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ステラの冷笑
世界が平和になっても、未だ武器は捨てられない。魔王の影響が無くなったお陰で、あまり人間に害を及ぼさなくなったとはいえ、相変わらず外には魔物がいる。また、今はまだ膠着状態だが、いずれこの世界の人間同士でも戦争が起こることだろう。もしかしたら、ウルノーガのような邪悪な心を持った者がこの世界をまた滅ぼさんとするかもしれない。……というわけで私は今日も武器庫にて武器防具のチェックをしている。個数を数えつつ状態を見て、何か不備があれば廃棄する。数が減ってきていれば、また新たな武器を仕入れる。
中でも一番面倒なボウガンを、時折溜息を吐きつつも丁寧にチェックしていると、扉をドンドンと叩く音が聞こえた。また追加の仕事があったらどうしようとげんなりしながら返事をすると、そこに居たのは何度か顔を見たことがある新米の兵だった。

「名前さま、あの……イレブンさまが、勇者さまがお越しです」
「本当ですか!すぐ私の部屋に案内してください。これを片付けたらすぐ向かいますので」

イレブンが城に来るなんて、なんと珍しいことだろう。私がイシの村を離れてから、もうずっと会っていないことを思いだし、先程まで沈んでいた心が躍り出す。兵士が急いで去っていく姿を見送ると、急いで残りのボウガンのチェックを始めた。

部屋に戻ると、ちょうど侍女がコーヒーと焼き菓子を運んできたところだった。慌てて机の上に積んである本を床に置いて、来客時用のテーブルを引っ張り出し、イレブンに座るよう促す。

「失礼いたします」
「うん。ありがとうね、カノ」

部屋のドアが閉じられたところで、イレブンのほうへ向き直る。イレブンもそろそろ私が旅をした時と同じくらいの歳だろうか……いや、それ以上かもしれないが、それでも彼は相変わらず幼い顔をしている。ただ少し、前に会った時よりも凛々しくなった。

「本当に久しぶりだね、来てくれてありがとう」
「久しぶり、いきなりだったけど会えてよかったよ。グレイグにも会いたかったんだけど」
「グレイグさまは今日の夜からまたお仕事だから、丁度お休みになったところなの。ごめんね」
「大丈夫……というか名前のほうも仕事切り上げさせちゃってごめん」
「急ぎじゃないし、寧ろ同じ仕事ばかりで飽き飽きしていたところなの。イレブンが来てくれたことがモチベーションになった」

そう言うと、イレブンはホッとしたような表情をした。寧ろイレブンが来てくれたことでやる気が出てきて一気に片づけることができたのだから、迷惑でも何でもない。

「それで、今日はどうしたの?」

イレブンがデルカダール城へ……しかも一人で来るなんて、私の知る限りはあの悪魔の子と呼ばれた時から実に数年ぶりではないだろうか。彼も彼でイシの村の復興作業で忙しいし、かといって私や姫さま、グレイグさまも仕事があるので、なかなか来る機会も作れない。今日こうやって城に来たからには、何か大事な話があるのだろう。

「あのね……報告なんだけど」

イレブンはそこで言葉を詰まらせると、困ったようにはにかんだ。まさか過去に戻りたいと言うわけじゃないよなと焦ったが、にこやかな表情を見るにそれは無いようで安堵する。うんうんと真剣に聞き入るように話しを引き出そうとすると、イレブンは一呼吸おいてまた口を開く。

「僕、エマと結婚することになったんだ」
「……えっ!本当に!」

何の話をするのかと色々頭で考えていたが、その返しはまったく予想していなかった。二人が恋仲なことなど全くもって知らなかった──そもそも、エマはイレブンのことが好きなのは知っていたが、イレブンはエマのことをどう思っているかなんてまったく知らなかったので、驚いて椅子から立ち上がってしまう。

「おめでとう!結婚式はいつやるの?絶対行くからね」
「うん、ありがとう、予定は未だ詳しくは決まっていないんだけど」
「そうなのね。……グレイグさまにも私からちゃんと伝えておくから!それから、近いうちに遊びに行ってエマにもおめでとうって言いたいな」

悦びのあまりイレブンの手を取ってぶんぶんと振ると、彼はまた気恥ずかしそうに笑った。それから、エマとのことについて根掘り葉掘り聞き出しながらお茶を楽しみ、話がようやくひと段落つくと、今度はイレブンが真剣な面持ちで語り始めた。

「それで……なんだけどね。名前、僕はもう過去にはいかないことにしたんだ。今日はそれもきみに伝えておきたかった」
「そう、なんだ」

イレブンの言葉を聞いて、どこかホッとした自分がいた。イレブンがこの世界からいなくならずに済む……という気持ちがある一方で、自分が隠していた「ある計画」が心の隙間から顔を覗かせた。

「こんなことを言ったらベロニカにも申し訳ないし、みんなの本音を聞いていないからもしかしたら僕を過去に行かせて、せめてそっちの世界でベロニカを救ってほしいと思っている人もいるかもしれない。……でもこれだけは信じて欲しい。僕は、ベロニカの死を悔やんでいる。でも、この世界には僕を必要としてくれる人がいる。ベロニカのように僕もその人たちに同じような思いをさせたくない」

これで、良いのだと思った。
彼一人だけ過去に行くなんて、ただの自己満足だ。何も、この世界の為にならないことであったから、その選択が普通なのだ。

「……そう、か。私もね、あの場でイレブンを止められなかったの。本当は行って欲しくないって叫びたかった。どうやってもこの世界のベロニカは戻らないのなら……過去の私たちには本当に申し訳ないけれど、私はイレブンが過去に行く必要なんて無いと思っている。この世界にはあなたの血が繋がったお祖父さまも、義理の母も、愛する奥さんも、居るのだから」

イレブンが居なくなれば、皆が悲しむ。唯一血が繋がった家族、女手一つで育て上げた義理の息子、そして世界で一番愛している人。イレブンはどの人たちにとってもかけがえのない存在なのだ。……それに比べて、私は?

「名前…...何でそんなに辛そうな顔をするの?」
「あ……」

誰の一番にもなれないような私は、どうなのだろうか。それまでひた隠しにしてきた感情が一気に膨れ上がる。

この世界は、美しい……でもどこか寂しい。平和な世界を手に入れる為に、呪いに打ち勝って生き延びる為に、私は戦ってきたはずなのに……たくさんの犠牲を伴ってやっと得ることができたこの世界は、まるで曇ったガラス越しに見ているような不透明感を醸し出していて。世界が平和になっても、満足感などこれっぽっちも得られなくて。

「なんでもない、だいじょう……ぶ」
「僕で良いなら、吐き出しなよ」

目を瞑れば、幼かった頃の思い出が蘇る。一人になれば、また罪悪感に苛まれる。
何故なのだろうと考え続けて、私は漸く答えにたどり着いた。この世界には、私が自分にとって最良の選択をしなければ救えた命の亡骸が埋まっているから、だからこそ美しくないのだ。幼い頃の記憶を思い出すのは、その頃が私にとって一番幸せな時間だったから。父のように尊敬する先代が居て、常に誰かが私の孤独を埋めてくれていて、それなのにこの世界には何も無い。

「イレブン、わ、わたし……」
「うん」

ずっと辛かった。この世界で幸せにならずに生きていくことが私の償いだと思っていた。それなのに、私はイレブンのその決意で壊れてしまいそうな心を唯一救うことができる道を──過去へ行くことができる可能性を与えてくれた。私にはその蜘蛛の糸を「見なかったことにする」選択肢は無かった。寧ろ、縋る以外無かった。

「誰にも言わないで、グレイグさまにも……姫さまにも言わないで…」
「言わないよ、……落ち着いて、ゆっくりでいいから」

いつの間にか目には涙が滲んでいた。せっかく喜ばしい報告をしてくれたイレブンに迷惑は掛けまいとセーブしていた心が、背中をさする温かい手によって一気に崩壊した。吐き出してしまえば、ラクになれる。ダメならば無理やりにでも止めてくれればいい。

「私に逃げ道をください……その、勇者の力を……」
「勇者の力?」
「私にならば、勇者の器である私ならば、その力を受け継ぐことができるはず。……そして私が過去に行く……!」

今まで呪いに呪った私の人生が、漸く報われるときがきたのだと。そう言うとイレブンはその玲瓏たる瞳は大きく見開かれた。