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常闇を打ち払う力
テバとサキと、その母親を無事里に送り届け、その足でヤヤクの社へと向かった。元々、この地に赴いた目的は、鍛冶場についての情報を得るため。しかし今、里を治めていたヤヤクはもう居ない。情報を得られるとすれば、ヤヤクの侍女になるだろうということで、ハリマについての報告も兼ねて社の奥の部屋を訪れることになった。

ヤヤクの侍女に事の顛末を報告すれば、涙を流さずとも、長らく堪えた悲痛を吐き出すような苦い表情をしながら「そうですか、ありがとうございます」と答えた。

「ヒノノギ火山にある伝説の鍛冶場とは……私がまだわらべの頃に聞いたことがございます」

主人とその愛息子を失った彼女に、これ以上言葉をかけるのも躊躇われたが、聞くべきことは聞かなければならない。失礼を承知で、当初の目的である「ヒノノギ火山にある鍛冶場」について知っているかと尋ねると、彼女はそういえば……と思い出すように話し始めた。

「炎の山の頂にて聖なる種火を投げ入れしとき、はるか古より伝わる大いなる鍛冶場が蘇るだろう……そういった伝承を守るため、火山の頂上は長い間禁足地として封じられておりました。しかし、里の救い主であるあなたさまならば禁足地に入ることも許されましょう」
「こんな時に、すみません。本当にありがとうございます」
「お礼を言うのは私どもです。本当にありがとうございました。どうかお気をつけて……」

「これは返さなくても良い、どうかあなたさまたちが持っていてくだされ」と、禁足地の門の鍵を手渡された。侍女にもう一度礼を述べて、私たちはヤヤクの社を後にした。

これで、勇者の剣を作る材料は揃った。あとはこの鍵でヒノノギ火山の頂上にある鍛冶場へ赴き、完成させるだけである。

**

禁足地の錆びた扉を開けると、中は洞窟のような一本道だった。長い間封印されていた為か魔物もおらず、道なりに進むと大きく開けた場所に着いた。

「伝説の鍛冶場……こんなところで本当に蘇るのかしら」

ぐつぐつと煮えたぎるマグマだまりの上にある飛び出た岩場の先には道は続いていない──どうやら此処が行き止まりのようだ。目の前に広がる景色から少し視線を下に向けて、ごくりと息を飲む。辺りは、それ以外には何もない。鍛冶場どころか足場もここすら無いのに、いったいこれからどうすれば良いのだろうか。

「確かヤヤクの侍女が、聖なる種火を投げ入れるとか言ってたよな」

イレブンが聖なる種火を取り出すと、何かに反応しているのかぼんやり橙色に光っていた。種火を掲げると、その中から小さな火の玉がふわりと飛び出して、私たちの視界を横切り、火口に落ちる。

「……」
「どうなるのかしら」

種火の行方を追って暫くすると、火口から見上げる空に激しい稲妻が走った。驚く暇もなく、今度は地面が揺れ始める。倒れて加工に落ちてしまわないように、岩肌に掴まって必死に耐えながら、何が起こったのかと周りの様子を見ると、こちらに向かって迫り上がってくるマグマが目に入った。先程までは、火口を深く覗き込まないと見えない位置にあったのに!

「ちょっと!これアタシたち飲み込まれちゃうわよ!」
「どうしよう!早く逃げないと……」
「もう逃げたって遅い!」

為す術も無く、ぎゅっと目を瞑ると、地鳴りのような激しい音は突然止んだ。辺りには静寂が戻り、身体を襲うと思われた熱い衝撃はいつまで経ってもやってこない。

「…………マジかよ」

カミュの呟きにつられるように目を開けると、私も驚きのあまり空いた口が塞がらなかった。私たちの足元の近くまで迫り上がってきたマグマ、そのの中から突如現れた岩でできた一本道……そしてその先には、大樹の苗木で見た鍛冶場の景色があった。

「はあ……」

何もこんな絶大な演出をせずとも良いのに……と思ったが、ひとまず身の危険が無いことに安堵した。

「凄い!マグマから鍛冶場が現れるなんて!」
「よし、やってやろうぜ。魔王のヤツをぶっ倒すため、ここで新たな勇者の剣を作るんだ!」

野営をするたびにイレブンが鍛冶をしているのは知っていたが、こうまじまじと彼が鍛治をする姿を見ることは無かったなと思う。
イレブンは金床にオリハルコンを置き、マグマの熱で赤く変色するまで温度を上げる始めた。それから、大きなハンマーを器用に使って、軟らかくなったオリハルコンを延べ棒状にして、どんどん形を整えていく。

「よし、イレブン。次はオレの番だぜ」
「あらカミュちゃん、抜け駆けはナシよ。ねえイレブンちゃん、アタシたちにも手伝わせてほしいの」

イレブンがハンマーを置いて一息ついたところで、カミュがその手からハンマーをとった。そうして、ひとりずつイレブンへの思いを口にしながら、オリハルコンを鍛える。こうしてカミュからシルビア、シルビアからロウさま……と最後にグレイグさまが叩いたところで、そのハンマーは私に渡された。

「私にもやらせてくれるの?」
「何言ってる名前ちゃん、当たり前でしょう」

元々イレブンと一緒に旅をしていたわけでもなく、無理やり彼らの旅に加わってしまったようなものなのに、こうして伝説の剣を作る一打ちを経験できるとは。皆それぞれの思いを剣に込めていたが、私はといえばこんな時に咄嗟に言葉が出てこない。
手渡されたガイアのハンマーを、ゆっくりと持ち上げる。その間にもなんて言えばいいのかと、必死に考えを巡らせていた。だがそれが、私が呆けていると思ったのか、イレブンに苦笑いされながら声をかけられる。

「重いから気を付けて。あとあまり上のほうを持ちすぎると、振り下ろした時に体に当たっちゃうから」
「う……判った」

ハンマーを支えてもらって、持ち手の下の方をもう一度掴む。もう大丈夫と言うイレブンと目が合って、途端に彼との思い出が脳裏に蘇ってきた。霊水の洞窟でやっと会えたこと、地下牢に閉じ込められた時に助けに来てくれたこと……それから彼と過ごした時間は「終わり」を覚悟していた私の人生をどこまでも明るく照らしてくれた。

「こんなとき、何て言ったら良いのか分からないや。でもねイレブン、私は今とても
幸せだよ……ありがとう」
「どういたしまして」

月並みなことしか言えなかったが、それでも言っておきたかったことは言えたような気がした。ハンマーを持ち上げて、そのままオリハルコンを叩いた。たった一回叩いただけでも、肩が外れそうなほどの衝撃を受けて、深く息を吐きながらそのままハンマーを下ろす。

「あと一歩というところか。イレブン、最後の一打ちは任せたぞ」

イレブンの手が伸びてきて、私の手からハンマーを受け取った。彼は再びハンマーを握ると、もう一度オリハルコンを叩き始めた。この火山に入ってから、もう既に長い時間が経っていた。それでも、叩くたびに輝きを増す勇者の剣に夢中になっていて、それほどの時間が過ぎたこともすっかり忘れていた。
こうして、最初は歪な塊だったオリハルコンが徐々に剣の形に近づいていった。最後の一打ちを終えると、それを見計らったかのように金床に流れてきたマグマも引いて、剣はゆっくりと冷え固まっていった。

「勇者の剣……果たしてどれほどの代物なのか。さあイレブン、手に取ってみろよ」

イレブンが、鈍い色をしたその剣を手に取った。その瞬間、左手の紋章とその剣が共鳴するように光り輝き始める。勇者の紋章は、剣に力を込めるように雷を降り注がせ、ついにあのオリハルコンの塊は勇者の剣へと姿を変えた。イレブンの右手に握られたそれは、まるで先程空に現れた巨大な勇者の紋章を収めたように、まだぼんやりと光り輝く左手と共鳴するように輝いている。

「共に戦う仲間と、空飛ぶ神の乗り物……そして新たな勇者の剣。ついに魔王と戦う準備が整ったか」
「ああ、いよいよ大詰めだな」

先代勇者の足跡を追って、私たちも勇者の剣を作ることに成功した。あとは天空魔城の結界を破り、魔王ウルノーガを討てば、私たちの旅はいよいよ終わりだ。長い道のりだったが、漸くゴールまでの一本道に差し掛かった。

「ついに、ここまで来たんだね……」

デルカダール王やホメロスさまの正体に気づいたあの時は、まだ見えていなかったビジョンが、今ではハッキリと見える。長くは生きられないだろうと悟っていた四年前から、預言者の御告げを受け、イレブンたちを探し出し、こうして私は生きている。

もう覚悟は決めていた……私はどんなことがあっても、魔王を倒すためならば自分の犠牲も厭わない。いつだか、グレイグさまに「一思いに斬って欲しい」とお願いした時のことを思い出した。
あの時の言葉は紛れも無い強がりだった。私が報復できないのならせめてと思いグレイグさまに漏らした言葉。あの言葉は、グレイグさまもウルノーガと同じあちら側に居たものだから、私が私でなくなった時の保険として──そして私が居なくなった時に真実に気づいたことを後悔すれば良いという意味も込めて、グレイグさまに託したものだった。でも、今は違う……グレイグさまは、勇者イレブンの味方に付いてくださった。生きることに必死だった昔の私が!こうなる未来を知っていたら、あの時「斬って欲しい」などと口にすることができていただろうか。

それでも、今ならば心の底から斬って欲しいと願っている……そうして、運が良ければ、魔王との決戦の後も生き延びられるだろうなと思っている。私の中に巣食うこの「魔物」が、最後まで何もしないなんてことは無いだろう──それほど弱いものならば、既にイレブンの力で消滅しているはずである。この強力な呪いが、その程度で終わるとは、どうしても思えない。
日を重ねるごとに膨れ上がる「魔物」に対しての懸念には気づいていた。私の身体には、魔王の城で何よりも乗り越え難い試練が待っているはずである……。だが、それを乗り越えられずとも、私はそれで良い。ベロニカの死を目の前にして、生に執着する私の覚悟は変わったのだ。