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二人の魂が巡り会うまで
火山へと逃げた人食い火竜を追う為に、ヤヤクの侍女がいる社を訪れた。山門に入る許可を得ると共に事の顛末を全て把握しておかねばと思ったのだ。社の奥、小さな部屋にまるで閉じこもるようにして座っていたその侍女は、山門の鍵と共に私たちにヤヤクの手記を見せてくれた。

そこには、ヤヤクが息子であるハリマと共に火竜退治に赴いた時のこと、火竜の死に際ハリマが瘴気を浴びて自身も火竜となってしまったこと、そこからは……彼女の固い覚悟が綴られていた。イレブンがそれらをぽつりぽつりと声に出せば、幼いテバでも、手記の内容は掴めたようだった。どうしようもなかったのだ、テバもヤヤクも、お互いがお互いの家族を守る為に必死だったのだ。

かくして、私たちはもはや自我も失い魔物と化した火竜……ハリマを倒しに行くことになった。このまま彼を放置しておけば、ホムラの里も滅ぼされてしまうであろう。ヤヤクが亡くなった今、火竜止める人はこの村に誰も居なかった。

「名前は、八咫の鏡について何か知っておるのかの」
「その昔、神から与えられた代物で、とある国の長に代々伝えられた宝物……三種の神器と呼ばれるそのうちのひとつだと、どこかの書物で見たことがあります。名前を聞いたことがあるくらいで、用途に関しては判りません」
「ふむ……」

ハリマの呪いを解くために必要なあの鏡に特別な使い方があるのだろうか、それとも火竜の瘴気が濃すぎて鏡があってもどうにもならない状態にまでなってしまったのだろうか。どちらにしろ鏡はヤヤクと共に食べられてしまい、我々が手にすることは出来やしないのだが。

再び訪れた火山の中は、秘密基地の先にあった場所よりも過酷であった。それもその筈、先程まで居た場所は火山の中でも上層部……切り立った崖の上にあったが、私たちがこうして向かっているのは下層。一歩足を踏み外せば溶岩風呂、さらに地面にも容赦なく溶岩が垂れていたり頭の上を火球が飛び交っていたりと容赦がない。

「……溶岩に触れぬようにな。火竜の元へ急ぐとしよう」
「テバちゃんはアタシがおんぶしてあげるわよん」
「ホント!?ありがとう、あんちゃん……ねえちゃん?」

先程まで泣きそうな表情をしていたテバも、少し元気が出てきたようだった。火山の中は危険だから、テバはてっきり里に残ると思っていたが、逆に何も言わずとも私たちに着いてきた。里の者として、騒ぎを引き起こした責任があると感じて、我々だけに任せて自分は行かないという選択肢なんて無かったのだろう。

最初に訪れたあの崖の下──火山の最深部にたどり着くと、人食い火竜はこちらに背を向けて横になっていた。時々小さく唸るような声をあげているそれは、そこからどう見ても「魔物」である。

「……あの火竜がハリマさまだなんて、今でも信じられないよ。ハリマさまはすごく優しい人だったんだ。おいらにも剣を教えてくれたりして……あんちゃん頼むよ!人食い火竜を……ハリマさまを苦しみから解放してあげて」

言われなくとも、そうするつもりだ。
武器を構えて攻撃態勢を取ると、火竜も私たちの存在に気づいたようだった。ゆっくりと起き上がって、それから、鼓膜が破れてしまいそうなほどの咆哮をあげる。その衝撃に思わず怯みそうになってしまうが、地面に大杖を立ててなんとか耐え忍ぶ。
いつものように、私、ロウさま、セーニャの回復係は後衛とテバの護衛。それ以外の五人は火竜に攻撃を加えるため前に出て戦っていた。里の戦いではこれですんなりと火竜を追い返すことができたのだが、今は止めどなく吐き出される火炎と、時折轟く咆哮の所為で、火竜にダメージを与えられていないような気がしてならない。

「コイツさっきよりも強くなってないか……?」
「ここは奴にとって火山は絶好の環境下。それと同時に我々にとっては最悪だ。里の戦いと比べて、こちらの方がだいぶ不利になる……体力が切れる前に短期戦で決めるべきだが……!」

グレイグさまの言う通り、私たちの体力はそう長くは持たないであろうから、短期決着を目標に全力で攻めねばならない。戦う前から汗が噴き出し、体力の減りが手に取って判るようなこの身体も、もう悲鳴を上げている。それでも短期決戦をしようとも成せない理由は、なんといっても火竜の強さ。こちらに殆ど攻撃の機会を与えてくれない。

「私はバギクロスで火球を逸らします、その隙にイレブンさまたちが攻撃を!」
「もうちょい火力が要るようじゃ……名前も攻撃に参加してくれぬか」
「ロウさま、それでは回復が追い付かないのでは」

後衛も回復だけに留まらず、私とロウさまはマヒャドを唱えて火竜が飛ばす火球をなんとか遮っていたのだ。回復呪文に長けているセーニャも、バギクロスを唱えて応戦するため、更に回復に充てる時間も少なくなってしまうのに……私が前に出れば確実に回復が追い付かない。

「前衛の人数が少なければ、いくら回復が追い付いていても防戦一方。……戦闘は主導権を掌握した者の勝利じゃ。多少の無理をしてでも攻めねばこちらに勝ち目はない」

ロウさまにそう言われて、ハッとした。

「戦闘の勝利に結びつく要因は…そうだな、すぐ詰め込むならばせいぜい今から言う三つを覚えておけば良い。一つ目は、自分に有利な環境に居ること。二つ目は、先手を取ること。三つ目は、縦横無尽に攻めることだ」

こんな時に、ふと昔の記憶が蘇る。城から出して貰えるようになり、兵士たちに混じり遠征に参加し始めた頃。初めて私が指揮を任されることに決まり、全身が汗塗れになるほど緊張していた時……ホメロスさまの部屋に相談をしに行った時の会話だ。
今まで忘れていたわけではない。ただ、やや安定したこの状況から抜け出す勇気が無かった。このままでは負けてしまうことは判っている、その為に勝負に出なければならないことも。そして、その勝負にでる人物は、この中では私しかいない。それなのに、私はヘタに失敗することが怖くて、必死に目を逸らしていた。

「仰る通りです」

これは無謀な戦い方ではない、立派な賭けだ。自分にそう言い聞かせて、久々に剣を手に取った。思えば腹に怪我を負ってから剣を握っていなかった。久しぶりに握った剣は気のせいかとても重かったが、それでもぐっと握り閉めて火竜の背後へと走った。
その一、自分に有利な環境に居るのは相手。
その三、縦横無尽に攻めることができるのはこちら。
ならばどこでその勝負をするか、今火竜の目に入っていない私にできることは、先手を取ることだ。

火竜は咆哮でこちらを威圧した直後、大きく息を吸い込む。火竜の目の前にいる皆が咆哮に怯んで立ち上がれない……その瞬間を待った。火竜の不意をつくように、背後から精一杯斬りかかると、火竜は見事に攻撃を受けてくれた。こちらが攻めるチャンスができた……その瞬間に、怯みから立ち直った前衛が、一斉に攻撃を仕掛ける。あっという間の形勢逆転だった。私が抜けたぶん皆攻撃を受けてしまっていたが、各々の体力を犠牲にして、なんとか火竜を動けないほど弱らせることができた。

「暫く振るっていないわりには上出来だ」
「痛み入ります」

グレイグさまから久しぶりにお褒めの言葉をいただいて、とてつもない達成感が湧き出してきた。双剣を鞘に収めて倒れている火竜をみやると、その腹が何やらぼんやりと光っていることに気づく。つられたように皆もその視線を追った。ぼんやりとした光は、やがて綺麗な円形になったかと思えば、火竜の身体を包み込んだ。

「なんだか様子がおかしいわ!あれはいったい……」

てっきり火竜が復活するのではと思いもう一度武器を構えようとしたが束の間、視界は白一色に覆われた。あまりの明るさに視界が暗み、やっと視力が戻った時には、目の前には火竜ではなく、一人の青年が立っていた。ヤヤクと似て美しい、端正な顔立ちの青年だ。その姿を見るなり、隠れていたテバがその青年に向けて驚きの声を上げる。

「ハリマ……さま!」
「漸く元の姿に戻ることができた。そなたたちのおかげだ。礼を言う。火竜の呪いの力はとても強く、外から八咫の鏡を照らしてもその光は届かなかった。だが、そなたたちが火竜を弱らせてくれたおかげで体内にあった八咫の鏡の力が発揮されたのだ。……しかし、何故火竜の身体の中に八咫の鏡があったのか」
「……」

ハリマは火竜であった時のことは何も覚えていないようだった。そんなハリマに「君を救うために肌身離さず八咫の鏡を持っていた母を、自ら飲み込んだのだ」なんてとても言えなくて。さすがのテバも黙り込んで、眉尻を下げて俯く。

「……長く火竜になりすぎたらしい。私の寿命はもうすぐ尽きるだろう。……最後にひとつ頼みを聞いてほしい。私の母、ヤヤクに伝えてくれ。これで里は救われたと。そして、いつまでも幸せにと」

そう言い残すと、やがてハリマの姿は、薄く溶けていくように光に包まれた。テバがそれの意味することに気づき、慌ててハリマに駆け寄る。ハリマは、駆け寄ってきたテバに何か言葉をかけた後に頭をひと撫ですると、金色に輝く粒子となって消えていった。もう此処には、火竜も、ハリマも……私たち以外は誰も居なくなってしまったのだ」

「おいらがかあちゃんをいけにえにしたくなかったみたいに……ヤヤクさまも家族を守りたかったんだよね。ヤヤクさまとおいら、同じだね。悪いことしたことも、家族が大好きなとこも……」

拾い上げた八咫の鏡を見つめながら、テバも色々なことを思い出していたのだろう。一匹の魔物が村を掻き乱したこの事件もようやく終わりを迎えたが、その代償はこの上なく重いものだった。

「……里に帰ろう、あんちゃん。みんなに報告しなくちゃな。火竜はもう出ないから安心しろって」

愛する息子を庇って自ら死を選んだヤヤクと、呪いを受けて重い罪を犯したハリマ。二人の魂は、無事巡り会うことができるのだろうか。悪しき魔物に殺された人間同様、その魂はまっすぐ大樹へと向かうことはないだろう。それでもまた二人が還るべき場所へと辿り着き、同じ葉のもとに生まれ変わることを願った。