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運命の門
「グロッタでは西北西、ユグノアでは北西、クレイモランでは東北東、そしてデルカダールでは真北……位置はここら辺で間違いなさそう。一旦降りて探しましょうか」

神秘の歯車を発見し、あとは忘却の塔を探すのみとなった。
ケトスから降りて、ふくろから取り出したのは、この世界の地図。イレブンだけが見える失われた時の化身が、どこからどの方向へ向かっているのか──世界各地を回ってて、それを地図に書き記していた。イレブン曰く、失われた時の化身は障害物をものともせずただ真っ直ぐどこかへと向かっている。つまり各地にいた失われた時の化身が向かう方向の交わる点に忘却の塔があるという仮定ができたわけだ。

その方法でたどり着いたのが、命の大樹の北にある岩山に囲まれたとある場所。この大地を取り囲む岩山は、とても人の足では登ることができない。誰かが住んでいる気配もなければ生活していた痕も一切無い、まさに前人未到の地であることが伺える。

「どう、見える?」
「見える。一匹、崖を登って北に進んでる」

イレブンの目を頼りに、失われた時の化身を追って忘却の塔を目指す。しばらく歩き続けると、予想通り大きな塔が見えた。岩山に取り囲まれるようにぽつりと聳え立つそれは、まさに私たちが求めていた塔であろう。

「……岩山に囲まれた此処じゃ、ケトスに乗らないと辿り着けない……どおりで今まで気づかなかったわけだぜ。それにしても、とてつもなくでかい塔だな」

塔の構造もまた古代の魔法技術によって造られているようだった。それも、古代図書館とは比べ物にならないほどの技量だ。現代の建築技術では再建不可能どころか人が作ったとは考えにくい構造をしている。

「この塔は誰が建てたのかしら。古代技術である浮遊石も、あの巨大な砂時計も、とても人が造ったとは思えない」
「神の民……かと思ったが、どうも彼らが作ったとも考えにくい。この世界に更なる力を持つ者がいるやもしれん」

塔の中は外と同じく魔物もおらず、その物珍しい内観をゆっくりと眺めながら進むことができた。浮遊石で移動しては、単純な道のりを歩く。その繰り返しで、いつのまにか私たちはその塔の終着地点とも思われる場所にたどり着いた。

「なに……?あれ」
「もしかして、みんなにも見える?」
「見える……」

木々に囲まれた円盤の上。そこにはあの壁画に描かれていたような生物がこちらを見ていた。触手のような長い腕に、透けて青みがかっている身体……イレブンが言っていた失われた時の化身と特徴がほとんど一致する。

「……わたしは時の番人。時のゆくすえをみまもるもの」

時の番人と名乗ったそれは、人間でも魔物でもない。私は何か、それがこの世界の核心に近づいているのではないかと思わずにはいられない。

「時の番人よ。この塔には失ったものを復活させるチカラを持つ光があると聞きました。私たちには蘇らせてほしいかけがえのない人がいます。どうか知っていることを教えてください」
「このさきにある祭壇には、時のオーブと呼ばれるほうぎょくがまつられています。その時のオーブのチカラをつかえば、あなたたちのねがいもかなうでしょう。ですが……あなたたちにはほんとうに失われた時をもとめるかくごがありますか?」

覚悟という言葉に皆の瞳が揺らいだが、私はどうも失われた時をもとめるというところに疑念を抱いた。つまりベロニカを今此処に蘇らせる為には、この世界の時を動かさねばならない。本に書かれていた悠久の彼方に失われたものとは、私たちが求めるものではなくこの世界の時間のことではないだろうか。

六軍王であったガリンガの最期の言葉を思い出した。過ぎ去りし時はもう戻らない……それは、彼らがこの塔の存在を既に知っていての発言だったのだろうか。

「なかまをよみがえらせたければ、せかいの時をたちきらねばならない。失われた時をもとめる……あなたたちがしようとしているのは、せかいにとっておおきなせんたくなのです」

そして失われた時を求めるには、この世界ごと時を巻き戻すことになる。時の番人の言葉は、ベロニカの復活だけを望んでこの地にやってきた私たちにとっては、とても重い現実だった。

「お姉さまを復活させるには、この世界ごと時を巻き戻すことになる……」
「世界ごと過去に戻る……もしかすると…いや、しかし……。もし、もしその話が本当だとしたら、大樹が落ちたあの日より前に戻り、ウルノーガの悪しき野望を食い止めることができるのではないか?」

失われた多くの命を救うことができるかもしれない。魔王が命の大樹を崩壊させる前に、私たちが彼らを食い止めることができたなら。……もしかしたらという思いが心内に渦巻く。しかし、私たちが巻き戻りに思いを馳せる時間はあっという間に終わりを告げた。

「……ざんねんですが、あなたたちぜんいんが過去にいくことはできません。時のオーブをこわすには、すべてをたちきることのできるおおいなるチカラがひつようです。そのようなチカラはおそらく、このせかいでひとつしかありません。それは、あなたのもつ……勇者のチカラです。……あなたがもつその勇者の剣をもってすれば、時のオーブもくだくことができるはず。過去にもどることができるのは、あなただけなのです」
「ちょっと待てよ。過去に戻ったイレブンはまたここに戻ってこられるんだろうな」

間髪入れずにカミュが声をあげた。時の番人が言っていることが段々と見えてきた。私たちはこの時間ごと過去に戻ることはできず、誰かが過去に飛ぶことでその世界の未来を変える可能性を持つことができる。つまり、この世界の現状はもう何も変わらない。どうやっても、この世界にベロニカが戻って来ることはないのだ。

「……いちど過去にもどればおそらく、にどとこのせかいにはもどってこられないでしょう。それに……。こわれた時のオーブがぼうそうすれば、ねじまがった時間のうずにのみこまれてしまうかもしれない。それにのみこまれてしまったら、あなたはえいえんに時のはざまをさまようことになるでしょう」
「そんな……!」

希望が一気に崩れた瞬間だった。ベロニカを復活させる為に過去に戻ることができるのはイレブンだけ。もしもイレブンが過去に行ってしまえば、この世界はベロニカのみならずイレブンまでも失うことになる。つまり、時を巻き戻すことでこの世界に対するメリットは何一つない。むしろ勇者という強大な力を失ってしまうことになるだけである。

「かけがえのないなかまとわかれ、たったひとりで過去にもどる。あなたじしんもどうなるかわからない。……それでもあなたには失われた時をもとめて過去にもどるかくごがありますか?」

過去の世界は、この世界とリンクすることはないのだろう。もう、私は覚悟があるかないかなど決まったようなものだ。しかし、ベロニカを救うと息巻いてここにやって来た手前、誰も素直に無いと言うこともできなかった。

「……」
「……いちど、落ち着いて考え直しましょう」
「そう……ですね。イレブンさま、一旦戻りませんか」

すべては、イレブンの選択にかかっている。イレブン以外のみなも、私と同じく彼が過去へ行きたいと言えば反対するだろう。

イレブンは、どう考えているのだろうか。自分が救った世界、地の繋がった祖父と、義理の母と、村の皆……彼らに自分を「失わせて」もなお、ベロニカを救えるかもしれないという可能性にかけて過去へ戻るという選択をするだろうか。それでも彼をこの世界に縛り付ける、家族や友人への未練と最悪の結末に対する恐怖心──それを振り払ってでも過去へ戻りたいと願うならば、私たちには止める権利は無いのかもしれない。