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夢想地図を描く
いくら頭を冷やしても「過去に戻ることができる可能性があるならば、それに賭けてみたい」という私の気持ちは変わらなかった。寧ろ、時が経っても醒めることの無い心内を再確認することができて、本当に過去に行きたかったのだと納得する程だった。復興関係の計画書に目を通している時、或いはブランケットに包まって目を閉じている時、過去に戻ったら何をすべきかを考えては、妄想の世界に入ってしまうことが多くなった。イレブンに全てを打ち明ける前の私はよほど沈んでいたのだろうか、グレイグさまからは会うたびに「最近は元気になったようで何より」と声をかけられ、その度に申し訳ない気持ちに押し潰されそうになった。

ひと月ほど間をあけて、イレブンは再びデルカダール城へとやって来た。あの日の答えをもう一度聞きに来たと、イレブンはそう言いながらも、私の面持ちに全てを察したかのように寂しそうに笑った。

「本当に、行く気なんだね」
「……あれから何度も考えたけど、私の意思は揺るがなかったよ」

心残りが無いとは言い切れないが、過去へ行くことに対して迷いは無かった。私は今度こそ、自分が納得出来るような世界を歩いて行きたい。傍から見れば、危険を冒してまで、救えるかもわからない世界に飛ぶのは可笑しい事だと思う。だがそれでも良かった……目の前には、無理矢理でも私の思いを理解してくれる人がいた、それだけでもう十分だ。

「あの日、命の大樹で起こった事を……ううん、私が知らない過去のことを全て教えて欲しい」
「うん、分った」

ただ過去へ飛んだからといって、今以上に良い未来を造ることができるという保証は無い。たったひとつの過ちで、世界の運命は大いに変化する。だからこそ、こうして現在に繋がる為にどのような過程を踏んだかという事を明確にしなければならない。
長く地下牢に閉じ込められていたせいで、大樹が崩壊する前後に何が起こったかを全くもって知らない。このことはイレブンに聞いて情報を補填すべきであった。
イレブンは、それまでの旅の記憶を丁寧に時系列を辿りながら伝えてくれた。それを、羊皮紙を広げて細かくメモを取る。命の大樹に辿り着く前にクレイモランであった出来事、大樹に登りホメロスさまと対峙したこと、ホメロスさまに不信感を持っていたグレイグさまが王を連れて後を追ったこと、その所為で勇者の剣が魔王の手に渡ってしまったこと……そして、大樹が崩壊する際にベロニカが最後の力を振り絞ってイレブンたちを地上まで飛ばしたこと。イレブンの言葉を整理して、ポイントごとに出来事を整理する。

「つまりは、クレイモランでグレイグさまがホメロスさまに対する不信感を持たねば、命の大樹に訪れることは無かった。グレイグさまの力を借りるには、魔女リーズレットを復活させるしか無いわけだ」
「クレイモランの民には申し訳ないが、此処は変えられない」

まずはグレイグさまがホメロスさまに対して不信感を抱くイベントを起こすべきである。それが無ければ、グレイグさまが事を把握して私たちに手を貸してくれる望みが薄れてしまう為だ。彼は大事な戦力でもあるから、これに関連するクレイモランは是非とも通過しなければならない。

「問題は、命の大樹で闇のオーブを持ったホメロスをどう対処するかだね」

そして二つ目のポイントは、闇のオーブの力に守られたホメロスさまの対処について。これが一番困窮を極める問題であった。

「勇者の力ではどうにもならなかったの?」
「勿論抵抗したよ、でも僕たち全員の力を持ってしても敵わなかった」
「そう……」

ホメロスさまの対処を誤れば、ウルノーガに対抗することができる体力も残らない。勇者のチカラを奪われてしまえば、勇者の剣がウルノーガの手に渡ることになる。どうしても避けたいところであるが、私の体ひとつでは、ホメロスさまも王も事前に止めるといったことは不可能である。その場で力づくで止めようとしても、私一人では彼らに敵うはずもない。これに対しての策は、この場では思い浮かばなかった。

「……万が一の時は、ベロニカがイレブンたちを地上に飛ばそうとする前に、私が皆を飛ばしてみせる」

三つ目は、ベロニカの死を防ぐこと。彼女が唱えたであろう移動呪文は、イレブンの話を聞く限りは、バシルーラという移動呪文に間違い無さそうだ。本来であれば主に敵を遠くへ飛ばすという博打じみた呪文なのだが、これに守護結界効果を足したような呪文を私が唱えれば、彼らの身を守ることはできるはず。バシルーラは術者も魔力を殆ど使いきるほどの強大なエネルギーを消費する呪文だが、もし私が力尽きようとした時の為にキメラのつばさでも用意しておけば、命くらいは助かりそうなものだ。

「理想は、命の大樹でホメロスさまを食い止め、ウルノーガに手を出させないこと。大樹の魂を得る前のウルノーガであれば、まだ勝機はあるはずだから」

もしものことがあっても、この世界でイレブンたちが大樹の力を得た魔王を打ち破る力を持っていたということは実証済みだ。最悪な事態になる前にその要素を少しでも防げたなら、望みは十分だ。

「ありがとう、イレブン」
「うん。それと、これなんだけど」
「勇者の剣……?」
「時のオーブを壊すには、これが必要だから」
「ああ……そうだった、すっかり忘れてた」

鞘ごと剣を受け取ると、それを積み重ねられた本の間に隠した。この剣を持っていることがグレイグさまやマルティナ姫に露見してしまえば、私が過去に行くことも察されてしまうだろうから。幸いなことに、物で溢れ返っているこの部屋には、隠し場所は幾らでもあった。

「過去へ行くことは、僕以外には言わないの?」
「うん、そのつもり」
「グレイグにも?」
「何でそこでグレイグさまの名前が出てくるの」

グレイグさまこそ、私が過去へ行くことを伝えるべき唯一の人物なのかもしれない。この城から命懸けで私を助けてくださった、ある時にはたくさんぶつかりあって、しかしそれ以上に私に良くしてくださって……最早只の上司と部下では無い、私とグレイグさまはお互いが特別な存在であった。だが、そんな彼だからこそ、過去に行くことを伝えられないと思っているのもまた事実。

「私はグレイグさまの顔を見て、迷わずに過去に行ける自信が無い」

こんな自分でも、この世界に多少思い残すことはあった、それはイシの村の復興であったり亡くなったと思っていた姫さまをお守りすることであったり……だがそれ以上にグレイグさまの存在が大きすぎる。私が過去へ行くと言えば反対はされるだろうが、最終的には許してくださると思う、彼は優しい人だから。それでも、グレイグさま悲しそうな表情を想像すると、せっかく固まったこの決意も揺らいでしまうことだろう。

「このことはイレブンにしか……いや、あと私にずっと仕えてくれた侍女にも伝えようと思っている。あとはもう誰にも言わない、イレブンも何も言わないでいてくれると嬉しい」
「……名前それで良いのなら、そうするよ」
「我儘でごめんね」

侍女にだけは話しておこうと思った理由は、長年世話してくれた恩もあるが、彼女を信頼しているからだ。私の受けた呪いについても理解していない彼女が、時を渡ることを信じてくれるかどうかという問題もあるが、彼女は私の言ったことは受け入れようとしてくれるし、何より例えどんな情報であろうとも他言しないという信頼があるからだ。誰かに過去へ行くことを告げる時に、恐れていることはそのことが他の仲間に露見し、過去へ行くことを止められてしまうことだからこそ、侍女にだけは安心して伝えられるのかもしれない。……だが、伝えるとは決めているが、いざ全てを伝えれば泣いて縋り付かれるだろうから、どのタイミングで伝えるかは迷いどころだった。

「過去には、いつ出発するの?」
「分からない。イレブンとエマの結婚式が終わってから……それ以外のことは決めてない。行こうと思った時に、行こうかな」

それは結婚式の翌日かもしれないし、数
もっと先の話かもしれない。イレブンから全てを聞いたことで、侍女に事情を伝えること以外の準備は全て整った。
仕事の引き継ぎについても、全て羊皮紙にまとめてある。あとはこれを侍女に渡せば良い……私が消えることで、多大な迷惑を掛けることは百も承知であるが、平和になったこの世界では専門的な魔法の講義も必要なければ、元々ホメロスさまに頼まれて私が片付けていた雑用は、覚えれば誰にだって成せること。

「色々聞かせてくれてありがとう。これで安心して、過去に行くことができる」

イレブンの手を包み、力強く握った。彼の左手の痣も、皆で想いを込めて作った勇者の剣も、……彼の思い出が詰まったものまでも私は犠牲にして、それでも過去へ行く可能性に賭けている。全てを受け入れてくれた彼には、何度感謝をしてもし足りない。

「……あ、そうだ名前」

去り際、イレブンが何かを思い出すように口を開いた。私の目をしっかりと見て、「今まで誰にも言ったことが無いんだけどね……」と言葉を続ける。

「信じられないかもしれないけど、僕は一度だけ時のオーブのチカラを使わずに、過去へ戻ったことがあるんだよ」
「そんなこと、有り得るの?……夢とかじゃなくて?」
「有り得ない、って思うでしょ?時の番人は「時を巻き戻すには勇者のチカラが必要」「一度過去に戻ってしまえばもう戻れない」なんてことを言っていたから」

その言葉が本当か、はたまた嘘であるかは判らない。普段は絶対に嘘をつかないであろうイレブンが、私に施した最後の優しさなのかもしれない。それでも、信じずにはいられなかった。

「でも、僕は戻ってきた。……名前、僕は絶対なんて無いと思うんだ。もしかしたら名前はこの世界に戻ることができるかもしれない。僕が名前のたどり着いた世界に行くことができるかもしれない。生きていれば必ず会えるって、そう思って生きていこう。だから僕は、さようならは言いに行かない」

イレブンは最後まで別れの言葉を口にはしなかった。まるで、また遊びに来るからとでも言うように、気さくに手を振って去って行った。閉じられる城門の狭間から彼の背を見送れば、一抹の寂寥感を胸に私室へと戻る。
生きていれば必ず会える……その言葉で、取捨選択を迫られ押し潰されていた私の心は、救われたような気がした。イレブンが本当に過去に行ったかなど今ではどうやっても証明できやしないが、それでも白か黒か──この世界を切り離すか自分の望みを切り離すかという極端な選択の中で、そんな幻想を信じることくらいは許されるであろう。