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始まりの朝
「愛する人の隣で見るからこそ、その景色は美しい」
どうもロトゼタシアにはそういった既成概念があるそうだ。今日も街に出てはそういった美しい景色を見ながらぴったりとくっつく男女を見て、ひっそりと溜息を吐いた。彼らの目に映るこの世界はさぞかし美しいだろうな。──



「…………ふぁあ……」

やけに体が重い……いや、身体の感覚が元に戻ったとも言うべきか。ウラノスがいた水車小屋で世界の運命を見届けた後、気が付けば私は眠ってしまったようだ。

ゆっくりと目を開けると、そこには木目のある天井。夢にしては随分と現実味のあるその風景にぽかんとしていると、外から人の声が聞こえてきて漸く意識が覚醒した。……もしかして、もしかすると、ここは現世ではないだろうか?試しに頬を思い切りつねってみると、結構痛かった。

「いたた……夢、じゃないな」

私は生き返ったのだろうか……生き返ったにしても、何の前触れも無かったのでイマイチ現実味が持てないでいた。とても人前に出られるような恰好ではない薄い布の服から、部屋に置いてあった普段着に着替えると、暖簾をくぐって外に出る。

今までよりも何倍も明るい朝だ。こんな朝を迎えるのは幼少期以来である……長い間太陽の恩恵を感じることが無かったものだから、寧ろこれが人間にとっては普通の朝であるということを忘れて少し感動してしまった。私の身体も普段通り動くということは、ウルノーガが消滅したと同時に私の中に蔓延っていた闇も消え去ったということ。これでやっと私は一人の人間としてまともな身体に戻ったというわけだ。

「あの、すみません」
「ん?何か用……ひっ!」

私がどのような経緯で生き返ったのか、とにかく仲間に会いたいと思い、近くにいた兵士の肩を叩くと小さく悲鳴を声をあげた。

「おはようございます」
「あ、ああ……名前さまがお目覚めだ!」
「あ……」

兵士が何処かへ逃げるように走って行ってしまってから一刻ほど経っただろうか。自分が眠っていたテントの側で佇んでいた私は、真っ先に駆け寄ってきたシルビアに抱き着かれ、マルティナ姫に手を握られ、涙ぐむ兵士達に囲まれるというなんともシュールな状況になっていた。

「名前ちゃん!もうアタシ本当に心配したのよ!!名前ちゃんまで失ったらと思ったら、もう……」
「し、しるびあ」

私がいない間、こんなにも心配をさせたのかと思うと申し訳なく、シルビアを引きはがすこともできずに苦笑いをした。

「このまま目覚めなかったらどうしようかとずっと不安で眠れなかった……名前、生きていてくれてありがとう」
「……姫さま、あの私は」
「ロウさまとセーニャがね、あなたの魂を復活させるために蘇生呪文を使ったの。なんでも夢でお告げを受けたらしいわ、禁術だけど、お告げにはきっと意味があったのね。今は疲れ果てて寝ているけど、二人も無事で名前も生き返るなんて奇跡としか言いようがないわ」

姫さまは、私が言いたがっていることを察して、事の顛末を話してくださった。仲間の中で蘇生呪文が使えるのはロウさまとセーニャの二人だけ。優秀な魔法使いである彼らでも、禁術を唱えれば命の危険というリスクは必ず付きまとう。それなのにもかかわらず、ウラノスが見せたのであろうお告げ通り、こうして私を生き返らせてくれたのだ。

「二人のところへ行ってきます。それと、イレブンとカミュと……グレイグさまはどちらへ?」
「イレブンちゃんとカミュちゃんは、イレブンちゃんのおうちで寝てると思うわ。ペルラちゃんもいるから、邪魔しちゃうと思ってまだ起こしに行ってないの。グレイグは、ロウちゃんとセーニャちゃんの様子を見ているから、兵士のテント近くの家にいるはずだわ」
「ありがとう。目が覚めましたって報告してくる」

特に、私の願いを最後まで聞き届けてくださったグレイグさまには、真っ先ににそのことを伝えたかった。暫く身体を動かしていなかった所為で上手く走ることができなかったが、それでも精一杯手足を動かした。私の姿を見て驚き声をあげる兵士や村人に道を聞きながら、三人が居るというテントの前にたどり着くと、そっと暖簾をくぐった。

「あ……」

テントの中には二つのベッドが置いてあった。片方にはセーニャ、もう片方にはロウさまが眠っている。二人の姿をみて呼吸をしていることを確認し、安堵しつつ、その間にあるテーブルに突っ伏して眠っているその人に近寄って、そっと名前を呼んだ。

「グレイグさま」

普段は部屋に人が入ってくるだけで目が覚めてしまうようなグレイグさまが、ここで居眠りをしているということは、よほど疲れているのだろう。それでも、声を掛ければグレイグさまはゆっくりと顔をあげた。そして、私の顔を見るなり目を丸くして固まってしまった。

「……名前」

久しぶりに見たような気がするその顔は、心なしか痩せていて、目元には大きな隈ができている。思わず手を伸ばしてそっと触れると、私の体温よりもずっと冷たい。

「夢、なのか……」
「夢じゃないですよ」

焦り戸惑うグレイグさまをなんとか安心させたくて、両手を包むように握ると、グレイグさまは悲しそうに眉尻を下げた。

「もうこんなに元気なんですから、そんな深刻そうな顔をしないでください」
「……そうだな、すまない」

グレイグさまの心境も落ち着いたところで、ベッドに横になっている二人を見やる。時折体が動くところを見ると、何か夢でも見ているようだ。

「二人は、今はゆっくり眠っている。じきに目が覚めるだろう」
「本当に、彼らにはなんとお礼を言って良いか……それと、私の願いを聞いてくださったグレイグさまにも。感謝してもしきれません、本当にありがとうございます」

二人が自らの危険を顧みずに蘇生呪文を唱えてくれたからこそ、私はもう一度この世界に帰ってくることができた。ロウさまとセーニャにはもう頭が上がらない。そして、私を救ってくださったグレイグさまにも。
疲れているグレイグさまと見張りを交代しようとしたが、寧ろお前がもう少し寝るべきだと返されてしまい、私も彼も引かずで結局二人してここに留まることになった。
私が死んでいた時のことなど、グレイグさまの今の様子からして聞けるはずもなく。たまに一言二言の会話をするような静かな時間を過ごしていると、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。

「おい!ここに名前がいるのか?」
「うん、シルビアがここだって言ってた。名前、居る!?」
「か、カミュ!イレブン!」

二人の声が聞こえて、急いでテントの外へと飛び出した。イレブンもカミュも寝間着のまま、髪の毛はところどころ跳ねていて、起きて直ぐに駆けつけて来てくれたのだろうということが判った。

「はあっ、はあ……目が覚めたって聞いて、着替えもせずに走ってきちゃった。名前、無事目が覚めて本当に良かった」
「セーニャとじいさんが蘇生呪文を唱えてもぴくりともしなかったから、気が気じゃなかったぜ……」

聞けば二人も夜遅くまで私の看病をしてくれていたようだ。自分が眠っている時の話を聞いて、漸く私の中にようやく生きているという心地が湧いてきた。あのまま、ウラノスが私に命を与えてくれなければ、今頃私はどうなってしまっていたのだろう。大樹に還るべきだと思っていたこの命も、此処に在って良かったと思える。皆には本当に頭が上がらない。

「今日はゆっくり休んで。みんなが元気になったら、行きたいところがあるんだ」
「……ベロニカのところ?」
「うん……魔王を、ウルノーガを倒したよって報告しに聖地ラムダへ行こうと思う」

そうすれば僕たちの魔王討伐の旅はようやく終わるのだと、イレブンは寂しそうに笑った。肉体が残っていた私とは違い、ベロニカの肉体は大樹崩壊の際に失われてしまった。魂の器である肉体が無ければ、まず人間の魔法技術で現世に戻ってくることはできない。
魔王を倒して世界は平和を取り戻した。空は相変わらず青く澄んでいて、まるで大樹が落ちる前のそれと何ら変わってはいない……だが、ただそこにベロニカがいない、デルカダール城の者も殆どいない。その事実だけが、重くのしかかる。

**

ロウさまとセーニャが目覚めてから数日が経った。
私たちは聖地ラムダの北、静寂の森へと足を運んでいた。幼き頃、ベロニカとセーニャが共に過ごしたこの場所には、今はベロニカの墓石だけが静かに佇んでいる。墓石に、世界が平和になった祝いとして銀の聖杯を供え、セーニャを中心に皆とベロニカとの思い出話に花を咲かせていると、里の人が駆け寄ってきた。

「おおイレブンさまたち、こちらにいらっしゃいましたか。里の者が、祝杯の宴の主役はどこだとしびれを切らしておりましてな。皆さんぜひ里にいらしてください」

どうやら私たちを探しに此処まで来てくれたらしい。いま、聖地ラムダでは、祝杯の宴が催されている。私たちも魔王を倒した勇者御一行として招待され、こうしてベロニカへの報告もあってやって来たわけだ。
私が初めて聖地ラムダを訪れた時は、ベロニカの死と魔王による世界崩壊の影響で里の人はひどく沈んでいたが、今日は老若男女問わずに宴を楽しみ、世界が平和になったという喜びを分かち合っている。

「ラムダの人たちは厳格な方ばかりだと思っていたけれど……平和になって嬉しいのはみんな同じね」
「せっかくの宴だ。俺たちもパーッと楽しもうぜ!ベロニカが羨ましがるくらいにな!」

お酒や美味しいラムダの郷土料理もいただいたところで、ふと亭々と空高くに浮かんでいる世界樹が目に入り、宴を抜けて里の上のほうへと向かった。聖地ラムダはゼーランダ山を登りきった先にあるため、ここからは下界の景色が良く見える。

「……世界って、こんなに綺麗だったんだ」

どこまでも青々と続く景色に思わず息を飲んだ。世界中に生命が溢れている、それが一目で分かるような美しい景色。
ただ、どこかその景色は物寂しいような気がしてならない。世界が闇に覆われる前と何も変わらない景色のはず……いや寧ろこの世界からウルノーガが消えて更に世界は美しくなったはずなのに。大きく揺れる大樹のざわめきに耳を傾けていると、肩をぽんと叩かれた。いつものようにグレイグさまが一人でいる私を気に掛けてやって来たのかと思ったが、そんな予想に反してそこに立っていたのはカミュだった。

「わ!……ってびっくりした。またグレイグさま迎えに来たのかと思った」
「そんなにグレイグのおっさんが良いなら呼んでくるか?」
「大丈夫、呼ばなくて良い」

そういえば此処に来る途中、グレイグさまは里の女の人に囲まれていたのだった。彼のことだから、あれから無理やり抜け出せることは無いだろう。戻ろうとするカミュの手を慌てて掴んで引き止め、となりに座るように促す。

「私ね……小さい頃からお城に閉じ込められていたから、こんな青々と広がる景色を見るのは十何年ぶりなの。ねえ、カミュには世界が崩壊するまでのどの景色よりも、今の景色が綺麗に見える?」
「ああ、そうだな。……今まで見た聖地ラムダの景色よりは、うんと綺麗だ」

私の質問に対して誤魔化すようにそう返した。魔王と言う大きな壁を乗り越えて手に入れたこの景色、どうもカミュにとっては一番美しいものではないようだった。かくいう私も、今までに見たことがないくらい美しい景色なのに、なぜかどの景色よりも綺麗だとは言い切れなかった。何故、この景色を見ているとこころにぽっかりと穴が開いた気分になるのだろう。