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私の中の「魔物」
黄金化が解けたイレブンたちの目には、セーニャとロウに向かって剣を振う名前の姿が映し出された。先程まで自分たちの前に居たウルノーガはといえば、玉座へと戻り、その光景を愉快そうに眺めている。

「名前さま!どうか落ち着いて…!」
「お願い、はやく殺して!止めようとしなくて良いから早く!」

一瞬、名前がこちらを裏切ったのかと疑いそうになったが、剣を振う彼女がその行動とは裏腹に必死に殺してと叫んでいるところを見て、さっと血の気が引いた。

「その顔……その絶望に打ちひしがれたその顔が見たくてたまらなかったのだ」

ウルノーガが不気味な笑みを浮かべながら口角を上げた。それに対して、イレブンが怒りで声を震わせる。

「名前に何をした!」
「何をするも、大樹の器は我が育てたもの。その力を必要とする時に使っただけだ……どう足掻いても奴は助かるまい。さあ、せいぜい我を楽しませてくれ」

皆、ウルノーガが発した言葉の意味ができずにいたが、グレイグだけは事の全てを知っていた。恐れていた時がついに来てしまった──ウルノーガは最初からこの時を待っていたのだ。奴は名前の生気を吸い取り力を得て、一方の名前は魔物に身を堕としてウルノーガのしもべとなって我々に襲いかかる。だからこそウルノーガは、あんなにも余裕でいられたのだ。

名前は抗い、時折意識を失いながら、容赦なくこちらに斬りかかる。彼女はもう完全にウルノーガの操り人形と化していた。たまに、名前の意識が元に戻る時はあるのだが、その間隔も時間が経つにつれ頻度を下げている。もう一度彼女を見遣れば、黄金化が解けた時よりも、その肌は血の気を失ったように青くなっており、宝石のように澄んで輝いていた目も、今や生気を失って妖しい光をたたえている。これも、魔物化が進んでいる証拠だった。

「……どうしても、斬らねばならないのか」

正直、名前がのことをあれだけ口酸っぱく言っていたことに不信感を抱いていた。もしかしたら、彼女は自分の運命を知っていたのではないだろうか。
ならば自分が彼女の願いを叶えるしかないのかもしれないと、剣の柄を強く握りしめた。しかし、その力はあっという間に抜けきってしまう。この期に及んでまだ、自分の覚悟はできていなかった。

「っ……名前、目を覚まして!」
「…...」
「名前!」
「は、やく殺して…...」

マルティナが名前の剣捌きを受けつつ、必死に説得する。彼女はその言葉に対して何も反応を示さない。ただ、一瞬意識を取り戻した時に、殺して欲しいと懇願するだけだ。

「姫さま!ここは引き受けます」
「でも!」

もう泣いてしまいそうな顔をしながら名前に語りかけるマルティナ姫を見ていられなかった。このまま自分が名前を止めなければ、他の誰も彼女を止めることはない──姫さまの前に立ちはだかり、飛んでくる斬撃を受け止める。

「グレイグさま…...殺して、お願い」
「くっ…...」

名前の一太刀は、ずっと前に訓練場で手合わせをした時よりもはるかに重かった。まるで鬼神のように激しい二本の剣捌きに、次第に自分が押されていくのが分かった。すかさずイレブンのフォローが入り、二人でなんとか名前を食い止める。しかし、イレブンも彼女の微々たる変化を感じ取っているようで、こちらにどうするかを問いかけるような不安に溢れた眼差しを向けてきた。

「グレイグ、僕たちはどうすればいい?僕は名前を殺すなんてできない、かといって名前を鎮めることもできやしない...…」
「何も、しなくていい。全ての責任は……俺が負うことにする」

そう言うと、イレブンは言葉の意味を察して悔しそうに俯いた。

「名前、頼むから恨んでくれるな」
「グレイグ、おぬしまさか……」

このまま名前を押し切るには、こちらも全力を出さねばなるまい。盾を置き、剣だけを手に取った。名前の攻撃で己が傷つこうが構わない……彼女はきっとそれ以上に辛く苦しいのだろうから。

剣を両手に構え、イレブンの攻撃によって怯んだ隙を狙っていると、肩をぐいっと引っ張られた。後ろを振り向けば、カミュが怒りで肩を震わせながら、こちらを睨んでいる。

「やめろよグレイグのおっさん……名前を殺す気かよ!」
「ああ、そうだ。俺は名前を殺す」
「なっ…...んだと!」

怒り任せで飛んできた荒い拳を剣の腹で受け止める。そして片手を柄から放して、突き出されたカミュの手首を掴んだ。

「……世界の平和の為だ。致し方あるまい」
「何かの間違いだ!なあ、おっさんもウルノーガに操られてんだろ?じゃないと名前を殺すなんて、正気じゃねえよ!」
「……」

傍から見れば、自分は今まで苦楽を共にしてきた仲間をいとも簡単に切り捨てるような冷酷な人であると思われているのだろうか。だが、それでも良かった。名前を斬るという心の痛みは、自分だけが背負っていればそれで良いと思っている。
カミュの言葉には答えずに、拳から力が抜けるのを待っていたのだが、いくら待っても彼の手からは力が抜けない。このまま手を放してしまえば、拳は再びこちらに向かって飛んでくるだろう。……しかし、名前が正気を取り戻すというありもしない希望を抱いている彼らを説得するために、事実を話す時間も無い。どうすればいいのかと考えあぐねていると、ゴリアテがカミュの両肩に手を置いた。

「カミュちゃん。あなたがもし魔物になったとして、自分が仲間を苦しめることに耐えられるかしら?……アタシは無理よ、そして多分名前ちゃんも辛いと思うの」
「…...シルビアのおっさんまで、嘘だろ?」
「これは、私たちのためじゃない、名前ちゃんのためでもある。…...なんて言ったら綺麗事かもしれないけれど。それでも一番辛いはずのグレイグが名前ちゃんの意思を汲んでそうしてあげているのならば、私たちは止める権利は無いわ」

ほんの一瞬、自我が戻ってくるたびに名前が殺してと懇願していることは、カミュにも判っていた。本人がそう言うのならば、もはやそれしか選択肢は無いということは薄々気づいていたはずなのに。

「あいつが、あいつであるうちに死にたいと言っていた。万が一魔物になったら斬ってくれと、そう頼まれていた。……俺は間違っているのだろうか」

掴んでいたカミュの手首から力が抜けて、だらりと垂れ下がる。グレイグのその言葉を聞いてもなお止めようとする者は誰も居なかった。
もう一度名前に向き直る。魔物と化しつつある彼女にはイレブンが打つギガディンがたいそう効いているようで、だいぶ弱っている。上手く力が入らないのか、ふらふらとしている名前が回復呪文を唱えようとすると、紫色の魔法円と淡い靄がその動きを封じた。

「…...グレイグよ、お前ひとりに背負わせはせんぞ」
「私たちにもどうか、受け止めさせてください」

ロウのマヌーサと、セーニャのマホトーンがお名前の行動を抑えた。もう、チャンスは今しかない。

「名前……」

小さく、噛みしめるように名前を呼んだ。幼い名前が明らかに自分を怖がって避けていたこと、エーゴン殿が亡くなって漸く外に出た名前が自分に話しかけに来てくれたこと、それからこうして一緒に旅をしてきたこと…...今までの記憶が次々と蘇える。そして、それと同時にさまざまな後悔が脳裏を駆け巡った。もっと、名前に対して素直に接していたのならばと思う。馬に乗ることができなかったこと、新しい場所へ行くたびに観光しようと意気込んでいたこと、目覚まし係を頼まれたこと……立場上良い顔をしなかったが、どれも彼女が甘えて頼ってくれることが嬉しかった。……ああ、これも言葉にして伝えたほうが良かったのだろうか。今となっては全て手遅れになってしまったが。

**

意識の侵食に耐えながら、目の前に広がる光景を見ていた。剣を握るグレイグさまが、確かにこちらを見据えていて──見ていられないほど、辛そうな顔をしていた。そしてそれを見かねた皆も、まるでその責任をグレイグさまだけに背負わせないように、私の動きを封じている。私は、私が考えていたよりも重いものをグレイグさまに任せてしまったようだ。最後まで良くしてくれたグレイグさまを傷つけて死ぬという現実が、こんな時になって耐えられなくなりそうだ。

グレイグさまがゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。両手で剣を握りしめ、その眼差しは私の心臓へと向けられている。暫く間を置いた後、剣が勢いよく振り下ろされた。来たる衝撃に耐えようと反射的に目を瞑ったが、いつまで経っても痛みはやってこない。静かに、視界に意識に集中させると、切っ先は私の胸にあてられたまま小さく震えていた。

「……ぐ、れいぐさま」
「!」

苦し紛れに名前を呼ぶと、霞む視界の奥でグレイグさまが確かに目を見開いた。どうやら私の声が聞こえているようだ。そうとなればと、動きを封じられて弱った「魔物」の隙をついて、力を振り絞って「魔物」の意識を押さえつける。

「ごめんなさい。全部背負わせようとして……」

一番頼ることができるグレイグさまに私の最期を託した時、私は彼が傷つくことまで考えが及ばなかった……そんな思慮不足な私をどうか許して欲しい。

「最後まで、優しい……あなたの手を、穢すわけにはいかないから」

グレイグさまは優しいから、きっとこの先、私を斬った自責の念を背負いながら生きていくだろう。それならば、せめてこれ以上彼を傷つけたくはない。グレイグさまの手を包むように、剣の柄に両手を伸ばす。震える大きな手を宥めるようにぎゅっと握ると、その切っ先を確かに自分の皮膚に食い込ませた。

「私の……願いを聞き届けてくださって……ありがとうございます」

最期に見た顔が悲しそうな顔なのが少し悔やまれるが、私が笑顔で死んでいけば彼の心も少しは癒されるだろうか。どくどくと激しく音を立てる心臓を捉えて、一気に剣を突き刺した。迷いも無い、後悔も無い──それはどうも、生に執着した今までの私らしくない最期だった。