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歯車は再び
祝杯の宴が終わる頃には、陽もすっかり西に傾いていた。その日は宿を用意して貰ったので、ありがたく泊まることにした。
宿に入っても未だ熱の冷めない里の人が二次会を始め、私も酒を片手に冒険譚を語っていれば、いつのまにか夜が明けていた。里の人に別れを告げ、てっきりこのまま各々の家に帰るものかと思いルーラを唱えようしたのだが、慌てたイレブンに呼び止められる。
 
「グロッタの南?」
「うん、カミュが何か光ってるものを見たって。気になるから行ってみようかなって思ってたんだ」

なんでも天空魔城での決戦の後、ケトスに乗って下界へと戻ってきた時に、カミュが何かを見つけたらしい。今日はそれを皆で見に行きたいと言われて、喜んで返事をした。もう少しだけ彼らと一緒に旅ができると思うと嬉しく感じる。

「ありがとう、付き合ってくれて」
「当たり前。というか、私はもっともっと、イレブンたちと旅をしたいと思ってるのに」

そう言うと、イレブンは照れくさそうに笑った。
ルーラでグロッタの町へと移動し、そこからバンデルフォン地方へと続く東へと足を運ぶと、そこには大きな湖があった。「そういえばこんな場所もあったな」と幼少期の記憶を思い出しながら足を進める。
湖の岸辺へと辿りつくと、はっきりと何かの建物とおぼしき残骸が無残に散らばっていのが見えて、一気に不信感が募った。前回グロッタに来た時は、ユグノア地方がある西側から回り込んで来た為、湖を見ることが無かったのだが……イレブンたちの不思議そうな顔を見る限り、彼らがそれよりも前にグロッタに訪れた時にも、こんなものは存在していなかったのだろう。

「はて?ここは……前に来たことがあったかのう?とてもよく似た建物をどこかで……」
「たしか、神の民の里でも見たわ。神の民と関係があるのかしら?ちょっと中を調べてみましょうよ」

瓦礫の上を上手くつたって湖へと足を踏み入れる。割れた石柱、崩壊した家屋、そして巨大な壁画。それはどこからどう見ても、下界のものではなかった。姫さまの言うとおり、太陽の神殿があるあの天空の浮島で見たようなものとそっくりであるが……これが上空から落下してきたとでもいうのだろうか。

とにかく辺りを捜索してみようということになり、私は近くにある一軒の家に足を踏み入れた。中は見るも無残なほど雑然としている……割れた家具に散乱した書物、天井が崩れて瓦礫の山ができている。

「名前、少し良いか」
「はい」

壁やテーブルの脚に体重を預けながら奥へと進んでいると、別な家屋に入っていたはずのロウさまから声を掛けられた。何かあったのかと聞きたかったが、私が返事をするなりロウさまは踵を返してしまったものだから、慌てて後を追った。やがてロウさまが探索していた家屋にたどり着けば、一冊の本を手渡された。

「名前や、これを読むことはできるかの?」
「これは……」

随分と古ぼけた本だと思い中身を開くと、そこには、古代文字がずらりと書き並べてあった。どうやら此処にある本は全て古代文字で書かれているものらしい。適当に拾って本を開けば、そこにも辛うじて読み解くことのできる文字がずらりと並んでいた。

「此処にも何か手がかりがあるかもしれん。おぬしとわしで手分けして情報を集めるとしよう」
「分かりました」

本の中身の殆どが、まるで御伽噺のような史書であった。中身を埋める夢のような話に目を奪われながら、何冊か本を読み進めていると、隣で同じく本を読んでいたロウさまが小さく唸った。

「む……」
「何か、ありましたか?」

そう尋ねると、ロウさまはそのページを開いたまま私に見せてくれた。そっと受け取り、本の中身に目を通す。
そこには、外にあった巨大な壁画に描かれているような奇妙な絵と共に、きめ細かな文章が書き連ねてあった……ざっと読み解けば、数多く読んだ古文書の中でも初めて見る内容だ。解読すればするほど不可思議なその内容……この世界、ロトゼタシアの真髄に触れるようなそれを読んでいるうちに、寒気がしてぞくりと鳥肌が立った。「皆に伝えなければ」──そう呟けば、ロウさまもこくりと頷いた。
建物の外に出ると皆を呼び集めた。事情を話す前に取り敢えず聞いて欲しいとだけ伝え、分厚い本を開いてロウさまの前に差し出した。

「……ロトゼタシアの大地より生まれし、悠久の時間の流れを紡ぐ精霊。その名は失われた時の化身。失われた時の化身が守りしは、刻限を司る神聖なる光。その光輝き燃ゆる時、悠久の彼方に失われしものが大いなる復活を果たさん」
「復活……って、もしかしてその光には失ったものを蘇らせる力があるってコトかしら?」
「それが本当なら彼女も……!」

果たしてその内容の真偽は判らないが、「失われしものが大いなる復活を果たす」という一文は、大切な仲間を失った私たちにとっては心を揺さぶられるような言葉だった。

「お姉さまが……生き返る?」

もしかしたら、彼女を生き返らせることができるかもしれない。その一縷の希望が私たちの心に下りてきたのだ。

「ちょっとロウちゃん!その光のチカラについてもっとくわしく書かれてないの?」
「刻限を司る神聖なる光。忘却の塔にて静かに輝けり。いにしえより神の民が守りし神秘の歯車手に入れし時…失われた時の化身が集う忘却の塔を目指すべし……」

ロウさまが読んだ続きの一文は、この本の内容をただの作り話だということを否定するには十分な材料を含んでいた。本に描かれている奇妙な絵は、いま私たちの目の前にある壁画の絵とほとんど同じものである。壁画の左側には空高くから世界を見守る命の大樹、その右には四色のオーブ……壁画の中心には謎の塔らしき建物が描かれており、その上には書物には「黒い太陽」と記されている邪神の姿。そして最も注目すべきは、黒い太陽の下……塔を取り囲む謎の生物だ。

「ねえ、イレブン。あの壁画に描かれているもの……あの塔のまわりに描かれている生物……丸っこくて、触手のような長い手。もしかしたらあれが、失われた時の化身ではないのかしら。そしてあなたにはそれが見えているんでしょう?」
「……うん。そういえば、いつも見るやつはあれと同じく半透明で少し青みがかってた。そして、いつもどこかに向かって歩いているんだ」

本の内容を見る限り、壁画の真ん中に佇んでいるのは忘却の塔で間違いないだろう。そして、その周りを囲むのは失われた時の化身。イレブンにだけ見ることができる失われた時の化身の存在が、この書物にかかれたことがただの作り話ではないという何よりの証拠だ。
私たちがすべきことは、神の民が守りし神秘の歯車を手に入れることと、忘却の塔を見つけること。どちらも難しいように見えるが、辿り着くヒントはある。

「歯車は……きっとあそこにはめられていたのね。ならばこの近辺をくまなく探しましょう。そして、それを見つけたら今度は、あの失われた時の化身の向かう先へ私たちも進めば……!」

もしここが神の民たちが住んでいた場所だったのなら、神秘の歯車もこの付近に落下したはずだ。もし見つからなくても、太陽の神殿に居る神の民に聞いてみれば良い。忘却の塔は、イレブンに頼り失われた時の化身を見つけて後を追うなり、この世界で足を運んだことが無い場所に行くなりすればどうにでもなる。

「ベロニカ……」

ベロニカが蘇る、この世界にはそんな人為を超えた力がある……神の民が守りを託されるほどの、世界樹よりももっと大きな力が。そのことを考える時に引っかかるのは、復活の代償。肉体のある私の魂を元に戻すのでさえ、千年の時を生きたウラノスの生命と、ロウさまとセーニャの意識を失わせるほどの魔力を必要とした。もはやベロニカの肉体と魂は大樹に還って聖職者によって呼び戻すことも叶わない……また一から生まれ変わるのだろうか、それとも過去から呼び戻すのだろうか。ベロニカが蘇る可能性が生まれたことを喜ぶ一方で、僅かな懸念が頭を過ぎった。