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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

枷を解いて
イレブンとエマの結婚式の日は、あっという間にやってきた。式には、イレブンと共に世界を救った私たちも招待されている。久々に彼らと会うのが楽しみであると同時に、この世界にいる皆に揃って会える機会はこれが最後になると思うと、寂しくもなってしまう。

勇者さまの結婚式に行くのだと侍女に伝えれば、彼女は大喜びでドレスを何着も運んできた。ひとりでは運ぶのがやっとな量のドレスをベッドの上に広げると、ひとつずつ私の肩まで持ち上げて、頬を染めたり唸ったりしている。完全に侍女の着せ替え人形と化していたのだが、お洒落に疎い私にとっては彼女がこうしてくれるのが気恥ずかしくも嬉しかった。

「名前さま、こちらのドレスはいかがでしょう?」
「もう少し胸元が隠れているものが良い……かな」
「そうですか……うーん、それではこちらは?」
「デザインは素敵なんだけど、もう少し地味な色のものが良いかも。あとは少し肩が露出しすぎかな」

但し、彼女の選ぶドレスは、私の好みとは正反対で肌の露出が多いものが選ばれがちである。思えば今着ている服も彼女がデザインしたものであるが、当時は城で過ごすものとしてはあまりにも露出が多く感じて、穴があれば入りたくなった記憶がある(ホメロスさまが関わったこともあってか、まだ許容できるデザインであった)。それも、着ているうちにだんだんと慣れ、世界を旅するうちに自分よりも肌を曝け出している人々が居ることを知り、恥ずかしいという気持ちも薄れたわけだが……。
だからと言って露出が多い服が好きになったというわけでもないので、侍女が選んできた中で一番地味なドレスを選んだ。今回の主役はイレブンとエマなわけで、私は目立たないように二人の幸せを祝うことができればそれで十分だった。

「髪型はどうされますか?」
「ドレスに合わせて軽く結って欲しい。派手過ぎない程度にね」
「お任せください」

細い指先が頭皮を掠める。髪を引っ張る感触は、少し強いが痛くはない。この絶妙な力加減に、彼女の腕の良さが伺える。寝起きのままボサボサになっていた髪はいつの間にか後頭部で綺麗にまとめられていた。
支度が終わる頃には、朝日が山稜の上に顔をのせようとしているところだった。大鏡で自分の姿を見るとすっかりとパーティー仕様になっていて、その後ろではカノが目を輝かせながらこちらを見つめている。

「はあ……いつもより十倍増しに輝いておられます!」
「そう?ありがとう」
「何処の馬の骨とも知れぬ男に手を出されぬようお気を付けくださいませ。グレイグ将軍にも名前さまのことをお守りしていただきますようお願いしましたゆえ」
「だ、大丈夫だから……」

苦笑いをしながら彼女のほうに向き直れば、ふと「過去へ行く」ということを伝えなければという気持ちが湧いてきた。いつか彼女には話そうと思っていたのだが、いかんせん国務に追われていたせいで二人で話し合う時間が設けられず、今まで引き伸ばしていたのだ。どのみちイレブンの結婚式が終わったら旅立つつもりでいたから、伝えるならばこのタイミングしかなかった。

「そうだカノ、ひとつ伝えておきたいことがあるのだけど、時間は大丈夫?」
「はい、なんでございましょう」
「私ね、デルカダールを出ていくことに決めたの」

我ながらあっさりとした言葉だったと思う。まるで、少し出掛けてくるとでも言うような口調。どのような表情をして良いのか判らずに、悲しく笑いながら伝えれば、侍女は唐突の告白に目を丸くした。

「それは……ど、どういった意味ですか?」
「言葉通り。イレブンの結婚式が終わって暫くしたら、ここから出て行く」
「私が何か悪いことをしてしまいましたか?それとも国務が嫌になってしまったとか、人間関係の問題ですか、それとも……遠くに恋人がおられるとか……?また戻って来られるんですよね?ぐ、グレイグ将軍への報告は……!」
「無理だと思うけど、落ち着いて欲しい」

侍女の肩を抱きながら、呼吸を落ち着かせる。かくいう私も、淡々とした口調でいながら、心臓がはち切れそうなほど音をあげている。しかし、彼女の精神が不安定なここで、自分が冷静さを欠くわけにはいかなかった。伝えるべきことを頭の中でまとめながら、言葉を選ぶ。

「私は戻って来ない。あと、仕事はまあまあ楽しいし、人間関係も良好だし、恋人もいない。そして、グレイグさまには何も言わずに出ていく……あなただけに伝えるつもりでいたの」
「何処へ行かれるのですか?……私もここを辞めてお供致します!」

泣きそうな声で叫ぶ侍女を制しながら、長くなるから座ろうと椅子に座らせた。彼女が止めたとて、私は覚悟を貫くつもりでいる。例え私の言葉に彼女が何と返そうが、運命は変わらない、栓無きことなのだ。

「私がこれから言うこと、どうか信じて……ううん、何も言わずに素直に受け止めて欲しい」

全てを伝えるにはあまりにも長すぎる。私の身体に関することや、事実にたどりつくまでの紆余曲折は省き、重要な事実だけを掻い摘み、言葉を織り成す。
過去に行くことができるこの世界の理に反した不可思議な事実、私が過去に行くと決意した理由、そのひとつひとつが彼女にとっては未知のこと。そのことを少しずつ解しながら彼女に伝える。侍女に知って欲しかったのは、何も過去に行けることではなく、私が過去へ行きたいと思う理由そのもの。
私の変化に覚えがあったのか、侍女は思っていたよりも直ぐ事を理解した。ただし、納得はしていないようで、ぼろぼろと涙を零しながら、こちらに「なぜ、どうして」という目を向ける。

「私ね、カノが私の幸せを思ってくれていると言ってくれたから、貴女にだけは伝えておこうと思ったの。ずっと一緒に育ったから、貴女が好きだから」
「だったら、何で……っ!」

彼女が泣きじゃくることは目に見えていたようなものだが、いざ現実になってしまうと宥めることさえできやしない。私にも冷静になる時間が必要だったように、彼女にも冷静になれる時間が必要だ。今日は私もグレイグさまも夜まで帰らないだろうから、その間にどうか私の思いを──過去へ行くことを受け止めてくれたなら。肩を震わせながら泣く侍女を見つめていると、扉がノックされた。

「名前、用意はできたか」
「はい!……カノ、ごめんね。あなた今日は休暇にしておくから、私の部屋で休んでいて」
「っ……」
「じゃあ、結婚式に行ってくる。ハンカチ、勝手に使って良いから……ごめんね」

彼女の身体をぎゅっと抱きしめると、後ろ髪を引かれる思いで私室を飛び出した。扉を開けてすぐの廊下にはグレイグさまが居て、今の侍女の姿を見せるわけにはいかないとすぐ扉を閉めて鍵をかけた。

「お待たせいたしました」
「こう見るとお前もずいぶんと大人っぽくなった気がするな」
「もうとっくに大人ですよ」

もう良い歳なのに……グレイグさまの中では私はまだ子供なのだろうか。この調子ではおばさんになっても子供扱いされてしまいそうだ。
足を進めるのかと思いきや、グレイグさまは立ち止まって、こちらを見たまま何かを考えていた。マルティナ姫を迎えに行かねばならないのに、どうしたものかと袖を引くも、グレイグさまの表情は変わらずに疑問に満ちた目をこちらに投げかけていて。

「なにぼけっとしてるんですか、早く姫さまのもとへ向かいましょう」

もしやマルティナ姫をエスコートすることに対して緊張しているのかと、思考を巡らせていると、突然大きな手が伸びてきて輪郭をガシッと掴んだ。いきなりのことに驚いていると、顔を持ち上げられグレイグさまと目が合う。

「え……と」
「目が赤い、何かあったのか」

どうやら姫さまのことで懊悩していたわけではなく、私に対してのことだったようだ。先程の、侍女に真実に打ち明けたことをグレイグさまに話すわけにはいかず、バツが悪くなって目線を逸らした。

「……何でもないですよ」
「何処となく元気が無さそうに見えるが……そうか。なら良いのだが」

あれだけ冷静に話していたつもりでも、侍女を傷つけてしまったことへの痛心が顔に出てしまっていたのだろうか。それでもグレイグさまが深く追求することなく、パッと手を離してくれたことに安堵する。

「どれ、行くか」
「はい」

グレイグさまの背中を追いながら、いま私の部屋の中では侍女がどうしていることだろうと、それだけが気がかりだった。言わなければ、彼女は傷つくことはなかっただろうか。嘘でも駆け落ちだと言えば良かったか。そうすればせめて、この世界から私という存在自体が消えるという恐怖は与えずに済んだわけだ。
最早何が正解なのか分からなかった。何と言おうと、私が此処から消えてしまえば彼女は大きなショックを受けるだろう。ならば、私が違う世界で元気に暮らしているかもしれないと信じてくれていた方が幾分か良いではないかと自分を納得させたのだが、これもまた私の身勝手なのかと思うと胸が痛んだ。