崩壊の余波
★崩壊の余波

「なにはともあれ、ガイアのハンマーを貰えて良かったな」

なんでも、前に「虹色の枝」を求めてサマディーに来た時は、それはもうすでにファーリス杯という馬レースの資金のために行商人に売られた直後であったとか。ガイアのハンマーが売りに出されていればまたその足跡を追わなければいけなかったわけだから、寧ろ今回はあの星を見に行くだけで済んで良かった。サマディーに来る前に、シルビアたちが不安そうな顔をしていたことにも納得がいった。

サマディーで宿を取った翌日は、次なる目的地であるヒノノギ火山へと向かったのだが、ホムラの里で許可を得ねば入山できないと書かれている立て看板を見て、激しい岩肌を越えて里へと向かう。
里に入ると、ほんのりと漂う硫黄の香り。ここは火山による地熱で温泉がわき出ている、知る人ぞ知る観光地。思えばだいぶ前に行くチャンスを逃して以来、存在をすっかり忘れていたが、今になってその気持ちが再熱してきた。

「ずっと来てみたかったんです。極上の天然温泉や蒸し風呂、それに……」
「名前、遊びに来ているわけではないのだぞ」
「判ってます……はあ、温泉は世界が平和になったら入ります」

温泉に行きたくとも、里も今や観光客を受け入れる元気もない。人々は見るからにやつれていて元気がなく、店らしい店も殆ど営業していない。里にちらほらと見える畑は土がパサついていてすっかり痩せていた。大樹から遠く離れたここは世界崩壊の物理的な被害は少ないものの、その余波は確実に里を蝕んでいる。
里の人に、火山にある鍛冶場についての話を聞くと、詳しくは判らないがこの里を治める巫女のヤヤクに聞けば良いだろうと言われた。イレブンたちもホムラの里を訪れたことはあったが、その時ヤヤクは留守であったため、皆今日会うのが初めてである。

何重もの鳥居をくぐり抜け、竹林に囲まれた急な石階段の坂を上りきると、そこには大きな社が建っていた。固く閉じられたその扉をしばし眺めていると、ひとりの男がその中に入っていったので、その後を追うように扉を開ける。

「ヤヤクさま……化け物に襲われた神官はいまだに怯え寝込んでおります。よほど怖い思いをしたのでしょう……あの化け物が居る限り、いつまでも儀式はできませぬ」

先程入っていった男が、こちらに背を向ける巫女に話しかけている。その中から「化け物」という言葉が聞き取れて、なんとなく……なんとなくトラブルに巻き込まれるような気がした。

「なんかまた事件に巻き込まれそうなニオイがプンプンするな」
「私も、嫌な予感がするよ」

隣に居たカミュの囁きに私も同意する。下手したらオリハルコンやガイアのハンマーよりも面倒なことが起こりそうだ、と……。

「化け物ごときにしっぽを巻いて逃げてきおってこのたわけがっ!……くそっ!怪我さえなければ化け物なぞこの手で成敗してやるのに……一刻も早くあの儀式をやらねば!」

「ヤヤクさま」と呼ばれた巫女は手に持っていた玉串を振り下ろし、凄まじい剣幕で声を上げた。彼女は随分と美しい女性で、それでいて艶やかな黒髪を振りながら怒鳴り声を上げていたものだから、部外者である私まで驚き固まってしまう。

「ん……客人か?すまない。見苦しいところを見せてしまったね。見たところずいぶん腕が立つようだ。少し私の話を聞いてくれぬか?」

社の中にいる里の人の縋るような視線にきっぱりと断るわけにもいかず、また私たちが鍛冶場に入るにはヤヤクの許可が要る。ここは素直に話を聞くべきだと思い首を縦に振ると、ヤヤクは安心したように息をついた。

「この里には火の神をたたえるためヒノノギ火山である儀式をする風習がある。里を守るには絶対に欠かせぬ儀式なのだ。先日その儀式をするために火山に神官を送ったんだが、その道中で突然化け物に襲われてね。……本来なら私が成敗してやりたいところだが、この地に巣食う火竜を倒した時に怪我をしてな。今は歩くので精一杯さ。旅の者に頼むのは気が引けるが……里のため化け物を退治してくれぬか」

頼む、と言われたが、私達には最早選択肢など初めから無いようなものだ。

「どちらにしろ山に入るにはその化け物と戦わなきゃいけないんだし、引き受けましょう」
「そうだね」
「引き受けてくれるか、ありがとう。……火の神よ、この者たちに聖なる炎の加護を与えたまえ」

昨日サマディーで一泊したとはいえ、天空の古戦場での連戦疲れがまだ抜けきっていない。ヒノノギ火山にいるその化け物とやらがどれほど強いのかは分からないが、今回は化け物を倒したらすぐにでも鍛冶場に向かって剣を作れるような状況になって欲しいものだ。

**

こうしてヒノノギ火山へとやってきた私たち──そして目の前で座り込んでいるのは、テバとサキと言う名前の二人の子供。化け物に扮して、このヒノノギ火山から里の者を追い払って儀式を止めていた張本人たちである。濃い霧のせいでお手製の被り物を身に纏い、魔物に扮していた小さな子供も、里の者からしたらそれはそれは恐ろしい化け物に見えたらしい。なんとも気が抜ける話だ。

「あらビックリ!コワ〜い化け物がこんなカワイイ子たちだったなんて!」
「お前たちは里の者か?なにゆえ化け物のフリなどしていたんだ?」

心を解すようなシルビアのおちゃらけた口調と、怒らずに真剣にでワケを聞くグレイグさまの声で、なんとか子供たちはこちらに気を許してくれたようだ。二人で顔を見合わせて「この人たちなら話を聞いてくれそうだ」と言うと、ひょいっと立ち上がる。

「おいらたち、ヤヤクさまに儀式をやらせるワケにいかないんだよ!」
「あのねあのねっ、ぎしきをとめないとねっ、たいへんなコトになるんだよ!」
「この先においらたちの秘密基地があるんだ。あんちゃんたち、よかったらおいらたちの話を聞いてほしい!先に行ってるから!」

此処で話せないということは、何か大きな理由があるに違いない。テバとサキの必死な表情に、二人のことや儀式に関してなど里の情報を聞かないわけにもいかず、二人が走って行った先へと足を進めた。
ヒノノギ火山の裾野であるここは火山灰に覆われた土壌であり、草木はほぼ無く、岩がごろごろと転がっている。おまけに火山から流れてくる熱々の溶岩がむき出しで、至る所からガスが噴出している。あの二人は慣れたように走って行ったが、私たちにとっては足場が悪く思うように進めない。火山の中に入れば更に劣悪な環境の中進むのだなと思うと、少しばかり気が重くなった。

秘密基地とはいっていたが、見た目は立派な木製のドアがある一軒の家であった。屋内も結構広く掘り進められており、扉を開ければその中にはテバとサキとひとりの女性が居た。

「待ってたよあんちゃんたち。さっそく来てくれたんだね!」
「この方たちが……さっき話してくれた人たちなの?」
「うん!あんちゃんたち、おいらたちの話を聞いてくれるんだって!」

テバがかあちゃん、かあちゃんと呼んでいることから、この女性はテバとサキの母親であろうことが伺える。女性は申し訳なさそうに、はにかんで頭を下げた。

「どれ、化け物のフリをしていたワケを聞かせてもらおうか」
「……儀式をしないとみんながこまるのは分かってる。でもダメなんだ。だって……だって儀式をしたらかあちゃんが火の神さまに捧げる生贄として火山に落とされちゃうんだよ」
「!」

ここまで重い話であるとは予想していなかったのか、テバがそう言い切ると、みな不意を突かれたように固まってしまった。人里離れた山奥の、少し独特な雰囲気のあるホムラの里だったが、まさか神に何の罪もない人間を捧げるという道徳観を持っているということに驚いてしまう。

「生贄ですって……!?儀式ってそんな物騒なモノだったの!?」
「ヤヤクさまは里を守るため……火の神さまへの捧げ物を絶やさぬようにと、人間を生贄に捧げると宣言しました。誰が生贄として相応しいか……ヤヤクさまが神託を受けて、そして私が選ばれました」

ああなるほど、だからテバとサキは儀式の準備をさせぬようにこの火山の山道で化け物に扮していたのか。

「私の死が里の為になるのなら、生贄になる覚悟はできています。だけどこの子たちが……」
「そんなこと言うなよかあちゃん!かあちゃん死ぬのは絶対イヤだ!」

この里の文化を否定するわけではないが、里を襲っているのは火の神さまの怒りではなく世界崩壊の余波なのだ。今更誰を生贄に捧げようと、空は以前よりも明るくならなければ、作物も十分に育たないだろう。そもそも、その火の神の神託を受けたと言っているヤヤクは、始めから生贄を捧げても状況は変わらないことを知っている筈。

「こないだかあちゃんが、儀式以外立ち入りを禁じられた火山にヤヤクさまがひとりで登るのを見たんだって。そのことをヤヤクさまに言ったら、かあちゃんは生贄に選ばれた。……火山には絶対何か秘密がある。それを暴いてかあちゃんを助けてやりたいんだ!」

これにはやはりウラがある。あの必死な表情で訴えかけてきたヤヤクを疑いたくはないのだが、それよりもテバから理由を聞いてしまった以上、目の前にいる女性が不要な生贄として命を落とすことをなんとしても食い止めたい。

「よし、判った。僕たちが火山に入ってその秘密を暴いてみせる。そしてきみのお母さんを助ける……これで大丈夫?」
「あんちゃん、ホントに良いの!」
「皆も、そうだよね。とりあえず様子を見に行ってみよう」
「ありがとう!あんちゃんたちがいれば百人力だ!この秘密基地の奥に、火山へ続いている道があるんだ。そこから火山の中に入ってみよう!」

そう言ってテバが指さしたのは、天井に小さく空いている穴へと続く梯子。そこから漏れる熱気が中の過酷さを物語っているようだが、ここで行かないという選択肢は無い。頭を下げて見送るサキとその母に一礼すると、熱気にやられないよう皆にフバーハをかけて、その穴の奥へと進んだ。