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永遠の旅路
──また同じような夢を見た。ホメロスさまと見たあの空が、どす黒く歪む夢だ。私の隣にいた彼が次第に醜い魔物へと姿を変えて、そうしてどんな夢であっても最後に決まってこう言う。

「お前が私を殺した」

夢の中では、まるでその言葉が真実であるかのように、どきりと心臓が跳ねる。ああ、私がこの人を無残な姿にしてしまったのだと。
もう何年この夢を見続け、夢を見始めた時にはこの夢の結末を分かっているのだふぁ、未だに心臓はこのまま止まってしまっても不思議ではないほどに大きな音を立てている。

私が殺したのか、なら裏を返せば私なら救えたのか。ならばいったい、どこで、どのタイミングで、私はどうすればよかったのか。それさえも想像がつかない。それでも、私ならば救えたのだと。そう言う私の中の彼の言葉が、まるで本当であるかのような、そんな気がしてならない。──


私の足だけで忘却の塔へ向かうには、聖地ラムダから北へ真っ直ぐ岩山を登っていかねばならないが、足場を見つけつつも高い飛躍力を持つ魔物の力を借りればどうやっても進めないということはない。最初はセーニャから天空のフルートを借りようという考えもよぎったが、一人で行くため借りることは出来ても返しに行くこともできず、だからといってわざわざセーニャに同伴してもらうわけにもいかず。結局自力で向かうことにした。

勇者の力を手に入れてから、イレブンの言っていた「失われた時の化身」というものが見えるようになった。とはいってもデルカダール近辺ではあまり見つからず、初めて気づいたのはホメロスさまの私室を整理していた時だった。部屋の中に居たそれは、グロッタ南の湖で見た壁画に描かれたものとまあ似ていた。予め時の番人を見ていたせいか、特に驚くことも無くすんなりと受け入れられ、今は自分の視界の一部として完全に溶け込んでいる。
聖地ラムダから北に進めば、失われた時の化身を見かける頻度が増え、なんとか道に迷うことなく塔が聳えたつ岩山に囲まれた平坦な草原にたどりついた。

塔を目の前にいよいよだと息を飲んだ時、ふと背後から草むらが不自然に揺れる音が聞こえて慌てて振り向いた。それと同時に私の耳に入ってきた声は、ここに現れるはずがないと人物のものだった。

「待て、名前」
「な…………グレイグさま!ど、どうして此処に……」

私が出発する直前まで、部屋でお休みになられていたはずなのに、彼は何でここに居るのか。行先も何も告げていないはずなのに、私の後をつけてここまで追ってきたのだろうか。わけも分からず混乱していると、グレイグさまはこちらに近づいてきて、そうして私の目の前まで歩み寄った。

「念のため聞く、どこへ行くつもりだ」
「私は……」

もう、此処まで来ていれば誤魔化せない。あえて私が此処にたどりつくまでこっそりと後をつけてきたのだろうか。私の前に立つグレイグさまは今はとても巨大な壁に見えて、その恐怖も相まって、裏返りそうな声で息をするように小さくつぶやいた。

「か、過去に……」

よく見れば、いつもの黒い鎧はつけておらず部屋でお休みになる格好のまま、髪も髭も乱れている。侍女やイレブンがグレイグさまに私が過去へ行くことを告げ口したと言う可能性は極めて低い。ということは、あの時すでに起きていたのだろう。そして、私がバルコニーで「聖地ラムダへ」と呟いたところをしっかりと見聞きして、急いで追ってきたと推測する。

「狸寝入り、だったんですか。……勘弁してくださいよ」
「勘弁して欲しいのは俺のほうだ。なぜ黙って行こうとした!俺がなんとしてでも止めると思ったからか?」
「いいえ……」

あまりの剣幕に、思わず目を瞑ってしまう。こんなふうに怒られてしまったのは初めてで、全身が強張って固まったように動かない、上手く息ができずに咄嗟に反対の言葉さえ飛び出てこない。自分の置かれている立場や環境の云々を理解する年頃から、私は今まで「いい子」でやってきた為に腹の底から怒鳴られることに対して耐性が無い。それでもここで私の想いを話さなければ、きっとグレイグさまも私の言い分を待っている。

「決意が鈍ると……思ったからです。グレイグさまの悲しい顔を見たら、私は」

何回も唾液を飲み込んで、涙で潤む目元と鼻を突き抜けるツンとした痛みを誤魔化しながら、言葉を探した。

「……先生を失って、ひとりぼっちになってしまった時、未来を諦めかけていた時、あなたが手を差し伸べてくださいました。いつも助けていただいて、気にかけてくださって、気が付けばグレイグさまは私の中で大きな存在になりすぎていました。だからこそ、あなたの悲しい顔を見てしまったら……私は過去に戻れない」

簡潔に纏めれば纏めようとする度に、様々な思い出が蘇って頭の中が整理できない。溢れる涙も拭う余裕が無いほど必死に喋っている間、グレイグさまは先程怒鳴ったとは思えないような表情で目を伏せていた。
彼は私が自暴自棄になって過去行きを決行したのかと思っただろうか。言葉一つ返さないグレイグさまの前で、バッグの中に入れていた過去にまつわるメモを取り出した。クレイモランや命の大樹であった出来事について、雪原や大樹、万が一の時のための天空魔城の地図。ベロニカが唱えた呪文──バシルーラとそれに合わせる守りの結界の詠唱、何枚にも重ねて閉じられた羊皮紙を手渡した。それをゆっくりと受け取ったグレイグさまは、一枚ずつ丁寧に見やる。そうしてすべて読み終えたあと、ようやくこちらを見た。

「本当に……過去に行く決意をしたのだな」
「はい」

もう決定は揺るぎないと言うようにグレイグさまの目を見つめる。はっきりと返事をすれば花緑青の瞳孔が、ゆっくりと開かれた。

「俺はお前の足枷か」
「それは……」
「そんなこと、俺は望んでいない。お前のことだ。きっと悩みに悩んで、今までずっと苦しかったんだろう。ひとりで何もかもふさぎ込もうとして……これではまるで昔のようだ」

そう言って、グレイグさまは情けなく笑った。彼は一体どのような気持ちで私に話しかけているのだろう。最後まで、本当に私の足を引っ張っているのかと、城から出してもらおうと連日懇願していたあの日からまだ変わっていないのだと、そう思っているのだろうか。

「あ、足枷なんかじゃありません!確かに、グレイグさまを気にして思い留めてしまうこともあります。でも私は外に出たいと願ったあの日から、あなたが動いてくれたからこそ、何度も勇気を貰っていました。その言葉が、行動が、私にどれだけの原動力を与えてくれたか……だから」
「俺は、止めはしない。お前が行きたいのならば、何も俺のことは気に掛けずにその通りにすればいい」

だからこそ、笑って「行け」とでも言ってくれれば、私はもう大丈夫なのだと。その言葉は発さずともグレイグさまには伝わったようだった。背中に添えられた手が私の背中を軽く押した。

「過去に戻ったら、また俺のことを頼ると良い。必ずや、力になろう」
「ありがとうございます」

恥ずかしそうに、「昔、何度も泣かせてしまってから、なんだかんだお前には弱い」と弱々しくぼやかれてしまって、私もその懐かしさが擽ったく思えて涙を流しながらも顔を綻ばせた。

「俺は、命を賭してもお前を守りたいと思うほど大切に思っている。今も、もちろんこれから先も。……だが、俺はお前の幸せを一番に願っている。だから安心して行ってこい」
「はい……グレイグさまも、どうかお元気で」

深く一礼をし、軽く一度目を合わせてから背を向けた。神秘の歯車を塔の入り口に深く嵌めると、かたい扉がゆっくりと開いた。もう言葉は交わさなかった。これ以上、心の隅から隅まで気持ちを吐き出しても、名残惜しさが増すだけだ。別れの挨拶は、簡素なものでいい。塔の中に一歩進むと、大きな音を立てて塔の扉が閉まった。あたりにはもう若葉がざわめく音も、小鳥の声も、何も聞こえない。まるで時間が止まってしまったかのように突然訪れた静寂が、私とこの世界を隔ててしまったような、そんな気がした。

**

「お久しぶりです」
「……あなたは」

時の番人は、相変わらずそこに居た。私がひとりで来たことに関してあれこれと考えを巡らせているのかしばしこちらを見つめたまま動かないでいたが、私が手袋を外し手の甲にある勇者の証を見せると、納得したように小さく頷いた。

「……そうですか、あなたもまた勇者のチカラをそのてにやどすことができるそんざい。さあ、かくごができているのなら時のオーブがまつ時の祭壇へ……」

もう私を引き止める者はいない。
時のオーブを見据えて歩みを進めるその時間は、まるで永遠にも思えるほどだった。誰も進むことが無かったこの道を、今は私一人で歩いている。初めてこの塔にやって来たときの自分がこの光景を見たら、冗談だと思ってしまうに違いない。

「あなたがもとめる失われた時は、このオーブのなかにあるでしょう」
「前に見た時よりも、大きな気がするのだけども……」
「時のオーブはつねにせかいの失われた時をつむいでいます。あなたがふたたびここにやってくるまでに、それだけの時がちくせきされたことになります」
「そう、なんだ」
「よりおおくの時をまきもどせば、時のオーブはぼうそうしやすくなります。それでも、よいのですね?」

なるほど、それでは巻き戻りたい時間から数年の時を過ごしてのタイムリープはよりリスキーな行為となってしまうのか。とは言っても、私はそのリスクも覚悟の上で此処にやってきたわけであって、もし可能性が限りなく小さいと言われていたとしても私は変わらずここに来ていたと思う。今更どうこう言われたとてやるべきことは変わらない。時の番人に向かって強く頷けば、そのまま祭壇の上に導かれた。まるで満月のようにまばゆく輝く時の結晶は、もう目の前にある。

「ではわたしのしりうるかぎりのことを、あなたにおつたえしましょう。ときのオーブをこわしたときあなたが過去へもっていけるのはおそらく……あなたのきおく、あなたがこれまでにえた、たたかいのけいけん…、あなたのもつ勇者のチカラ。そして…時の祭壇のまわりをまわっている悠久の金庫のなかみのみ。時のオーブをこわしたとき、あなたの持っているものは悠久の金庫にはいり、過去へとはこんでくれるでしょう」
「過去に戻ってしまったら私が二人存在してしまうことになりますよね?過去の私は、それから今の私はどうなるのですか?」
「あなたじしんが過去へもっていけるものは、きおくとけいけん、そして勇者のチカラのみ。ざんねんながら、あなたのにくたいは過去にはもっていけません。きおくやけいけん、チカラはあなたのたましいとして時をさかのぼり、過去のたましいとまざりあう。そうして過去のせかいのあなたとしてめざめることになります」

時の番人の言葉から推測するに、肉体は過去の私のまま、そして中身は今の私になるのだろう。過去の私からすれば、いきなり「自分は魔王を倒した未来からやってきた」という記憶が目覚めるようなものだろう。それも、ひとつになってしまえば二人の私という概念も無くなってしまうのだが。一番の懸念は、私がこの身体のまま過去の私に成り代わると言う可能性だった。さすがに数年経ったこの姿で過去に戻ってしまえば、あっという間にウルノーガやホメロスさまに時を遡ってきたことが露見してしまう。そうなれば今まで企ててきた計画がすべて台無しになるところだったが、これでひとまず安心できた。あとは過去の世界でうまくやり過ごせば、私が辿るはずだった運命のレールに乗ることができる。

「さあ時はみちました。いまこそ、すぎさりし時へ……!」

一歩踏み出して勇者の剣を構えた。それと同時に、右手の痣が金色に光り輝きはじめる──勇者の力が、この時の結晶を破壊しろと、そう告げているのだと感じた。
構えた剣を頭上に掲げて、全身全霊を傾け一気に振り下ろす。硬い感触と同時に、勇者の剣の破片が四方に離散するのが見えた瞬間、目の前で確かに破壊された時のオーブの光に意識を沈められながら「忘却の塔」のその景色が、まるでひとつの絵画のように記憶の破片となって遠ざかっていくのを確かに目に焼き付けていた。