた。

「はじめまして……」
「ん?誰だおめえさん。こんな場所に客人なんて珍しいこともあるもんだなあ」

外も暗いだろうから早く上がれと促され、見知らぬ人を招き入れることに逆に警戒をしながらも「失礼します」と足を踏み入れる。小屋の中に入るなり何か食べるかと聞かれたが、すぐ終わる要件だからと首を横に振った。サマディーから手紙が挟まった古書を譲り受けたことがないかと問えば、木こりは不思議そうな顔をしながらも本棚を指さした。

「サマディーで貰った古書なら、あの本棚の中にあるだよ。たしか紙切れも挟まっていたような……」
「拝見しても?」
「ああ、好きなだけ見ると良いべ」

本の数は、先程の貴族の屋敷のそれに比べれば随分と少ない。本棚一個に収まるように書物が並べられている。その中でも特に古寂びて装丁が掠れている本を選んで取り出し、ぱらぱらとページを捲れば、本の圧で押し潰され、角が取れてボロボロになっている一枚の紙を発見した。裏側から透けているインクを見る限り、これが手紙の続きで間違いないだろう。人の手紙を勝手に読むのもなかなか気まずいものだが、致し方ないと思い、破れてしまわないように丁寧にそれを開く。

──……でもなぜでしょう。世界は変わらず美しいままなのに、あなたがいない.…..。それだけで何もかも色褪せて見えるのです。ああ、胸が張り裂けそう。ローシュ...…あなたと会えない日々がこんなにも辛いなんて。いつかまた会える日が来ると信じて、私は今日もひとり竪琴を奏でます。この調べがあなたのもとに届くように。


ローシュへの愛を綴った手紙、ということはこの手紙の差出人は賢者セニカであろうか。セニカがローシュへ向けたこの言葉はまるで悲恋の意を感じさせるが、伝記では彼らは邪神を倒したあと消息不明となっている。はたしてこの手紙を送るような場面があったかと問われればその証明はしようがないのだが……それにしては随分と繊細でそれでいて荒々しい心の叫びが感じられるこの筆跡は、どこか読み手の感情をくすぶるようなもので、とても偽物であるとは思えなかった。

「おお!たしかそれだ。おめえさん、その手紙が必要ならば持っていきな」

手紙を見ながら思案に耽っていたせいか、気づけば木こりも私の持つ手紙を覗き込んでいた。いただけるならばこの手紙の内容を書き記す手間が省けるが……。聞き間違いではないかと念のためもう一度聞き返せば強く頷いてくれたので、有り難く貰い受けて皺にならないようにバッグの中へと収めた。

「ありがとうございます」
「そんな頭を下げんでも、おらはここにあんたみたいなお客さんが来てくれただけで嬉しいんだ」

ここ数週間、城を抜けてから様々な人に触れることができたお陰で、こういった優しさを向けてくれる人がいると思うと、胸がじんわりと温かくなるような気持ちになる。木こりと握手を交わして何度も感謝の言葉を伝えると、兜を被りローブを身に纏って静かに小屋を出た。

**

聖地ラムダへ戻った翌朝、里の中を歩き回って手紙捜索の依頼をしてきた吟遊詩人を見つけて近づけば、私の足音に気づいて振り返った彼は驚きと嬉しさが混じった表情でこちらへと歩み寄ってきた。

「おお、キミか!あの手紙の続きが分かったのかい?」
「ええ。多分これかと」
「ふむふむ、これで全部か」

バッグの中からボロボロの手紙を取り出してそれを手渡せば、彼は目を見張りながらそれをじっくりと黙読すると、手紙の冒頭から私が手に入れた手紙の文末までをまるでひとつの歌のように読み上げた。よくよく聞けば、賢者らしからぬ烈々たる思いを綴った文章だなと思いながら、私は黙ってその歌を聞いていた。

「う〜ん。なんて情熱的な手紙なんだ。でもこのローシュってのは……もしかして伝説の勇者ローシュ!?……そうか!たしか勇者ローシュと賢者セニカは恋人同士だったはず。これはセニカが彼に送った恋文なんだ。間違いない!キミもそう思うだろ?」
「……ええ、そう思います」
「ありがとう、僕は続きが知れただけで十分だ。この手紙はお礼としてキミに渡しておこうじゃないか」

まさかこの数日間、灼熱のサマディー王国を兜とローブを身に着けたまま歩き回り、羽虫が飛び交う密林を抜けてきた礼がこれかという思いが脳裏を過った。しかし、この手紙は彼にとってはこの上なく大切なものであり、さらにこの手紙の文化価値を考えれば妥当かそれ以上であると納得できたため、素直に受け取った。

「いにしえの時代に生きたふたりの手紙……ああなんてロマンチックなんだ。素敵な恋文を読めて最高の気分だよ。これを題材にして新しい歌を作れそうな気がする。全部キミのおかげさ、ありがとな」

(ま、いいか……)

この上ない程嬉しそうな彼の顔を見れば、そんな考えもさっと無くなってしまった。気が付けばイレブンがここへやってくるまであと半月も無いほど。先日、里のとある夫婦の家に御子が産まれたが、歴史が変わっていなければその子の洗礼の儀式をする日にイレブンたちが訪れる予定である。それまでは今回のような大変な仕事でも引き受けてみようかと、そんなことを考えながらいつものように仕事を探しに広場へと足を運んだ。