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一縷の希望
言ってしまった。もしかしたらイレブンが過去へ行こうとするのではないかと、そう思って今までこの思いを押し込めていたのに。それなのに……彼はもう過去に行かないと決めたと言ったから、だから吐き出してしまった。

「僕の……力を?」
「だめ、かな……」

零れ落ちそうな涙を拭うと、困ったような笑いが出た。おどけるように、もともと私の力ではないから別にダメならいいと続けたが、イレブンの表情は次第に穏やかなものではなくなってきた。

「僕の力を貰ったとしてどうするの?名前、君は本当に過去へ行こうと思っていたの?」

勿論、イレブンは私が「勇者の器」であるということは知っている。知っているからこそ、彼の目は本気だった。先程までの和やかな雰囲気の欠片も無い。お互い、感情のセーブが効かなくなれば今にも怒鳴ってしまいそうなほど、緊迫した空気の中で言葉を投げかけていた。

「でも僕が過去へ行くか判らなかったから、言わなかったの?」

その表情を簡潔に表すならば「怒りと絶望」だった。
「さっきまでここで一緒に笑っていたじゃないか、結婚式にも来るって、デルカダールの復興もずっと頑張っていたのに、何で!」……震える声で問いかけられる。国務が忙しく、気が可笑しくなってしまったのかと、肩を掴んで揺さぶられたが、「もともと可笑しかった」と言えば、その手から力が抜けてだらりと下に落ちた。

「……っ、ダメだ、僕にはそんなことはできない!」
「そう、……ならいいの、ごめん……」

返される言葉は無かった。沈黙から逃げるように、コーヒーを一口飲んだ。味も温度も、何も感じられないそれをゆっくりと味わって飲み干す。しばらくお互い言葉を発さずにいた。声を張り上げて叫んでいたイレブンも、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。息を整えて、彼の目は再びこちらを見る。

「……はあ……名前、頭ごなしに否定してごめん……良かったらワケを聞かせてくれない?」
「イレブン……」

てっきり、またはっきりと「ダメ」だと言われると思った。他の人ならば無理だと跳ね除けそうなお願いでも聞いてくれる優しさを、彼が持ち合わせていたことに感謝する。どこから話そうかと悩んだが、自分の中でも上手く言葉が纏まらないでいたから、気持ちを素直に吐き出すことにした。本当ならば、この思い一生隠しておくつもりだったのだ。

「この世界は生きづらい。暖かいはずなのに、どこか冷たい。息が詰まる、力がでない、何をやっても楽しくない……」
「そう、……なんだ」

その言葉は答えになっていなかった気さえする。別に、過去に戻ることに明確な目的があるわけではなかったし、寧ろなぜここまでして戻りたくなるのかも上手く説明がつかない。ただ私は、ただこの世界から逃げたかっただけなのだ。せっかく生き返らせてもらったのに、自分でもなんと我儘で贅沢な人間だと呆れてしまうほど。

「イレブン、あなたには家族がいる。皆にも居る……でも私には家族がいないから、私がいなくなっても、きっとその隙間は別の誰かが埋めてくれる」
「そんなこと……!」
「この世界には、私を一番に必要としてくれる人なんて誰も居ない」

せめてその家族さえ居れば、私はこの人を幸せにするという生きがいを持てていただろうか。でも今は、私はこの世界で生きている意味は何もない。亡くなった人に苦しめられ、その罪を贖う為に生きているも同然。その中でささやかな幸せを見つけては安堵するのだ。これではまるで奴隷のようではないか。

「家族も一生添い遂げる人もいない私が、過去に戻ることができる力を持つことができたら……それでベロニカやホメロスさまが生きている世界に戻りたいと願うのは、おかしなことなのかな」
「でも、必ず戻れるわけじゃない。永遠に時空の狭間から出られなくなるかもしれない、ベロニカたちを救える保証も無いし最悪な未来が待っていることだってある!」

そんなこと、承知の上だ。……それでも、私が過去に戻ることを引き止める理由など、結局そのくらいしかないのだ。

「イレブンは、確実に勝てる勝負だけを選んできたわけではない。ひとつの可能性に賭けてきたことなんて何度もあったはず……私も同じように可能性に賭けてみたいだけ、その先に何があろうと、今のまま生涯を終えるくらいならば私は運命に挑んでみせる」
「それとこれとはワケが違う!僕だって世界の命運がかかっていたらどうしてもやらなきゃいけなかった、でも……もうそんなことをしなくても平気な世界になったんだ!」

イレブンのあまりの気迫に、思わず黙り込みそうになる。それでも、ここまで言ってしまった手前、折れるわけにはいかなかった。イレブンは……私が過去に行きたい理由を知りたがっている。そして、それを論理的に必死に食い止めようとしている。ならば、この論争を押し切れば、私の気持ちを出し切ってそれがイレブンの心に届けば、私の願いはきっと通るはずなのだ。

「私は、……あれから何年経っても、今でも死んだように生きている。誰にも心配をかけないように仮面を被って、その裏で毎日……彼らに苛まれている。もう自分がいつ居なくなってしまいたくなるか分からない」
「そんな……!」
「時空の狭間を彷徨っても……永遠に彼らがいた夢を見ていられるのならば、それで良い。ただ、私はもう楽になりたい。イレブンが過去に行かないと判って、やっとチャンスが舞い降りてきたと思った。……馬鹿みたいだと思う?」

堰を切ったように、後悔の念が溢れだす。さっきまで声を荒げていたイレブンも、もう私を止めたとしても無駄だと思ってしまったのか、口をぎゅっと閉じた。

「私は、過去の私の選択を後悔している。体が動かなくても、無理やり引きずってでも、牢に入れられる前に逃げ出せば良かった、命の大樹へ向かえば良かった。ホメロス様をもっと説得すれば良かった。……悔やんでも悔やみきれないことがたくさんある。私ならば救えたんだ、そう思うと遣る瀬無い」

私の心内も、一通り吐き出し終わった。あとは、イレブンの答えを待つだけだ。しばらく俯いて、長い髪で顔を隠し俯いていたイレブンは、それから今にも泣きだしそうな顔でゆっくりと手を差し出した。

「名前、僕はキミまで居なくなってほしくない。でも……幸せになってもらいたい。手を、出して」

それが、彼の出した答えだった。ゆっくりと、勇者の痣のある左手に自分の右手を重ねる。イレブンが目を閉じて深く念じれば、痣はスッと消え、逆に私の手の甲にはそれと同じ勇者の紋章がはっきりと映し出された。手を引いて、その痣をじっと眺める。今この手は、過去に戻ることができる可能性を秘めている……そう思うと、私は漸く救われたような気がしたのだ。

「……ありがとう、ごめんね……っ」

私が過去に戻ったことがいずれ誰かに知られてしまえば、私に勇者の力を渡したイレブンもきっと責められる。それでも、彼は私に託してくれた。その事実も相俟って、私の目にはまた涙が溢れてきた。イレブンはそんな私の頭をあやすようにゆっくりと撫でながら、小さく言葉をつづけた。

「もし……名前が過去へ戻るときがきたのなら、どうかその時はまた僕らの力になって欲しい。ただ、今はゆっくり考えよう。冷静になって、それでも君がこの世界を切り捨てる覚悟があるのなら、僕はもう止めはしないから」
「切り捨てる……わけじゃない。ちゃんと、イレブンたちの思いもぜんぶ背負って、そしてまた私は世界を救ってみせる」

それが、イレブンにできる唯一の恩返しだった。彼は残ったコーヒーを流し込むと、「時間を置いてまた来る」と言った。
城門まで彼を見送り、私室に帰る途中でもう一度右手の痣に目をやる。私が勇者の器でなければ手に入れることができなかった勇者の力。器として生まれ落ちることがなく、グロッタの孤児院で過ごし平凡な人生を送っていた自分と、こうして世界を救い過去へ行く可能性を持った自分……果たしてどちらの方が幸せを掴むことができたのだろう。答えを問うても、応える人はいない。