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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

王都再建計画
「……というわけで、もう少しここにお世話になることになったの。イレブン、よろしくね」
「こちらこそ。名前が居てくれて嬉しいよ」

あれから、忘却の塔についての話は誰もしようとしなかった。そのことに触れて、イレブンが過去へ行くと言い出すことがとても怖かったのだ。結局、結論が出ないまま忘却の塔を去り、私たちはそれぞれの故郷へと戻ってきた。もっとも、私が戻るべきデルカダール王国は瓦礫の山となっているので、暫くはイシの村で過ごさせてもらい、デルカダール王国付近に復興のための町づくりをするところからはじめることになった。

「名前、そろそろ会議をするから戻るぞ」
「はい!……じゃあまたね、イレブン」

遠くからグレイグさまの声がかかった。守るべき城が瓦礫と化したとはいえ、私たちの仕事はなくなることはない。今日も昼から会議があると言われていた為、イレブンに別れを告げると急いで兵舎のテントへと戻った。

軍師であるホメロスさまが亡くなった今、会議を仕切る人は居ない。グレイグさまにお任せしたかったのだが、「俺では務まらん」と断られてしまい、結局はグレイグさまに物申すことができる私くらいが丁度良いだろうというなんとも曖昧な理由で司会に抜擢されてしまった。

「……かつてこの地に初めて城を建てたのは、二人の英雄によって実りある大地に生まれ変わったこの場所に集まった民たちであると言われています。私たちにできないことはありません。皆で協力して、あの美しいデルカダール城を再建させましょう」

会議の内容はデルカダール王国の再建について。とはいえあまりにも酷い有様に復興の目処が立たず、何年かかるかも分からないような作業である。行先が見えない不安に苛まれる兵士もちらほら見受けられたため、始めに兵たちに檄を飛ばすとテントには惜しみない拍手が響いた。

「わっはっは!名前も旅に出てからずいぶんと逞しくなったな!可愛い子には旅をさせるモンだな、なあグレイグ」
「まったくだ」
「オスカー!…...グレイグさまも、もう……子ども扱いしないでくださいよ」
「なあに、俺もグレイグも名前がこんなに立派になってくれて嬉しいんだよ」

──名前にとっては「子供だったお名前がこんなに立派になった」と言われんばかりの拍手だと感ぜられたため恥ずかしくなってしまったが、ここに居る兵士は少なからず名前のその言葉に感銘を受けて拍手を送っていた。この調子では、まだまだこのような場には慣れなさそうだ。

イシの村からデルカダール王国までは数日の移動時間を要する。まずは王国の何処かに私たちが住むスペースを作らなければならない。それからは、城と城下町の再建だ。
不幸中の幸いとでもいうべきか、城に関しては、外観は破壊されているが、中は崩れた天井やら壁やらが落ちているだけであまり被害を受けていない。それでも私たちが戻れるかと聞かれれば難しいところだが、私が地下牢に閉じ込められている間はアンデットたちが棲みついて「らしい」暮らしをしていたことから、思ったよりも時間はかからないはずだ。むしろ問題は瓦礫まみれの城下町のほうである。

「……、専門的な行動管理は城下町の建築士に任せます。私たちは肉体労働を中心に動きますので、よろしくお願いします。明日からさっそく城の近くに簡素な仮設住宅を用意するところから始めましょう」

司会進行は思ったよりも難しい。今まで会議にただ参加しているだけの私にとっては緊張で汗が止まらないほどの数時間になった。今までこんな生ぬるいものではなく、国の命運を左右するような会議をホメロスさまが上手くまとめ上げていたことを考えると、改めて彼の技量を感じることができる。それと同時に、彼がいなくなったという事実をこうも受け止めねばならないということが、私にとってはとても苦しかった。

**

世界が平和になってからだいぶ時が過ぎた。城の再建はまだ終わってはいないが、なんとか自室のベッドに寝られるようになった私は、そこで寝泊りをしながら時折イシの村の復興のほうも手伝っている。
今日も今日とてまだ城下町に戻ることができない城下町の人々の様子を見にイシの村へとやって来た。いつものようにイレブンの家へと挨拶をしに行くと、そこには懐かしい顔ぶれがあった。

「よ、久しぶりだな」
「カミュ!……それに、マヤ?大きくなったね」

イレブンと向かい合わせで座っているカミュと、その隣に座っているのは妹のマヤ。彼女とはクレイモランで会った(といっても彼女は私のことを知らないのだが)きりだった。あの頃の彼女も歳の割に結構大人びていたが、今はさらに歳を重ねてとても綺麗になっている。

「兄貴、おれこの人知らないよ?」
「バカ、マヤの命の恩人だぞ!ほらちゃんと挨拶しろ」

カミュに首根っこを掴まれて無理やり立たせられたマヤは、戸惑いながらも頭を下げた。

「は、はじめまして……」
「はじめまして。私は名前っていいます、よろしくね」

名前を伝えればと、マヤは「あー」と納得するような声を出した。多分、カミュが私の話を彼女にしてくれていたのだろう。

それから、私はイレブンの隣に腰掛けて四人で旅の思い出話に花を咲かせた。今思えば、何もかもが懐かしい。あの旅の記憶ひとつひとつを、私はまだ鮮明に覚えている……あれから随分と時間が経っているということが信じられないほどに。それほどイレブンたちとの旅は私にとっては濃い時間だった。

「……でさ、マヤもクレイモラン近海から出たことがなかったから、せっかくだから俺が見た景色を見せてやろうと思って。マヤが目覚めてからまた世界を旅してるってワケ」
「すごい!私もまた旅をしてみたいな……でも今は仕事もたんまりあるから、長旅はどうやっても無理か」

自国の復興に務めているため休みも少なければ、休日も仕事が舞い込んできてまとまった時間がとれていない。本当ならば、世界が平和になったら甘いものが大好きなマルティナ姫とスイーツめぐりをしたり、シルビアに私服を見繕ってもらったり、ホムラの里へ温泉旅行をしに行きたいと思っていたのだけど。残念ながら今は何一つ実現できていない状態だ。
しかし、今日はカミュとマヤがいる。姫さま、グレイグさま、そしてイレブン以外の旅の仲間と会うのは結構久しぶりだったりする。このまま仕事だからと城に帰ってしまうのも勿体ない。

「よし、カミュとマヤがせっかく来てくれたんだし、今日は午後から休暇を貰って村で宴の準備をするわ。だからもう少し待っててね」
「それは嬉しいけどよ……休暇ってそんな突発的に貰えるモンなのか?」
「大丈夫!グレイグさまに可愛くお願いすれば一発で、ね?」

暫くきちんと寝る暇も無かった程だから、そろそろ休暇を貰っても良い頃だ。グレイグさまであれば、かつての旅の仲間と会うことに対して反対することはまず無いだろう。そうと決まればと急いでイレブンの家を飛び出すと、ルーラを唱えてデルカダール城へと戻った。

「あいつもずいぶんとあざとくなったな」
「うん、僕もそう思う……」

──一方で「グレイグは女の子にどうしてもと頼まれると結構弱い」ということに気づき始めた名前を見て、カミュとイレブンは二人して同じようなことを思っていた。

私が再びイシの村へとやってきたのは、ちょうど昼時が過ぎた頃だった。石と枝を掻き集めて焚火を用意し、その上に鍋を吊り下げて料理を作り始める。復興作業中は女手が足りず、兵士たちの料理をほぼ毎日作っていたお陰で、温室育ちだった頃に比べれば圧倒的に料理が上達していた。

イレブンの部屋で料理をつまみながら酒を飲み始めてはや数時間。マヤは慣れない環境だったからか疲れ果てて眠ってしまい、イレブンも久しぶりに羽目を外したからかベッドで横になっている。……二人がいつのまにかリタイアして気が付けばカミュと一対一で飲んでいた。

「こうやってカミュとお酒を飲むのって、いつぶりかしら」
「ラムダの祝杯の宴以来じゃないか?こうしていると、イレブンたちと旅をした時にキャンプで飲んだ酒を思い出すぜ」

また魔王が復活するのはゴメンだが、確かにあの頃は楽しかった。

「マヤとの二人旅はどう?」
「大変なこともあるけど楽しいかな。マヤも喜んでくれてるみてえだし。それに……」
「それに?」

カミュが恥ずかしそうに笑いながら、小さな声で話しだす。

「マヤが黄金になっちまった時からずっと、もう一度二人で船に乗りたいって思ってたんだ。小さい頃兄妹二人して船に乗った記憶がどうしても忘れられなくてな。マヤにはまだ言ってないけど、俺はまた二人して船に乗れてすごく嬉しい。あいつの前では見栄張ってお前のためとか言っちゃったけどな……あ、これマヤには言うなよ」
「忘れられない記憶……か」

「忘れられなくてな」──その言葉を聞いてふと思い浮かんできたのは、たくさんの星が降り注ぐ夜のことだった。
風邪で倒れそうだった身体をなんとか奮い立たせ、デルカダール城のバルコニーから見た景色。隣には、今は亡きホメロスさま立っている。

「おい名前、聞いてんのか?」
「あ、ゴメンゴメン。大丈夫、私とカミュの秘密ね」

何故あの景色を思い出してしまったのだろう。彼と決別したあの日…...私にとってはあまり良い思い出ではないはずなのだ。そんな思い出を打ち消してくれるまで、無数の流れ星が煌めく空は美しかったのだろうか、それとも……あの時、私の記憶に強く印象付けた感情は何だったのだろうか、必死に思い出そうとしたのだが、酔いが回った頭では結局何も思い出すことができなかった。