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「#幼馴染」のBL小説を読む
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若鷲の巣立ち
此処は、デルカダール城の地下にある牢獄の看守室。私は今、この看守室に軟禁されていた。理由は勿論、先日の強盗事件で身勝手な行動を取った為ある。だが、元々城に軟禁されているような生活を送っていた所為で、特に窮屈さは感じていなかった。ホメロスさまの命令のもと、書類の山を片付けることになったことだけがネックであるのだが……。
それにしても、地下には天窓も無く、一切の日差しも届かない為、光が苦手な私にとっては有難い場所であった。私室の窓は板が打ち付けられ、一切の光が入らぬようになっているものの、隙間から漏れ出す陽の熱が絶えず私の身体を刺激していたものだから、それに比べれば断然過ごしやすい。

「名前、起きているか?入るぞ」
「どうぞ。おはようございます、グレイグさま」
「お仕置き部屋の居心地はどうだ?」

羊皮紙に羽ペンを走らせていれば、看守室の外からくぐもった低い声が聞こえた。その声の主に気づきドアを開ければ、漆黒の鎧を纏ったグレイグさまが差し入れの軽食を片手に立っていた。
看守室──別名「お仕置き部屋」。私がまだ幼かった頃、うっかり魔法でカーペットを燃やしてしまったり、先生と呼び慕っていた先代の宮廷魔道士にイヤミを言ってきた他国の学者に攻撃魔法をあててしまったりと何かを仕出かした時、「牢獄ならば多少暴れられても被害はないだろう」と此処に連れてこられていた為、そのエピソードを知る人からはそう呼ばれていた。ホメロスさまもきっと、皮肉を込めて私を此処に居させているのだろう。私とっては、此処はそんな懐かしい思い出が詰まった一室でもあった。

「やはり、日差しが入ってこないと快適です。私室を此処に移動させたいくらい」
「うむ……しかし、それでは看守の業務に支障をきたすことになってしまうが」
「冗談ですよ。それはそうと、わざわざやって来てくださったということは、私に何か用があるのでしょう?」

用も無しにグレイグさまが此処を訪れるなんてことは無いだろう。一体何があったのかとグレイグさまの様子を伺っていれば、彼はフッと笑みをこぼし、私の頭に手をポンと置いた。訳も分からずに斜め上を見上げると、「聞いて驚くなよ?」と前置きをされる。

「前に、俺と共にサマディーの魔物討伐に行きたいと言っていただろう?」
「まさか……!」
「そのまさかだ。その件について王に掛け合ったのだが、なんと最終日だけ許可を得ることができたのだ」
「本当ですか!やっと……やっと、外に出られるんですね!」

グレイグさまの口から飛び出たのは、思いもよらない言葉だった。なんたって、王は私に対して城下町から一歩外に出ることさえも禁じていたのだから。それも私を引き取った日から今まで十年以上に渡る長期間である。王の変心もそうであるが、グレイグさまが王に掛け合ってくれていたことなど考えてもみなかったから、柄にも無く飛び跳ねながら喜びを体現してしまった。

「ありがとうございます!グレイグさま、王に掛け合ってくださったのですね!大好きです!」
「こら名前、嫁入り前の娘が気安く男に触れるものではない」
「それでそれで!出発はいつなんですか?」

おどおどするグレイグさまの言葉も聞かずに質問を投げかければ、彼は呆れたように溜息を吐いた。

「……二日後だ。俺はこれから先行隊の救援に行ってくる。ちゃんと準備しておくようにと王からの伝言だ」
「判りました、気をつけて行ってらっしゃい」
「ああ、それとホメロスが反省は今日までだと言っていたぞ」

そう言って部屋を出ていったグレイグの背中を見ながら、私はぐっと掌を握り締めた。何故、今更、王が外出を許可したのかは判らない。だがどのような企みがあるにしろ、外に出られるという事実は変わらないし、サマディー遠征で何も問題を起こさねば、この先も外に出られる可能性は高まる。その為にも失敗するわけにはいかないと、すぐさま看守室から飛び出して私室へと向かった。雑用など月末までに終わらせれば良い、今はサマディー遠征のための準備を行う時である。

**

書物に埋もれた私室をひっくり返す勢いで掻き回し、武器や防具、道具等を一通り揃え終える頃には、身体がずっしりと重くなっていた。そろそろ、夜が明ける頃合である。
ベッドに倒れ込み目を瞑れば、次の瞬間には夕方になっていた。久しぶりに私室の柔らかいベッドで寝ることができたお陰で、熟睡してしまったらしい。既に部屋に控えていた侍女に髪を整えて貰い、街へ下りる服に手を通す。謹慎期間が終わって直ぐ、訪れたい場所があったのだ。

「喫茶店へ行きたいのですが」
「売上金ならとっくに返したぞ」
「私のせいで店主には余計に迷惑をかけてしまったので、謝罪も兼ねて行きたいと思いまして」

ホメロスさまと会うのは、看守室に軟禁されることが決定した日以来であった。久しぶりに彼の私室を訪れれば、普段通りの冷たい声色が返ってくる。私を助けに下層へとやって来てくれて、肩を並べて城へと戻った、あの記憶がまるで嘘のような普段通りの彼に、少し残念に思ってしまう。ホメロスさまは私の言葉を聞いて、わざとらしく深い溜息を吐いた後、手を付けている書類を纏めて立ち上がった。

「……念の為、私も一緒に行く。少し待っていろ」
「え?」
「不満ならば外出は許可しない。王に報告はしていないとはいえ、騒ぎを起こした後に一人で城下町に出られるなどと思うな」
「不満なんかじゃないです!ありがとうございます……門の前で待っていますね」

ホメロスさまと一緒に外へ出ることなど……況してや誰かと一緒に出掛ける機会など殆ど無かったものだから、嬉しさに胸が高鳴る。急いで私室へと引き返し、ホメロスさまの隣に立っても恥ずかしくないよう、普段の私服の上から絢爛な装飾が施されたローブを纏い、髪を纏めて城門へと向かった。
暫くすると、雪のように真っ白なコートを羽織ったホメロスさまが現れた。洒落た羽の装飾が付いた帽子に髪を纏めているが、その身体から溢れる威厳は変わらず、もしかしたら街を歩いている間に「軍師ホメロス」であることが露見してしまうかもしれないと思うほどだ。
幸いにも、誰から声を掛けられることもなく、私たちは目当ての喫茶店に辿り着いた。盗賊に荒らされた店内の内装はすっかり元通りになっていて、お目当てのパンもしっかり並んでいる。

「いらっしゃいませ名前さま。ご無事だということは聞いていたのですが、こうしてお姿を見ることができて本当に良かったです」
「余計な心配をかけてしまって、ごめんなさい」
「今日はお持ち帰りですか?」

にこにこと笑顔を浮かべた店主にそう問われる。普段ならば持ち帰ることが多いのだが、今日はホメロスさまが隣に居るから、このままとんぼ返りしてしまうのは勿体無いような気がして。ホメロスさまにどうするかと目線で問えば、彼は仕方ないと言わんばかりに顔を軽く顰めると、店主へと向き直った。

「……せっかくだ、店で食べていくか」
「窓際の奥の席、借りますね」

私が指定した席は、奥まった場所にあり、他の席からは見えづらい。この席ならば、ホメロスさまも気遣わずに会話できるだろう。席に着けば直ぐに、ホメロスさまは「暑苦しい」と呟いて、被っていた帽子をさっと脱いだ。目立つ金の長髪がさらりと椅子に垂れる。

「軍師ホメロスであると、店の者に露見してしまいますよ」
「客に知られなければ、それで構わん」

ホメロスさまやグレイグさまが街に降りてくることなど滅多に無いものだから、店主はさぞ驚くだろう。
そんな私の予想通り、パンやスープを運んできた彼は、ホメロスさまを見るなり暫く固まってしまっていた。だが、私が城に勤めているということは既に伝えてあったから、妙に納得しているようだった。

「もう直ぐ名前も十六だな」
「そういえば……そうですね」

慣れない人との食事は、何となく気まずくて。壁に飾られている絵画や骨董品を見やりながらパンを咀嚼していれば、ホメロスさまがふと口を開いた。言われてから気づいたが、サマディーへと赴く予定である明後日は、私が成人を迎える日でもあった。

「王が仰っていたが、明後日のサマディー遠征の際に外出の許可が出たそうだな」
「ホメロスさまは、まだ私が外に出ることに反対ですか?」
「主の意に背くわけがないだろう」

私はホメロスさま自身の意見が聞きたかったのだが……だが、最初から言わないところをみると、上手くはぐらかされるだろうから、追求するのはやめて口を噤んだ。

「何故このタイミングで、王はお許しをくださったのでしょうか」
「お前もいつかは世界に出て魔法研究を進めてゆく身だ。その為にはいつか外に出さなねばならないと王は仰っていた。成人になる今が、良いタイミングだったのだろうな」

ホメロスさまが仰ることは一理ある。あるのだが、どこか取って付けたようなものである気がしてならない。王と同様、私が外に出ることを鬼のように反対していたホメロスさまが、あっさりと身を引いているところを見ると、少し不安になってしまう。

それから、たわいのない会話が続いた。南国サマディーから仕入れた色取り取りの野菜と、デルカダール産のホワイトチーズが入ったスープの皿は、いつの間にか綺麗になっていた。バッグから硬貨を取り出そうとすれば、ホメロスさまに手で制された為、有り難くご馳走になる。お土産のライ麦パンの袋をふらふらとさせながら、薄暗くなり人通りも少なくなった城下町の一等地を歩く。単調なリズムでタイルを叩けば、それらが住宅街の石壁に反射して、私たちを取り囲む。ホメロスさまと一緒に歩いているということも相俟って、沢山の人混みの中で私たちが一際目立っているようで、肩を窄めた。

「明後日着て行く装備は揃っているのか?」

静かに息を吐くように、ホメロスさまがそう呟いた。

「普段の服で行こうかと」
「その薄いローブで砂漠の国へ向かうつもりか?夜の砂漠はどれほど冷えるのか、お前の頭で知らぬ訳ではないだろう」
「………そう言われましても、デルカダールから出たことが無い故、その寒さと言うものがイマイチ想像できません。もし身体が冷えても、火炎呪文を唱えれば乗り越えられるかと思っていました」

一年を通して温暖なデルカダールで過ごしていた所為で、身も凍る寒さとやらに出逢ったことが無い。私に古代図書館が在る北国クレイモランも、南国サマディーも、未だ文字でしか触れたことのない世界だった。雪が降る国ならまだしも、砂漠に行くのに厚いローブやマフラーをすれば荷物になると、ホメロスさまに訴えれば、「想像すらつかぬのか」と呆れられてしまった。

「明日、私の部屋に来い。お前の為に装備を仕立てておいた。我がデルカダール王国の宮廷魔道士を、見窄らしい格好で外に出す訳にはいかぬからな」
「それは本当ですか!私の為に、装備を……げほっ、げほ」

まさか、ホメロスさまが私の服を用意してくれているなんて思わなくて、噎せてしまった。足を進めながら、ホメロスさまに何度も頭を下げる。何故、彼が私のために此処までしてくださるのだろう。盗賊に捕まった時も、どうしてあんなに必死になって、しかもたった一人で助けに来てくれたのか。どうも、自分が彼に特別扱いを受けているようで、疑念と同時に嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。

「勘違いするな、お前の為ではなく国の為だ。それと私に感謝するくらいならば、お前の服をデザインした侍女に感謝することだな。生憎だが私は女人の服など塵ほどの興味も持ち合わせていなかったのでな……駄目元でお前の侍女に頼んだのだが、中々の出来栄えだったぞ」
「ふふ……ありがとうございます」

言い訳のように畳み掛けてそう仰るものだから、そんな彼が珍しくてついつい笑みをこぼしてしまった。城に帰ったら、私の世話をしてくれる侍女にもきちんとお礼を伝えなければ。ああ、しかし、彼女はやたらと私に可愛らしい派手な服を勧めてくるものだから、ホメロスさまのチェックがあったとはいえデザインに関しては少しばかり不安を払拭することができない。