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果ての世界で
天空魔城とは橋一つで繋がっている魔王の神殿。その扉の中には、ホメロスさまがいた。彼はもう私の上司ではなく、相対する魔物であるから……もう敬称をつけるべきではないのかもしれない。
私と、グレイグさまと、そしてホメロスさまが対峙しているこの状況を見ているという実感が未だ湧いていない。私たちは、どうしてこうなってしまったのだろう。少なくとも数年前の私にはよもや想像などつかなかった。

「グレイグ、まだ生き延びていたのか?相変わらず執念だけは立派だな。そのしぶとさ、尊敬に値するよ」

その顔は──ホメロスさまはグレイグさまを殺そうと画策した張本人であるというのに、それは若き頃の……親友であるグレイグさまにだけ見せる悪戯な顔だったように思う。ただ違うのは、その嫌味ったらしい言葉に対してグレイグさまが笑っていないことだ。
やがて、ホメロスさまの視線はグレイグさまの横に立つ私に向けられる。表情は変わっていないが、目だけは笑っていない。

「……あそこから逃げ出した時はどうしたものかと思っていたが、わざわざ此処までやって来てくれるとは」
「……」
「いまいちど聞こう……此処でおとなしく私に味方すれば、お前の命だけは見逃してやるが、どうだ?」

そんなことを言われても、この城に来た時点で自分がどうあるべきかなんて答えは決まっている。絶対に揺らいだりはしない、私はもう自分の保身を優先するような人ではなくなったのだから。

「お断りします」

間髪入れずにそう答えると、小馬鹿にするように笑われた。はじめからこの答えが返ってくることくらい分かっていたくせに。

「その身体で、ウルノーガさまに抵抗しようというのか。全く……お前も見ないうちに随分と愚か者になってしまったな。殺さねばならないのが残念だ」

ホメロスさまのその言葉に少しショックを受けると同時に、私は心の底から安心できた。まだどこかに「かつてのホメロスさま」の良心が垣間見えていたのならば、それがたとえ演技であったとしても私はきっと心に迷いが生まれていたに違いない。だが、いま目の前にいるのは、私のことを殺さんとするただの魔物。これで心置きなく、斬ることができる。

「……さて、虫けらが頑張ってここまで来たんだ。記念にこの魔軍司令ホメロスが貴様らを直々に葬ってやろう」

闇の瘴気に包まれたホメロスさまは、あっという間に酷くおどろおどろしい姿となった。異形な翼も、竜のように長い尾も、紫色の皮膚とそれ破って突き出た角も。……それはどこからどう見ても魔物った。私もグレイグさまも、そしてイレブンたちも唖然としていた。信じられるか、こんなこと。

「ホメロス……本当に魔物になってしまったのか……」

皆、まさかここまでとは思っていなかっただろう、少なくとも私は思っていなかった。魔物になってしまえば、もう二度と人間に戻ることはない。死んでしまえば肉体はおろか魂の記憶すら残らない。何もない闇の世界でただウルノーガの駒となって生き続ける……グレイグさまへの憎悪で、ここまで堕ちてしまったとでもいうのか。

「ゆくぞ!貴様らの屍をウルノーガさまに捧げてくれるわ!」

グレイグさまを、そして勇者を殺して、それから彼はどんな気持ちで生き続けていくのだろう。……ああ、余計なことを考えてはダメだ。今戦っているのは、嫉妬に狂って身を堕とした一匹の魔物だ。それならば、私のやるべきことはたった一つ。もうこの世界で助かることが無いのならば、せめて私たちの手で引導を渡してあげなければ。

相手にとってはお生憎様だが、辺りに闇の力に満ちている今は最高のコンディションだ。双剣を抜き、地を蹴って飛び上がりながらホメロスさまに向かって剣を振り下ろす。

「はっ!」

ひと振り目は爪でガードされてしまったが、ふた振り目は腕を掠めた。そこから滴る血をホメロスさまが笑いながらぺろりと舐める。

「どうした、今日はやけに威勢がいいな」
「……貴方こそ随分と余裕ぶっているみたいだけど」

そう言った瞬間、ホメロスさまが力を溜めるようなモーションをした。直後、身体中を雷が一気に襲いかかる。

「口のきき方がなっていないぞ」

辺りを見れば、後ろで援護しているロウさまとセーニャまでダメージを受けている。高威力かつ広範囲のこの呪文、オーブの力で間違いないだろう。その証拠に、胸元に埋まっているシルバーオーブが小さく火花を散らしているのが見えた。

「安心しろ、名前。お前だけは最後に殺せと、ウルノーガさまから仰せつかっている」
「……」
「まったく愚かな女だ。大人しくこちら側につけば助かったものを。わざわざ非力な勇者に味方して自ら死を選ぶとは……」
「愚かなのは貴方よ。くだらない感情にまかせて魔物に魂まで売って……っ!」

そこまで言って、彼の表情がピクリと動いた。魔物になったとはいえ少なからずその自覚はあるようだ。

「おい名前、ホメロスを挑発するのはやめろ」
「…...」

グレイグさまから注意を受けたが、今はそれを素直に聞けるような気分ではなかった。自分でも判る、今までよりも桁外れに身体が動く。そして、それによってすっかり調子付いてしまっている。

「ベホマラー!」

繰り返し放たれる雷も、打撃も、吐き出される闇の炎にも、すべて回復が追い付く。詠唱無しでベホマラーを唱えられるほど強大な魔力が湧いてくる。早く、私の中に居る魔物に意識が飲み込まれる前に決着を付けなければ。そう思うと身体がまるで一手先を読んでいるようにすんなりと動く。

「桁外れの回復力だ……名前はいったいどうしちまったんだ?なあ、グレイグのおっさん」
「……分からん」

グレイグも、名前の様子がおかしいことに薄々気づき始めていた。しかし、調子が良いのは彼女一人で、こちらといえばセーニャの「雷鳴の旋律」で雷のダメージを抑えつつも回復が足りずにほとんど攻撃ができていない状態だ。時折飛んでくるベホマラーでなんとか助けられてはいるのだが……。

「あの雷属性の特技さえどうにかできたら、攻撃のチャンスが生まれるのに。……ただ、範囲があまりにも広すぎる」

どうしようもなく回復役にまわっているイレブンが悔しそうに呟いた。

「打撃がそれほど重くないのがまだ救いだわ」
「しかし……数行動置きの回復で済んでいたガリンガ戦に比べて、全体で攻撃を受けるぶん回復の頻度が多くなっています。早めに決着をつけねば、こちらの魔力が枯渇してしまいます!」

ホメロスさまは、防戦一方のイレブンたちを見てもなお気を緩めることはなかったx地を蹴って飛び上がると同時に、ホメロスさまはイレブンたちの方へ一気に加速していった。イレブンへと振り下ろされた打撃は、グレイグさまの剣によって止められる。しかし、その時ホメロスの目を見たグレイグさまはあっという間に幻惑状態に陥ってしまった。

「!……グレイグさま!」
「名前!俺のことは後回しで大丈夫だ」
「大丈夫なはずないでしょう!」

慌ててグレイグさまの元に戻り、なんとか繰り出された闇の炎を弾いた。ホメロスさまの狙いは最初からグレイグさまだということをすっかり忘れていた。

「くだらない」

グレイグさまの前に立ち、双剣を交差させて斬撃を弾く。目が見えない状態でホメロスさまの攻撃を受けたらひとたまりもない。それでも一対一でこちらが動けない状態となれば、攻撃は殆ど当たってしまう──痛いと悲鳴を上げたいが、そうすればグレイグさまが前に出てくることは目に見えていた。……ホメロスさまにとって「私がグレイグさまを守りながら痛みに耐えている様子」が面白くないらしく。攻撃はますます重さを増してゆく。

「……」
「目が見えないグレイグのためにやせ我慢とは……声をあげたらどうだ?あの牢獄のときのようにな」
「……っ!」
「貴様!」

激昂したグレイグさまの声と同時に、ホメロスさま目掛けて横から斬撃が飛んできた。

「グレイグと名前から離れなさい」
「姫さま!」
「おやおや、これはマルティナ姫。……相変わらずお転婆で盲滅法なことをなさる。お変わりないようでなによりだ」
「御託はいいわ」

姫さまのおかげで、なんとか私とグレイグさまはホメロスさまから距離を取ることができた。直後、回復が終わったロウさまからマヌーハが飛んできて、幻惑を振り払うことができ、ひとまず体制を立て直せた。

「……このままじゃ、埒が明かないな」

しかし、立て直したところで振り出しに戻っただけである。結局こちらが動かなければ、戦況は変わらない。

「私がホメロスさまを引き付ける。その間にイレブンたちは攻撃の準備をお願い」
「それならば僕が引き付ける。名前には回復にまわってもらわなきゃ」
「一対一で戦えば、確実にやられる。……ほら、私は最後に殺されるらしいから、大丈夫だよ」
「……判った。お願い」

単身で前に出ると、ホメロスさまはすぐその意図を察したかのように笑った。

「なるほど、オトリか。まあいい、一方的な戦闘も飽きてきたところだ。少しは遊んでやる」
「ありがとうございます」

この作戦にのってもホメロスさまにはまだ「遊んでやる」余裕があるというところだろうが、こちらもイレブンの覇王斬やギガスラッシュなど彼に見せていない特技もたくさんある……分が悪いわけではないと判断してオトリ作戦を実行することにした。
ホメロスさまは言葉通り、私の攻撃を避けながら時折攻撃をしては楽しんでいるようだった。しかし、私の攻撃は確実に彼の皮膚を割いている。ダメージを与えているのは確実だ。それなのにも関わらず、何故笑っていられるのか?私の心には小さな警鐘が鳴っていたが、聞こえないフリをした。このチャンスを逃してしまえば、もう後は無いかもしれないのだ。

「私の攻撃は避けてばかり。遊んでいるのも良いけど、そろそろ皆も回復して攻撃の準備をするでしょう。追い詰められているの、気づきませんか?」
「……そうだな。少し遊びすぎたか」

ホメロスさまの笑みを余裕の証拠であると思いたくなくて、つい焦らせるように挑発してしまった。てっきり苦い顔をして攻めに転じてくると思ったが、予想外なことに、彼はそれは面白そうに唇に弧を描いた。

「自分が攻撃されないと踏んでここまで一人でやってくるとは……追い詰められているのは貴様の方だというのにな」

そこで漸くホメロスさまの思惑に気づいた──彼が少しずつ私から逃げるように戦っていたのは、イレブンたちから私を遠去けるためだった。ここはイレブンたちのカバー外、補助呪文も回復呪文も届かない。

「確かにウルノーガさまからは最後に殺すよう命ぜられているが……どうせ貴様らは此処で死ぬのだ。順番など関係無い……そうだろう?」

ホメロスさまの手から、闇の瘴気を纏った鋭く巨大な槍が生成されてゆく。やられた!優秀な軍師であった彼が単純に攻めてくるわけがなかった、そのことに気づいた時にはもう遅かったのだ。気付いた時には、槍は私の腹を貫通していて、遠くからイレブンたちの絶叫が聞こえてきた。

「うっ……う、そ……」
「フッ……敵の油断を誘う作戦をガリンガとの戦いで学んだのではなかったのか?」

それはあの海獣の六軍王の爪とは比べものにならないくらいの痛みだった。腹が焼けるように熱く、全身の血が激しく巡り始める。もはや声を上げる余裕もなく、抵抗すらできないまま四肢がだらりと垂れ下がる。やがて、槍は瘴気と化して消え、宙に浮いていた身体は重力に従い地面に叩きつけられる。

「……ぐ、っ……」
「そこで見ているがいい。貴様の仲間が無様にやられていく姿をな」

ホメロスさまはニヤリと笑うと、イレブンたちの方へと飛び去って行った。

せっかく、此処まで辿り着くことができたのに……それも私の命が散ると同時に全て無に帰してしまうのだろう。最後の最後で、ホメロスさまの戦略に嵌められた──私は殺されまいと、そう決め打ちしていたことが敗因だ。情けない姿を見せてしまったが、どうかイレブンたちはホメロスさまに撃ち勝って、ウルノーガを倒して世界に平和を取り戻して欲しい、私はそれをみまもっていよう──そう思って、静かに目を閉じた。私の命はもう持たないだろうが、この魂が肉体から離れてしまったとしても、大樹が蘇るまでは此処に留まることができるだろうから。