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呪われた器
闇に包まれた玉座の間、その中心に佇む巨大な影の左手側には、禍々しい剣が握られている。
目を見張った。目の前にいるあの魔物が、この世界に災厄をもたらしたすべての元凶。幼き私の故郷を焼き払い、家族を奪い、そして私の身体に呪いを植え付けた。思えば、私も良くここまでやって来られたものだと思う。

「万物を創りし命の大樹は死んだ。今や我こそがこのロトゼタシアの王……」

魔王ウルノーガがゆっくりと立ち上がった。奴が重い腰をあげて、剣の柄を握る。その一挙手一投足が私たちの心に重く響いた。

「生命の根源……大樹の魂を得た我にとって、貴様など吹けば散るひと葉に等しい」

魔王の剣から、闇の力が溢れだした。どこからともなく生まれては消える紫色の粒子に、私の身体も──正確には私の中の「魔物」もぴくりと反応した。心臓が、どくどくと音を立てて気分が高揚する。まるで呪いの主との再会を喜んでいるようだ。それらを抑え込むようにぎゅっと唇を閉じる。

自分が自分でなくなるかもしれないという底知れぬ恐怖に襲われていた。なぜならば、私はウルノーガがホメロスさまとの戦いで私を最後まで生かそうとしていた理由が分からない。そもそも、私が呪いを受けた理由すらもまだ分かっていないのだ。いくらチャクラを開かねば良いと判っているとはいえ、奴の思惑を何も知らないという恐怖が心をゆっくりと支配する。

魔王の剣から生まれた闇の力は、やがてウルノーガの身体を包み込んだ。魔王の身体か、はたまた剣の力か次々と生まれる衝撃波を受けて、私たちも剣を抜く。

「この全世界の王たる我が貴様らの骸に刻み込んでやろう。永遠に消えることのない絶望をな」

膠着が解かれた。
ウルノーガが剣に手をあて、勢いよく天に向かって突き立てる。剣から生まれた雷の衝撃が勢い良く身体を襲った。モーションを見てまさかとは思ったが、これは先程ホメロスさまが使っていたあの技と同じものではないか。
なんとか飛び退いたことで持ち堪えたところで、再び魔王の剣が青色に輝いた。今度はガリンガが使っていたあの凍てつくような青の衝撃。ここで、ウルノーガの持つ剣にはオーブの力が秘められており、各六軍王の特技を自由自在に扱うことができるということが想像ついた。

「名前は限界までスクルトをかけて、セーニャは雷鳴の旋律で雷対策。これで、ひとまずダメージは受けにくくなるはず」
「判った」
「あの剣でオーブの力を呼び覚ますことができる……ということは、緑の光で魔力を吸い取られるだろうから、呪文は無理して節約するべきではないのかもね」

イレブンの指示で守備を固めつつ、攻撃の余裕がある前衛は次々とウルノーガにダメージを与えている。いくらあの剣が強力であるとはいえ、あれだけ大きなものを…振り回せば必ず攻撃の時に隙が生まれる…それを狙って、四方向から攻めるという形で戦っているのだが、思っていたよりも押されていない。出だしはすこぶる良好だ。

暫くすると、ウルノーガはこちらの攻撃・守備の陣形を崩しに、前衛の攻撃から抜け出してこちら側へと飛んできた。あの巨体が猛スピードでこちらへ向かってくるなど思ってもいなかったから焦ったが、なんとか双剣を組んで斬撃を弾き飛ばす。

「久しいな、名前」
「ええ…」

バクバクと音を立て始めた心臓をなんとか抑えようと深く息を吸った。「魔物」が居るせいで、ウルノーガが目の前にいると酷く調子が狂う。イレブンたちがこちらに加勢しにやってきたことを確認すると、ウルノーガの攻撃を受け流しながらもなんとかセーニャとロウさまに合流しようと後ろに下がった。

「……まだだ、足りぬ」
「何が……っと!」

しかし、ウルノーガは私を追って再び剣を振り下ろす。なんとか地面に飛び込むようにしてそれを避けるが、切っ先は私を捉えて離さない。剣は再び私の隣の地面に突き刺さった。複数対一では何とか持ちこたえられるが、私一人ではさすがに無理だ。

「何故私ばかりを執拗に狙う!」
「名前、下がって。僕たちが引き受ける」

なんとか後方まで走って逃げ、陣形は再び最初のほうへと戻った。しかし、後方といえどもウルノーガの剣が生み出す衝撃波は容赦なくこちらを襲ってくる。そのたびに、私はセーニャとロウさまを守るように衝撃波を打ち消した。なぜ、イレブンたちの剣を受けつつもこちらに攻撃する余裕があるとでもいうのか。

「……名前さま、ウルノーガの様子が可笑しいと思いませんか?」
「うん、私も丁度思っていた」

セーニャも何とも言えぬ違和感に気づいているようで、私へと言葉を投げかけてきた。

「互角……寧ろそれ以上の勝負をしているはずなのに、ウルノーガはずいぶんと余裕に見えます」
「……」

余裕があるならば、なぜ早めに片づけようとしないのか。……ウルノーガのことだ、なにか裏があるのは間違いなさそうだ。

こちらの攻撃も波に乗ってくると、ウルノーガは再びこちらに目を向けた。それと同時に今度は辺りに黄金色の光が満ちて、イレブンたち前衛はたちまち金の塊となってその場から動けなくなってしまった。動けるのは、私とロウだまとセーニャの三人だけ。そして彼は剣を持ち直すとこちらへとやってきた。

「あ、あれはキラゴルドの技!」
「まずい!わしらであやつを凌がねばならんぞ!」

とは言え、三人中二人が攻撃に回ってしまえば今度は回復が追い付かない。ここはゴールドアストロンが解けるまで、攻撃も回復も兼ねていた私一人がウルノーガの剣を受けるしかないようだ。
二人に攻撃が当たらないように、ウルノーガの前に立ちはだかった。全身傷だらけで結構なダメージを受けているように思えるが、それでも余裕綽々といった表情に気味が悪くなる。

「なぜ執拗に私を狙うのかと聞いている」
「……」

無言で繰り出される剣が、私の身体を掠める。いくら二人の補助があるとはいえ、これでは分が悪すぎる。しかし、私が逃げてしまえばロウさまとセーニャが攻撃を受けてしまう。結局、ゴールドアストロンが解けるまで持ち堪えるしかない。二人のベホイムで体力は回復されるものの、上がった息はすぐには戻らず、体力は段々と削られていく。

「……はあっ、はあ……」
「そろそろ頃合いか」
「?……な、何を……」

その時、ウルノーガの大剣がモーション無しに私の体内に突き刺さった。思わず悲鳴をあげたが、刺された割には痛みは感じない。……恐る恐る目を開けて、自分の身体を見やると、どう見てもこの身体に埋まっている刀身は私の肉を割いているわけではなかった。例えるならば私とその大剣が同化しているようにすんなりと身体に入ってきている。

「え……何、これ」

体中の血が勢いよく全身を駆け巡るように、心臓がその鼓動を早める。必死に剣を抜こうと抗っても、私の手も剣にすっぽりと埋まってしまった。もう何がどうなっているのやら、気が付けば視界がぐらりと歪み、もう立っていることすらできない。まるで私の血がウルノーガの大剣に吸い取られていくような感覚──。

「うっ……あ、……」
「時は満ちた。……大樹の器よ、今までご苦労だった」

剣が身体から抜かれると同時に、肢体は支えを失い、鈍い音を立てて倒れた。起き上がろうとも、自分の意志では体が動かない。視界もぼやけて、気が付けば音も殆ど聞こえなくなっていた。それなのに、ウルノーガの声だけはやけに鮮明に耳に入りこむ。

「十六年前……我が貴様に呪いをかけてから、この時を待っていた。さあ勇者の光を食い潰し、大樹の力を蓄えた我が分身よ。……今こそひとつとなるのだ」

そこまで聞いたところで、私の意識は水面下へと沈んだ。真っ暗闇な意識の狭間を揺蕩いながらも、未だにやまびこのようにウルノーガの声が聞こえている。それはもはや耳という感覚器官からではなく、私の意識中から聞こえているようだ。まるで私の内部から語りかけているように──。
そこまで考えて、ようやく気付いた。私の中に棲む「魔物」が意識の外に出てこようとしていることに。その為にウルノーガは私のことを執拗に攻撃して、私の身体を弱らせて意識を乗っ取ろうとしていたのだ。慌てて魔物の意識を封じ込めるように深く念じるが、その意に反して意識の侵食は止まない。

「そんな、チャクラが勝手に開く……」
「我の魂に侵食された身体はもはや我が肉体も同然……貴様の身体を操ることなど容易いことだ。……これで我が剣の力を解放する準備が整ったわけだが、このままでは面白くはない。冥土の土産に、闇に染まった勇者の器がどれほどのものか見せてやろう」

チャクラを封じていた勇者の力は、先程ウルノーガに吸い取られてしまった。今、その門を閉じるものは何もない。……それがどういうことを意味するのかは、ホメロスさまと戦ったときに「魔物」が教えてくれた。大樹の力を失ったこの身体は闇に支配され、魔物となってしまう。最終決戦のこの状況で、ウルノーガは私を使って勇者をはるかに凌駕する莫大な力を手に入れるつもりだった。だからこそ、ホメロスさまにも「私を最後に倒せ」と言っていたのだ。

「……最悪だ。ごめん、イレブン」

ホメロスさまに腹を抉られたあの時に、私は死んでいた方が良かったのかもしれない。この時が来ることは薄々感づいてはいたものの、いざそうなってしまえば自分では本当に何もできないことが悔やまれる。
意識の奥底でチャクラを閉じながらも、目の前に広がる世界を覗き込んだ。ゴールドアストロンももうじき解ける。その時に、グレイグさまがせめて私の願いを聞き届けてくれることを願うばかりだ。