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深潭へと続く道
イレブンが勇者の剣を天に掲げれば、闇の結界は勇者の力に浸蝕されるように消え失せた。成程、勇者の力を存分に引き出すこの剣は、ウルノーガによってはさぞや脅威であったに違いない。命の大樹に奉納されていたこの剣を奪う機会をじっくりと伺っていたことも納得がいく。

「あら、お出迎えは無いのね。てっきり天空魔城に着いた瞬間に袋叩きにされるものだと思っていたけど」

隣を歩くマルティナ姫の言葉を聞いて、私もこの静けさに不信感を抱く。城の外は閑散としていて魔物の影ひとつすら見当たらない……これも魔王の罠かもしれない。城門を目指し、辺りの様子を伺いながらゆっくりと足を進めていると、戦闘を歩くグレイグさまが何かに気づいたように顔をあげた。

「危ない!」

その声とほぼ同時に、先程までイレブンが歩いていた地面に巨大なツインエッジが突き刺さる。グレイグさまが気づかなければ「終わっていた」という事実に気づいて、ひゅっと息を飲んだ。束の間まるで体中に蟲が這っているのではないかというほどの気持ち悪い寒気と震えに襲われる。

「……当たったら即死だったな」

心を恐怖が支配した。今まで戦ってきた敵とは比べ物にならないほどの気配がした気がした。次は何が起きるのかと不安であたりを見回していると、大きな衝撃と共に空の上から何かが降ってきた。

「ふん、我が剣を躱したか。さすが、数々の軍王たちを屠っただけはある」

目の前に立っていたのは、私の背丈の二、三倍はある巨大な人型の魔物だった。

「……我が名は邪竜軍王ガリンガ!魔王ウルノーガさまの居城……この天空魔城の番人である!勇者よ、非力な人の身でありながら、我ら魔王軍の攻撃をかいくぐりここまでたどり着いたことは褒めてやる」

突き刺さった剣を抜き、身を翻すだけでも砂塵が舞い地面が揺れる。私たちの身体はもはや嵐に煽られて揺れ動く小舟のようだ。ここに来るまではやけに自信に満ちていたこの身体も、今やカタカタと小さく震えている。

「だがお前たちなど魔王様が直々に相手をするまでもない……ここで我が血祭りに上げてやろう」

痺れる手に何とか力を入れて、二本の剣を引き抜いた。あれほど大きな剣で攻撃されればソードガードも破られてしまう。攻撃をなるべく受けないように戦い抜きたいが、どうすればいいのだろう。

「補助呪文をお願い、あの剣でやられればひとたまりもない!」

イレブンが張り上げた声が耳に飛び込む。今は相手がどのくらいの実力であるかを推し量るよりも先に身を守らねばいけない。ピオリムとスクルトを限界までかけて、さらに今にもガリンガに剣を振り下ろそうとしているイレブンにバイキルトをかける。
イレブンが剣を振り下ろすと同時にガリンガがイレブンのほうを向き直し、片手でその斬撃を受け止める。こうして空中で動きが止まったイレブンをその剣で勢いよく跳ね返した。

「ふんっ!所詮こんなものか」
「ウソでしょ……!」

地面に叩きつけられたイレブンに直ぐベホマを唱える。相手に攻撃を仕掛けても当たらないどころか返り討ちにされてしまうなんて、これまで戦ってきた敵とはありえないほどかけ離れた実力差だ。

「接近攻撃は無謀じゃ……ここは呪文で弱らせるしかあるまい」

ロウさまの言うとおり。物理攻撃を与えるとなれば接近しなければならないため、こちらが攻撃をダイレクトに受けるというリスクも大きくなる。一旦、斬撃が届かない範囲へと下がり、それぞれ攻撃呪文を放つ。私が放つマヒャドもドルモーアもなかなか効いていないが、ガリンガがぐらりとよろけながらもイレブンを狙って攻撃しているのを見ると、ギガデインは結構効いているようだ。
とはいえどもギガデインは魔力の消耗が激しく、短時間に何発も打てるものではない。その間も迫りくる大剣と氷塊を受けつつも、お互いに体力も魔力も削ぎ合っていくが……だいぶこちらの方は不利だ。スクルトやピオリムをかけても敵のオーブの力でかき消され、次に補助呪文をかけるタイミングが現れるまで素の状態のまま戦い続けなくてはいけなくなる。この間、どうしても敵の攻撃を受けてしまうのだ。

「はあっ、ダメだ、防戦一方だ!このまま押されたら……何か良い方法はないのか」
「力の差がありすぎる。このままじゃ……うっ、いったぁ!」

斬撃波が肩を掠めて、じんわりと血が滲んだ。傷口にベホイミをあてながら必死に後方まで逃げ、そこでまた飛んできた氷塊をかわす。あまりにも余裕が無さすぎる。このままだと、確実にこちらがやられてしまうだろう。

「っくそ……!だったらどうしろっていうんだよ!」
「カミュ、落ち着いて!」

八つ当たりをするように、無謀にもガリンガにつっこんでいきそうになったカミュをなんとか落ち着かせる。このままの状態を続けるわけにはいかない。なんとか息をつくことができる間に作戦を考えなければいけない。

「熱くなっちゃダメ、こんな時こそ冷静に……戦いを見つめ直しましょう。どこかに勝利への糸口があるはず」
「勝利への糸口なんて……そんなモノ、無いだろ」
「考えてみなきゃ分からない」

戦闘にも慣れ、なおかつ体力や魔力が枯渇しないうちに頭をフル回転させてなんとか状況を掴むべきだ。ようやく慣れてきた攻撃を避けながら、今までの行動を見つめ直す。相手の行動パターンは、単体物理攻撃、全体攻撃、マヒャド、……そしてあのオーブの波動。私たちが狙えるとしたら、オーブを取り出すために剣を下ろすあの瞬間。

「カミュ、私は後衛に下がるから……もう少し耐えて」
「判った」

あの瞬間を狙えば、確実に相手は武器を再び構えるまでに時間がかかるため、隙が生まれる。しかし、私たちの物理攻撃は常にいとも簡単に弾かれてしまっている……それは何故か。

「名前!はやくシルビアにベホマを…...回復が間に合わない!」
「ご、ごめん……ベホマ!」

ベホマを詠唱しながら、パッと閃いた。私は相手が予想以上に知恵を持つ魔物であることをすっかり忘れていたのだ。相手は、確実に私たちの動きを支配している。それはもうこの戦闘が始まった時にはできていた私たちと相手の実力差による流れだった。しかし、逆にそこを突けば──。
隣で補助呪文を唱えるロウさまとセーニャ、それと近くでギガデインを唱えるイレブンの間に入り、視線はガリンガに向けつつも作戦を提案する。チャンスは一度きり。慎重に、相手に露見しないように実行しなければ、私たちは本当に此処で終わりだ。

「後衛ならば、私の声はガリンガまで届きません。前衛から下がってきた者にこのことを伝えてください……絶対に悟られないように」
「ふむ……うまくいくと良くといいが」
「ガリンガは今まで戦ってきたどの魔物よりも知能が高く「人間」らしい。それが彼の強みであり、同時に弱点であれば良いのですが。失敗したらその時は……奥の手はあります」
「僕は良いと思う。どっちにしろこのままでは、こちらの魔力が枯渇する。名前の作戦でいってみよう」

火竜と戦った時に、このじわりじわりと負けていく状態から一気に勝負に出る勇気が持てたような気がする。三人を後ろに置いたまま、私はガリンガの物理攻撃を受けている前衛へと向かった。一番キツそうな人……シルビアに後ろへ下がるように声を掛ける。

「シルビア、回復するから交代!」
「名前ちゃん!判ったわ……!」

こちらに向かって振り下ろされた刃を、間一髪でかわしながら、マルティナ姫が、グレイグさまが、そしてカミュが一度後衛に下がって、またここに戻ってきたことを確認する。次々と繰り出される連続攻撃を受け流しながら、そろそろ回復が追い付かないと感じていた時、ガリンガが青く輝くオーブを取り出した。その直後、後ろからセーニャの声が聞こえてくる。

「今のうち、回復しましょう!」

一旦下がって、ロウさまとセーニャにベホマラーをかけてもらう。しかし、直後オーブの力によって、身体を覆っていた補助呪文が一気に解けてしまった。

「セーニャとグレイグはスクルト、シルビアと名前はピオリムお願い!」
「……オッケー」

再び補助呪文をかけ直す。あのオーブの効果さえなければ、こちらはずっと普段とは比べ物にならないほどの攻撃力、守備力、素早さで行動することができるのだ。ガリンガはそれを知っている。そして、私たちの補助呪文を定期的に解いてくるのだ。こうして、補助呪文を唱えている間にガリンガの攻撃でダメージを受ける。軽く負傷しながらも、補助呪文のおかげでなんとか攻撃を避けきって、そしてそれも限界に近くなってきた時にまたこちらで回復をする。

「よし、今が回復するチャンスだ!」

カミュがそう叫んだ。先程のようにいったん下がって傷を癒す。そして回復呪文を唱え終わる頃には私たちの身体を青い衝撃が襲っていた。ガリンガは、私たちが補助呪文を使い続ければ分が悪くなることを知っている。だからあえてこちらが回復する隙に補助呪文を解くパターンの長期戦でこちらの魔力の枯渇を狙っているのだ。

「どうした!勇者の実力は所詮そんなものか!」
「くっ…...」

もう私たちは満身創痍。それに対してガリンガも息が切れているとはいえまだまだ余裕がありそうだ。こちらが今にも倒れそうな表情をしているのを見て、挑発するくらいには。

「今よ!ちゃっちゃと回復しちゃいましょ〜ん」

今度はシルビアが声をかけた。もうひと押しというところだが、安全な選択をしたと思う。ロウさまもセーニャももう魔力が少ない。補助呪文に長けているセーニャの魔力を残すために、私がベホマラーを唱える。その隙にセーニャは「けんじゃのせいすい」を口にする。この光景、ガリンガにはますます愉快に見えていることだろう。

「防戦一方でこの我に勝とうなど、思い上がりも甚だしい!」
「……あいつ!くそっ!」

(そう、自然に、悟られないように……)

カミュが悔し紛れに悪態をついた──その動作はどこからどう見ても違和感など無い。
相変わらずの重い攻撃を受け流し、時折くらってしまいながらもなんとか逃げ回り、そしてこちらからも攻撃を放つ。高確率で受け流されてしまうのだが。ガリンガはそろそろ、私たちが回復をするために一歩下がると思っているはずだ。そうして、自身はブルーオーブを取り出して、その力でこちらの補助呪文を解いてこようとする。それはもうこの戦いの中で身体に染みついた癖のようなもののはずだ。だから──

「みんな!回復だ!」

イレブンの声がした。その声を聞いたガリンガは無意識のうちに剣を下ろし、オーブを取り出そうとした。なんたって、こちらは体力を回復しなければいけない状態なのだから。

「……何っ!?」
「なりふり構わずぶっ叩け!」

今度は下がらなかった。体力は削れたままではあるが、まだ攻撃の威力は落ちていない。まだ武器を構えていないガリンガに対して、一斉に攻撃を仕掛ける。思い切り、肉を割く感触がした……今日一番の手ごたえだ。

相手は私たちが回復をするタイミングで剣を下ろしてオーブを取り出します。私たちがそのタイミングで攻撃をしないことを知っているからです。…...ですから、その隙をついて蜂の巣にしましょう。
失敗すれば即終了、チャンスは一回きり、相手が完全に油断していてかつ私たちの一度の攻撃で膝をつくような体力に差し掛かったと思ったら…...イレブン、あなたが回復すると声を出して…...それが合図です。後ろに下がってきた皆に伝えてください。

「……パターンを見せて敵の油断を招くのは兵法の基本。残念だけど、私たちの作戦勝ち」

体力を回復していなければ補助呪文もかかっていない。そんな状態私たちが攻撃をしかけてくるなどあり得ないと思っていた。そんなガリンガの虚を衝く作戦は失敗した時のリスクが大きかったものの、なんとか上手く成功したようだ。

「うっ……ぐっ……」

ガリンガが片膝をつき、その手から剣が離れる。

「この……邪竜軍王ガリンガが……人間ふぜいに、敗れるとは……。これが、勇者のチカラだというのか……。だが、覚えておけ。……お前がどうあがこうと、世界はもはや魔王様の、も……の……」

力を失ったガリンガの身体はどんどん崩壊して闇に還ってゆく。そうして、その姿が闇の粒子によってほとんど見えなくなった時、その中から小さな声が聞こえた。

「過ぎ去りし時は、もう………戻らぬ……」
「……過ぎ去りし、時…?」

聞き返そうとした時にはもうすでにガリンガの身体は消失していた。そして今までに聞いたことがないその最後の言葉に、私の──いや正確には私の中に居る「魔物」の心臓が鼓動を鳴らしていた。