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貴方だけが見ていた
今まで見上げた空が濁っていたわけではない。あの時、あなたと見上げた空が今までの人生の中で一番輝いて見えていたのだ。
それに気づくまで、私はどんなに無意味なことを繰り返していたのだろう。私を突き動かしたたったひとつの小さなこの感情に気づくまで、ずいぶんと時間をかけてしまった。
ボロボロになった手紙をもう一度開いた。情熱的な恋文を勝手に見てしまって申し訳なく思う……だが、私もきっと貴女のような気持ちで見ていたのだと判った。平穏が続くあの景色を、ただ──が存在しない世界を、曇ったガラス越しに「これが、私が望んだ美しい世界だ」と信じ込もうとしていた。──



ガリンガが落としたブルーオーブが、鈍い音を立てて地面に転がった。イレブンがそれを拾い上げて、ふくろに入れる。

「ブルーオーブ……これでオーブは五個目か?」
「ええ。そして最後のシルバーオーブは、ホメロスさまが持っているはず」

デルカダール城に棲み付いていた魔物から「魔軍司令」と呼ばれていたホメロスさまは、六軍王最後の一人だということになる。つまり、彼さえ倒してしまえばもう魔王への行く手を阻む者はいないということ。

「待っていろ……ホメロス。お前との因縁、ここで終わらせる」

ついに決戦の時が来た。ホメロスさまは、すべての魔物を束ねる言わば魔王の右腕。戦闘力も頭脳も、ガリンガを凌駕しているに違いない。あのガリンガを倒すのにも苦戦を強いられた私たちが、ホメロスさまを、そして魔王を倒さなければならないのだ。

ホメロスさまと戦うまでになるべく体力を保っておかねばならない。こちらに迫り来る魔物からドアや部屋の造りをうまく使いながらなんとか逃げ続けるが、行先がいくつにも分かれており、進んでは戻っての繰り返しだ。

「まるで巨大な迷路ね」

さすが魔王の居城というべきか。見たことがないほど高い天井と、忌々しい装飾。それに加えて封印扉や転送陣などのギミックの数々。ひとたび進む道を間違えてしまえば、それだけで大幅な時間と体力のロスにつながる。

「魔物も今までとは桁違いに強いな」
「んーなんで魔王ちゃんのお城の魔物ちゃんたちはこんなに強いのかしら」
「魔王がいる場所は、闇のエネルギーを養分としている魔物にとっては力をつけやすい環境なのかもしれん……のう名前」

しかし、なんだろう。私はこの城に進んでから気分が良いのだ。身体の中から、じわりじわりと魔力が湧き出てくるようだ。そして、私の中に居る「魔物」も闇の力を増幅させてますます私の意識を乗っ取ろうとしていた。

──ロウの問いかけにも答えずに虚空を見つめる名前。そんな様子を見かねたセーニャが、近寄って声をかける。

「…...」
「名前さま……?」

はっと意識を取り戻すと、心配そうに眉尻を下げるセーニャの顔が目の前にあり、思わずびっくりしてしまう。

「!ああ、セーニャ。どうしたの」
「おい名前、大丈夫か?」

そのやりとりを見たカミュも不審そうにこちらの顔を覗き込んだ。その迫真さに、「少し可笑しいかも」なんて言えなくなってしまって、小さく頷いた。

「…...うん」
「だったら良いんだけどよ、あんまムリすんなよ」
「ありがとう」

そう言うと、カミュはイレブンの居る先頭へと戻って行った。気を遣って心配してくれる仲間に打ち明けられないのはなんともむず痒いが、せめてホメロスさまと対峙するまでは皆の心に影を落としたくない。私が抜ければ、この後の戦いも不利になってしまうだろうから。

「体に異変が起きたらすぐ言え」

カミュと入れ違いで一番後ろにいたグレイグさまが近づいてきて、私の耳元の位置まで顔を下げて小さく囁く。ダーハルーネに泊った夜に色々と打ち明けた身としては、今の身体の状態を言わないでおくのも忍びなく、また不安で足元が揺らいでいるような気持ちを吐き出せないまま先へ進むのも辛いと思っていたので、私も背伸びをしてグレイグさまの耳元に近づいて返事をする。

「異変……というのかな、何だろう。城に入ってから、身体中に力が溢れてくるんです。多分、呪いのせいだと思います」

それでも、たまに意識が持っていかれるということは話さなかった。それを話してしまって「万が一」の可能性をぐんと上げてしまえば、グレイグさまは絶対に私をこの戦いに参加させないだろう。そうなってしまえば……奥の手は使えない。

「……くどいかもしれませんが、約束を忘れないでくださいね」

それ以上は何も言えなかった。その言葉に顔をしかめつつも、渋々頷いたグレイグさまをみて、これ以上詮索はされないと判り胸を撫で下ろす。

それから、どれほど足を進めたのかも判らない。ガリンガと戦った後に傷を癒して体力を回復させたものの、今やその元気は涸れようとしていた。……たった一人、私だけを除いては。

休暇の間にたっぷり買い込んだ道具で体力と魔力を繋ぎながら、ようやく四階とおぼしきところまではやって来た。この城が何階まであるのかは分からないが、ここに来たときに見た外観と見上げれば首が痛くなるほど高い天井から推測するに、ここが最上階でもおかしくはない。

「もう長いこと歩いた気がするが、ホメロスのやつと魔王はいったいどこに居るんだ?」
「わりともう終盤じゃないかな。最初のほうよりも魔物が強くなってるし。…しかも、こんな壮大なギミックがある」

イレブンが指さしたそこには、底が見えぬほどの大穴があいていた。そして、その大穴の奥には一際大きな青い篝火に守られた扉がある。きっとその先にはホメロスさまが居るのだろうと、そう察することは容易である。

なんとか大穴を埋める床を出現させる装置をなんとか見つけ出し、あとはこの扉の奥に踏み出すだけとなった。……ホメロスさまはきっと、私たちが来るのを待っている。ケトスに乗ってこの城の結界を消した時に私たちの存在には気づいたはずなのに、ガリンガに攻撃をさせて真っ先に攻撃を仕掛けてこなかった。そしてその戦闘も、今この巨大迷路の中を迷い歩いてきた私たちのことも、この城の一角から愉しそうに眺めていたのだろう。

「いよいよか……心の準備はできているか?辛いだろうが、どんなことが起ころうとも常に冷静に、気を引き締めていくぞ」
「辛くなんてないですよ、……寧ろ今は気持ちが良いんです、これならばどんな敵でも斬ることができるような気がする」

ホメロスさまを斬る覚悟は随分と前からできていた。今更この気持ちが変わることはない。……それに今は、驚くほど気持ちが良い。余裕を示しているホメロスさまの秘める力を恐れるどころか、馬鹿馬鹿しいと思う程度には。

「魔軍司令と名乗りながら、私たちに奇襲も仕掛けず大人しく城に籠っているとは。私たちも随分と舐められたものですね」
「……?」

──まるで人が変わったように笑みを浮かべた名前を、イレブンは不思議そうな目で見ていた。緊張しすぎて、おかしくなってしまったのだろうか。それとも、ホメロスと戦いたくないという心を誤魔化すようにわざとそんな態度をしているのだろうか。どちらにしろ二人の関係をあまり知らないイレブンは、名前にホメロスのことを聞くことはできなかった。