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束の間の安息

「火竜との戦いで疲れただろうし、魔王の城へ行く前に各々準備を整える時間が必要だと思うから、二日間の休暇を取る。二日後の朝、聖地ラムダの勇者の峰へ集まろう」

ヒノノギ火山から出ると、イレブンからそんなことを言われた。皆火竜との戦いで体力も魔力も枯渇しており、最終決戦の前に訪れておきたい場所や会いたい人が居るはずである。天空魔城に入ってしまえば最後、引き返すことはできない。最高のコンディションで決戦に挑む為にも休息は必要である。焦らず、安全策をとった、イレブンの判断は正しい。

「というわけで解散」

暫く各々の様子を伺うように、誰もその場から動かなかったが、やがてカミュが妹であるマヤの顔を見ておきたいと言い去って行き、それに続いて一人また一人と去って行く。私も、魔王との決戦前に訪れておきたい場所があったが、それ以上に決戦前の不安定な時期に一人になるのが嫌で、未だその場を去らなかった。

「グレイグさまは……これから、どうされますか?」
「装備を整えるぐらいしか用事は無いな」

それに加えて、グレイグさまも全員を見送るまで去らないだろうなと思っていた。
残り二日間は誰かと一緒に──あわよくばグレイグさまと過ごしたかった。イレブンとロウさまは共に行動するだろうし、カミュとセーニャは家族のもとへ帰るだろう。シルビアも、もしかしたらソルティコに戻るかもしれないし、姫さまに付いて行きたいと言うのはさすがに部下として配慮が無い。

「一緒に行きますか?」
「そうだな……二日後の朝、お前が一人で起きられるとは思わんからな」

行きますか?と聞いておきながら「一緒に行きたい」と目で訴えていると、少し意地悪な言い方で、「仕方ないな」と言わんばかりの顔をしながら返答された。私と二人で行動を共にするのが嫌ではなかったようで、ひとまず安心する。

「グレイグさまは、どこか行きたいところありますか?」
「……特にない」
「では申し訳ないですが、私の行きたい場所に付き合っていただきますね」
「最初からそのつもりだ。俺のことはあまり気にするな」

気にするなとは言われたが、頭の中はすでに一人旅の予定ではなくグレイグさまと限られた時間をどう過ごすかでいっぱいだった。思い返せば十年以上の付き合いだが、ぷらいべ二人して出掛けたことなど無かったものだから、こうして一緒に行動することができて嬉しいのだ。

**

磯の香りが海上を走る風に乗って町を包み込む。寄せては返す波の音とたくさんの人々の声が入り混じるそこは、世界が終わりかけているのにも関わらず、賑やかだった。

「……本当に、ここへ来たかったのか?」
「?そうですけど」

訪れたのは、港町ダーハルーネ。二日間の休暇があるとはいえ、今日はもう日暮れである。早めに宿を見つけなければ、休むことすらできないと思ったため、町に着いた途端に急ぎ足で宿を予約し、そのまま目的地である海辺が見えるレストランにやってきた。

「何か食べたいものはありますか?」
「何でも良いが……」
「では、このコースふたつで」
「かしこまりました」

皆と焚火を囲んで食べる鍋も勿論美味しいのだが、たまには平和な頃に食べたようなあの懐かしい味を楽しみたかった。ただ、私をこういうお店によく連れて行ってくださってていたホメロスさまと違って、グレイグさまあまり得意ではないのか、そわそわしているのがなんとも申し訳なくなった。明日のご飯は、グレイグさまに一任しようと思う。

「はあ……美味しい。ここのライ麦パン、城下町のものと同じような食べ心地なんですよ。バンデルフォンの麦を使っているので懐かしい味がするんです。どうしても食べたくて」
「なるほどな……そういえばあの店の主人は無事なのだろうか」
「……判りません。城下町は目を瞑りたくなるほど酷い有様でしたから。無事に生きていてくれていれば良いのですが」

ふんわりとした白いパンよりも、外皮が固く、何度も口の中で噛んでから飲み込むパンのほうが好きだ。焼き立ての焦げ混じりの匂いが鼻を掠める、このパンを食べると、どこか温かい気持ちになるのだ。最終決戦の前に、こういった日常に溢れていた幸せを味わっておきたかったのだ。グレイグさまには、こんな時に飯か……と呆れられてしまうかもしれないけれども。

食事を終える頃には、日はすっかり沈んでいたが、ダーハルーネの町はまだまだ人が出歩いている。露店街はところどころ開いている店もあり、客寄せを行なっているところもあった。せっかくなので、貿易港である此処で優秀な装備と道具を整えてしまおうと、開いている店を見て回る。
海を支配していた魔王の配下……ジャコラを倒してから海もやや平和になったようで、相変わらずここには世界各地から集められた色々なモノが売っていた。

「お、そこのお嬢ちゃん!もしかしてデルカダールの人かい?」
「そう……ですけど」

とある店で立ち止まって防具を見ていると、マスクをかぶった厳つい店主に声をかけられた。私のマントに刺繍された双頭の鷲を見てデルカダールの人間であると判断したようだ。店主は私の返事を聞くなり、「おお!」とワントーン高い声をあげた。

「丁度良かった!うちの店にあの英雄グレイグが着ていた鎧があるんだ」
「グレイグさまの着ていた鎧が……?」

そんな英雄本人は、向こうの店で武器を見ているところだ。店主に言われて店の奥にある棚を見やると、たしかに見慣れた鎧がある。鎧の傷つき方も光沢も、記憶にある本物で間違いない。大樹へ向かう時には確実にグレイグさまが着ていたものだが、言われてみればゾルデを倒して迎えに来てくれた時はお世辞でもお洒落とは言えない私服を着ていた。一体どんなルートでこの店へと辿り着いたのだろう。

「普通なら十万ゴールドのところ、なんと!大盤振る舞いで半額の五万ゴールドだ!……とここまでは誰にでも言うが、お嬢ちゃんにならば特別に二万ゴールドまでまけてやろう……どうだ?」
「に、二万ゴールド……!」

正直言うと、絶対に取り戻したい代物である。あの鎧は、グレイグさまが王から賜ったもの……グレイグさまが身に纏うべき鎧なのだ。だが、問題は私の財布の中身であった。巾着袋を開けて入っている硬貨を確かめるが、何回数えても2万ゴールドなんて入っていない。何としてでもあれを取り戻す為には、最早自分の持ち物を売るしかないのだが……どれを売るべきかとあれこれ考えていると、肩をトントンと叩かれた。

「おい名前、何を悩んでいる」
「あ、グレイグさま!」
「はあ!?」

私が大声でグレイグさまの名前を呼べば、店主が素っ頓狂な声をあげた……まさかこの場に本人が居るとは思わなかったのだろう。
それにしても丁度いいタイミングで来てくださった。グレイグさまの手持ちも合わせれば、あのデルカダールメイルを取り戻すことができる。

「おいおい、マジか。夢じゃないだろうな……」
「あのあの!このお店でグレイグさまのデルカダールメイルが売られているらしいんですけど、二万ゴール──」
「お嬢ちゃんストップストップ!」

呆然としていた店主がハッとして、私の言葉を遮る。それから店に戻って、暫くして慌てて出てきたかと思えば、グレイグさまの目の前にやって来て、先程とはまるで別人のようにへなへなと頭を下げた。

「これはこれは英雄グレイグ殿!こんな小汚い店に来ていただけるなんて光栄です!」
「いや俺はこいつを呼びに」
「こちら、グレイグ殿の鎧でございます!ホコリひとつつかぬよう毎日ピカピカに磨いておりました。さあさ、よろしければこちらのほうを……」
「これは……俺の鎧で間違い無い、一体どういった経緯で手に入れたのかは知らぬが、受け取って良いのか?」
「勿論でございます!ああ、その勇姿をもう一度拝める日が来るとは!」

鎧を商売に使っていたことを本人に知られちゃたまったもんじゃない、という店主の心の声が聞こえたような気がした。グレイグさまは再度、何もなしに受け取っていいのかと聞き返したが、店主が良いと言うのでありがたく受け取っていた。あのまま二万ゴールドを失う羽目にならなくて本当に良かったと思う。

宿に着くと、グレイグさまに「どうしても」と頼み込んで、デルカダールメイルを着てもらった。今まで着ていた上品な服──イレブンが作ってくれていた騎士らしい服も良かったけれども、やはりグレイグさまと言えばこの鎧であった。

「はあ……」
「どうした、人のことをジロジロと見て」
「この鎧はグレイグさまのものですから、やはりお似合いだと思いまして……城に居た頃の姿を思い出して懐かしさに浸っていました」

城に居た時は、この姿に対して特に気に留めても居なかったが、今はデルカダールメイルの重みがよく判る。
ふと壁に立てかけてあったデルカダールの盾が目に入り、こちらもグレイグさまに持っていただいた。今更ではあったが、この盾と鎧のデザインがまさに薔薇と小夜啼鳥──デルカダールメイルとデルカダールの盾の共演を初めて目にしたが、装備に対してこれほどまでに感動を覚えたのは初めてだ。まるではじめからグレイグさまに与えられることが決まっていたかのようなデザインに、思わず涙腺が緩んでしまった。

「デルカダールの盾にデルカダールメイル!すごくお似合いです。本当に、本当に……!」
「待て、何故泣くのだ」
「感極まってしまって……」

結局、もう寝床に入るということでグレイグさまは鎧を外してしまった。もう少しだけその姿を見ていたかったが、きっと最終決戦はその鎧と盾をもって挑むことになるのだろうから、二度と見られないわけではない。
グレイグさまがデルカダールメイルを着てくださることは勿論だが、それ以上に、最終決戦の場で再びグレイグさまと同じ国章を背負って戦うことができると思うと、嬉しくてしょうがなかった。