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黎明を待ち望む
目が覚めれば、そこはやわらかい草花の上だった。この光景には既視感がある……起き上がって遠くに建てられた水車小屋を確認すると、それは確信に変わった──ここは預言者が作り上げた世界である。
水車小屋の扉をノックをして、返事が返ってきたところで静かに開ける。そこには予想通り青い髪の女性が居て……まるで私が此処にやってくることを知っていたかのように、こちらを見て優しく微笑んだ。

「漸く目が覚めたか」
「あ、えっと……お久しぶりです?」
「ああ、久しいな」

促されるまま、預言者の向かい側にある小さな椅子に腰を掛けた。テーブルの上には、前回ここに来たときにご馳走になった懐かしい匂いのするハーブティーがすでに用意されている。……そこで、自分の感覚器官がやけに鮮明なことに驚いた。
そもそも、私は自ら心臓を貫いて死んだというのに、何故こんなところで生きている人間らしい扱いを受けているのだろうか。

「今度こそ、死にましたよね」
「ああ、おぬしは死んでしまったな」

預言者はやけにあっさりと言い放った。もう少し悲しそうな顔をしてくれても良いのに。

「では何故ここに?」
「わしが呼び寄せた。ふたつだけ、伝えたいことがある。まずどうしてもおぬしに感謝の意を伝えたかったのだ。……おぬしがわしの頼みどおり勇者を助けてくれねば、今頃世界は魔王ウルノーガの手に落ちていただろう?」

目の前に、まるで奇術のように小さな水晶玉が現れた。ひんやりと冷たいそれを手に取ると、心なしか小さく振動している。

「それを見よ。おぬしの仲間達は今必死にウルノーガと戦っている。おぬしのおかげで、皆はここまで来ることができたのだ」
「……」

そう言われて、水晶玉の中をそっと覗き込んだ。その中には、イレブンたちと、まるで蛇の骨のような魔物──形を変えたウルノーガの姿が映し出されている。ウルノーガのあの姿は、魔王の剣に秘められた大樹の魂によって変化したものだろうか。最初の形態よりも恐ろしく強大な力を持っているのは間違いないが、対するイレブンたちはそれに押されているどころか相手に引けを取らないほどの戦いぶりだ。ひとまず、私以外誰ひとり欠けることなく奮闘していることに安堵する。

「……私は、これからどうなるんですか?」
「おぬしはいま、魂だけの存在でこの世を彷徨っている。……まあ、じきに命の大樹が復活すれば、そこへ向かうことになるだろう」

ウルノーガを倒せば、大樹の魂は闇から解放され大いなる命の流れも蘇ると……太陽の神殿に居た神の民がそう話していたことを思いだした。つまり、私がここに居られるのもイレブンたちがウルノーガを倒すまでとなるのだろうか。

「……どうしても?」
「どうしても、というわけではないな。この世界には未練を残して現世に縋る魂もある」
「そう、ですか」
「おぬしはどうする」
「私は──」

無念を残して死んだわけではない。だが、私が私という存在でなくなり、新たな魂として蘇るということをまだ受け入れられないでいた。……自分で言うのも何だが、こんな歳で死んでしまって、生まれ変わることに抵抗がないかと問われれば答えはノーである。それでも、そこまで現世に縋っているわけではなかった。ここは世界の理に従って、大樹へと還ったほうが良いのかもしれない。

「……か、還るべき場所に還りますよ」

自分でもよく判るくらい、歯切れ悪く答えたと思う。しかしそれを聞いてか、はたまた私の心を覗いてか、預言者はにっこりと笑った。

「もし、現世に戻ることができる望みがあるとしたらどうする」
「それって……!」
「これがふたつ目に伝えたいことだ。……おぬしが死んでしまったのは、わしのせいであると言っても過言ではない。それを謝っておきたかった」
「どういうことですか?」

言葉の意味が理解できずに聞き返すと、預言者は「少し長くなってしまうが」と前置きをしてゆっくりと語り始めた。

預言者の正体は、勇者ローシュと共に邪神と戦った魔法使い──名を、ウラノスという。遥か昔、勇者ローシュが邪神にトドメを刺そうとした時、邪神によって闇に支配された彼はローシュを殺しウルノーガという存在に成り果てた。そして今目の前にいる預言者の姿は、ウルノーガの中にかすかに残った善なる心。
……つまりは私の故郷を滅ぼしたのも、はたまた私に呪いをかけたのも、元をたどれば魔法使いウラノスという存在だった。しかし、彼もまた被害者だった。恨むべきなのは彼ではなく、邪神。しかし、その邪神もウルノーガに肉体を破壊されている……恨むべき者はもうどこにもいない。

「この世界では、もう邪神ニズゼルファは存在しない。ウルノーガさえ倒せば世界は救われ、わしももう思い残すことは何もない。それならば、このまま長く生き続けるよりも、わしの片割れによって命を奪われたおぬしを救いたいと思ったのだ。どうだ?」
「どうだって、いわれても……」

生き返ることができるならば、もう一度あの世界に戻りたい。しかし、私なんかの命のために彼が自分の命を削るということに素直に頷けないでいた。返事を渋っていると、預言者──ウラノスは再び言葉を続ける。

「ただ、わしの力では完全に生き返らせることはできぬ。この常世と現世を繋ぐ門は、現世からのみ開くからな……。ただ、誰かが禁術を使ってまでおぬしを生き返らせようとした時に、その者の背負う代償を、わしの命を削って少しだけ減らせることができたのなら……上出来といったところだ」
「……」
「嫌でなければ、受け取って欲しい。わしは、おぬしが生きるはずだった時間を食い潰してしまった。その罪を贖いたい」

私が生き返ることで、彼の罪を赦すことができるのなら。……そして、私を生き返らせようとする者が現れた時に、代償とするその人の命を繋ぎ止める確率を少しでも上げることができるのなら。私には強く断って大樹へと還る理由も無い。

「……良いのですか」
「もちろんだ」

頭の上に、硬い掌が乗せられる。そこから、あたたかい生命のエネルギーが私の身体へと注がれた。枯れ果てた砂漠に雨を降らすように、その力は涸れた私の身体に染みわたるように広がってゆく。

「あとは待つだけだ……世界が救われた時に大樹に還りたければ、還っても構わん。ただ、おぬしを生き返らせようとする者が必ず居る。呼ばれた時にはどうか、その意思に応えてやってほしい」

その言葉に力強く頷くと、ウラノスは満足したように顔を綻ばせた。

「少し長話をしすぎたな。わしはこの身が消滅するまでは、この世界に留まっているとしよう。……おぬしも疲れただろう、もう少しここに居るか?」
「お言葉に甘えて……」

他に行き場所も、やるべきことも無い。それに、世界の命運を握る戦いをこの目で最後まで見届けておきたかった。目の前にある水晶玉は、激しい戦いの衝撃に揺れ動きながら相変わらず最終決戦のその景色を映し出している。

「何も怖がらなくてもいい。勇者のチカラを信じていれば、必ずや世界は救われる」

ウラノスはそう言い残すと、釣竿を持って外へと出て行った。

今は、ひたすら無力な自分に耐え忍ぶ時。私たちが望んだ未来は必ずやってくる。……一人残された部屋の中で、私は小さな水晶玉に映し出されたその景色を眺めながら、来たるべき時を待ち望んでいた。