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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

“人食い火竜”
「わっ!また溶岩のマモノだ、逃げろー!」
「……テバもいるし戦闘は極力避けましょう、走るわよ」
「承知しました、姫さま」

ヒノノギ火山は魔物の巣窟だった。しかも、軽く見渡すだけでも視界に魔物の影がいくつもあるという高密度。人が住んでいない場所には魔物が蔓延っているというのはもはや慣れっこだが、それにしてもこの火山の魔物の強さは無視できないものであった。軽い火傷を負いながらも、溶岩でできたスライムのような魔物を振り切りながら走る。テバの案内で火山の奥へと進むと、その先は切り立った崖のようになっていた。

「はあっ……はあっ……、ここで行き止まりみたいだ。他に道なんてなかったし……なんだよ、何もないじゃないか!」
「残念だったわねテバちゃん。溶岩の火でミディアムレアに焼かれる前に早くここから出ま……」

シルビアがそう言って引き返そうとした時、轟音とともに地面がぐらりと揺れた。あまりに強い衝撃波に、岩肌がぽろぽろと剥がれ落ちる。すぐさま姿勢を低くして、体の重心を安定させるも、今度はその地響きに流されるように足場が揺らいだ。

「うわっ!」
「な、なんじゃこの地響きは……!」

地震でも起きたのかと思ったが、それではこの耳を劈くような轟音は何なのか。むしろ揺れよりもこの轟音のほうが強い分、地震ではなく何かの咆哮ではないのかと思えた。

「じ、地面の下から声が……!あんちゃん、この下に何かいるよ……」

地に耳をあてたテバがそう言った。まさかとは思ったが、先程までのあれは地震ではなかったとしたら……それならば、考えられる可能性は限られてくる。

「お、押さないでね」
「押さないから、皆気を付けて」

崖の端に立ち並び、下に向けて視線をやった。そこには、燃えるマグマのような色の体毛に覆われた巨大な生物がいた。大きな翼と鋭い一角、それはまるでドラゴンのようだ。テバはそれを見るなり腰が抜けたようにへたって、そのまま逃げるように後ずさる。

「あ、あ、あれはっ……!ひっ、ひっ……人食い火竜だあっ!」

私もあれを見た瞬間、ヤヤクの言葉の中にあった「この地に巣食う火竜」という言葉を思い出したが、それをここで見ることはまずあり得ないと思っていた。人食い火竜はヤヤクが「倒した」とはっきり口にしていたからだ。

「ヤヤクさまはこれを隠していたんだ。退治できなかったから、こうやって隠してみんなをだましていたんだ!かあちゃんがいけにえになるのも全部コイツのせいか…………こうしちゃいられない、早くみんなにこのことを教えなきゃ!あんちゃん、いったん里に戻ろう」

しかし、目の前にいるドラゴンがまごうこと無き人食い火竜であるとなると、いよいよヤヤクの言動は怪しくなってくる。人食い火竜を倒した事実を偽り、そして火山に一人で入ることを見た者を生贄として亡き者にしようとした。退治できなかったことをひた隠し、また火竜が里に現れぬよう定期的に生贄として人間を火竜の餌とする。そこまでは読めた。ただ、ヤヤクがなぜそこまでする必要があるのだろうか。火竜を倒せなかったことはそんなに恥ずべきことなのか?それならば我々にこっそり火竜のことを打ち明けたほうが良いだろうに。里へと戻る道中、私はヤヤクのしていることがなんとなく腑に落ちないでいた。

**

里に着いた途端、テバはヤヤクの社目掛けて真っ先に走っていった。その後を追って、イレブンたちも石の階段を上って行ってしまった。私はといえば、社に大勢で押し入るのもどうかと思い、また何かあった時のために社の外で待機していた。

「……はあ」
「浮かない顔をしているな」
「色々なことが次から次へと起こり続けて、上手く気持ちの整理がついていないの。旅というのは本当に前途多難ね」

思えば、デルカダールに居た時は遠征に行っても、特に大きなトラブルもなかったなと思う。寧ろ、毎回何事もなく終えていたという記憶しかない。それに比べてイレブンたちの旅はトラブル塗れで道中何が起こるか全く予想もできないものばかり。障害が多いぶん、やりきったときの達成感もあるのも良いところなのだが。
それにしても、この一週間で空飛ぶクジラに乗って、天空の浮島に行って、勇者の星が邪神の肉体であることが分かって……今はこの状態。温室育ちである私にとっては、精神的にも肉体的にも疲弊していた。

そんなことを考えていると、社の中で言い争う声と、里の人の生活音に交じって、どうも先程聞いたような咆哮に似た音が耳の中に飛び込んでいた。

「ん……?」
「どうかしたのか?」
「いや、今何か聞こえたかなって思って」

空耳かと思ったが、その考えは真下に落ちた大きな影によってあっという間に消え去った。束の間、里の人も空に浮かぶその影の正体に気づいたようで、あたりから一斉に悲鳴があがる。

「上だ!あれは……人食い火竜!なんで此処に……」
「オイオイ、まさかホムラの里を焼き尽くすつもりじゃねえだろうな!」

「人食い火竜がでたぞ!」と叫びながらパニック状態になる人々に、私たちもどうすれば良いのか判らず焦ってしまう。いつの間にか社の扉は開いていて、人々が一斉に飛び出してきた。その中には、イレブンとテバの姿もある。

「どうしましょう……下に降りてやっつけちゃったほうが良いかしら」
「待ってください!ヤヤクさまが下りられましたわ……もう少しここで様子を見てみましょう」

社のある高台からは、里の下がよく見渡せるようになっていた。地に降りた火竜と睨み合う里の人が、ボウガンを構えて矢を放つ。矢毒でも塗ってあるのだろうか、矢が刺さって悲鳴をあげた火竜の前に、ヤヤクが手を広げて庇うように立ちはだかる。

「やめよっ……やめてくれ!どうかこの火竜を殺してくれるな……!」

ヤヤクが火竜に背を向けて立つと、里はしんと静まった。その所為か、私たちの耳にはそれに続く言葉がしっかりと聞こえたのだ。

「今、火竜を殺すなって」
「私も聞こえ……」

あの彼女の口からまさか火竜を庇うような言葉が出るとは。状況が上手く飲み込めずに茫然としていると、火竜に向き直った彼女は再度両手を広げた。そしてそれとほぼ同時に、火竜はあんぐりと口を開けた。それはほんの一瞬の出来事だった。

「へ……」

視界からヤヤクが消えた。それと同時に里からは火竜が現れたときよりも大きな悲鳴が上がったのだ。まさかとは思うが、そのまさかなのだろうか。

「ちょっと、何が起きたの!?」
「っ……名前、落ち着いて!私たちも下りましょう!」

最悪の事態が頭を過って、どうすれば良いのか判らずに声を上げると、姫さまに肩を抱かれた。落ち着かせるようにぽんぽんと、数回押されてやっとのことで息を整える。先に走り出したイレブンたちを追って、私もあの鳥居に囲われた坂道をまるで滑り降りるかのように駆けた。

「頼むよあんちゃんたち!あの火竜を倒して!じゃないと里が……」

テバに言われるがまま武器を構えた。里の人を後ろに下げ、火竜の前に残ったのは私たちのみ。こちらに注目させるようにヒャドを唱えて挑発をすれば、火竜は目の前にやってきた。その口元から、赤黒液体が滴っているのが見えて、思わず想像してしまった。今まで見てきた、何よりも酷いものがそこにあるかと思うと、胃の中から液がせり上がってくる。

「……っ」
「名前、無理しなくても良いわよ」
「い、いえ…...大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

何処か焦げ臭い匂いを含んだ空気を、ごくりと飲み込んだ。先程まで目の前にいたヤヤクは、もうここには居ないのだ。もう少し早く下りていれば、私たちが社の前ではなく里の広場で待機していれば、助けられたかもしれないのに。
一瞬の迷いが彼女の死を招いてしまった。だが仮に私たちが駆けつけていても、それでも彼女は火竜に食べられようとしていたのだろうか──今になっては、それを知る術もない。