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暁天と心酔
──幼い私にとって、城は酷く恐ろしい場所だった。行き交う人々は皆知らぬ人であったし、みすぼらしい風采の私を一瞥して、ひそひそと噂話をする兵士や使用人ばかり。事情を知る者は私を憐れむような目で見ながら、心配する必要は無いだの、家族のように思ってくれて構わないだの……無責任な言葉を宣った。私自身を見てくれる人など、誰も居なかった。

「きっと、王女さまが亡くなられた傷が、まだ癒えておられないのよ」
「あのような小さな子供を城に招き入れるとは」
「王女さまの代わりとして育てられるおつもりなのだろうか」

あの時、私はたしか三、四歳であっただろう。田舎に生まれた私は教養も無く、文字を書くことはできなかったが、大人の会話は何となく理解していた。全ての意味は判らずとも、彼らが私を見るその表情や仕草で補填して察していたのだ。側から見れば、まだ言葉も理解できないような年齢とも思われていたのか、城の人々は私がいる前でもひっきりなしに噂話をしていた。
居心地が悪くなり、一緒に歩いていた先代のローブをキュッと握ると、彼は私が使用人たちの会話を理解していると判ったのか、その場で彼らを強く諫めた。それでも、城に孤児が引き取られることなど滅多に無かったもので、それも特別な子供ではなく何の取り得も無いような田舎娘なものだったから、噂が止むまで結構な時間を要した記憶がある。

私が居心地悪そうに眉尻を下げるたびに、教育係であった先代は私に慰めの言葉を掛けた。

「亡くなられた王女さまは、王女さまを産んですぐ流行病で亡くなられた王妃さまによく似ておられてね、とても艶やかな黒髪だった。王が王女さまと名前を重ねているならば、もう少し王女さまに似ている者を引き取ると思うんだ。君は決して王女さまの代わりなんかじゃない」

その言葉は、私の歩んできた人生を憐れみ、悲しむものでもなかった。ただ、私を私という人間として見てくれる……そんな言葉だった。だから、だろうか。故郷と家族を失い、心を閉ざした私が唯一、彼にだけは心を開いていた。先代は私のことを隅々まで気に掛けて、優しく時には厳しく私を十五まで育てあげてくださった。まるで本当の家族であるかのように。

だがひとつだけ、私が先代に吐き出すことができなかった疑問があった。「何故、王は私を引き取ろうと思ったのだろう?」それはこの城にやって来たときから感じていた疑問であったが、先代が亡くなるまで、ついにその言葉を投げかけることは無かった。多分、先代も知らなかったことだと、心のどこかでそう思っていたのだ。私の不安を片端から潰していくような彼のことだから、私がそれを不安に思っていたことを知っていただろうに。それでも一切触れることが無かったということは、多分先代も知らないことだったに違いない。──


書類整理の息抜きに、コーヒーを貰いにキッチンへと向かっていると、背後から一人の兵士が慌てて駆け寄ってきた。ぜえぜえと肩で息をしている姿を見る限り、よほど急ぎの用事か、もしくは緊急事態であるのだろうか。

「ホメロス将軍、名前さまが何処にいるか知っておられるでしょうか」
「……夜警の者か?」

先程、自室の絡繰時計を確認した時は、確かもう二十二時を回っていた。夜警の時間はとうに過ぎていて、名前はもう持ち場を数時間も離れていることになる。普段の彼女ならば、時間が過ぎても持ち場に居ないことなど有り得ない。ひとりで城下町へと行かせるようになって早数年、今まで門限を破ったことなど一度も無かったのだから。

「私が捜しておこう。とりあえず持ち場に戻りたまえ」
「はっ」

兵士は再び返事を返せば、駆け足で城の外へと向かって行った。本当ならば夜警兵の総力を挙げて捜索に打ち込みたいところではあったが、名前が行方不明になったことが上に露見してしまえば、彼女の管理を任されている自分の立場は狭くなる。ここは自分一人で彼女を捜しに行かねばならない。明日もジエーゴ殿の講義がある為早朝から訓練場に赴かねばならなかったが、そのようなことを気にしている場合ではなかった。もし彼女が何者かに攫われ、命を奪われてしまえば、私もまた重い処分は免れないだろう。

「……仕方があるまい」

貰うはずだったコーヒーのことなどすっかり頭から抜け落ちていた。冷静を装いながらも急いで私室へと戻れば、街行きの私服を取り出す。王はもうお休みの時間であるから、この時間に私用で外出するのはあまりよろしくない。見張りの兵と口裏を合わせて城門を抜ければ、足早に歩き出した。向かう場所は、彼女行きつけの喫茶店である。

もう城下町に出ている人々も少ないというのに、喫茶店は未だに灯りが点いていた。重い扉を押せば、店内は酷い有様だった。観葉植物の鉢やショーケースのガラスの破片が床に無残に散らばっており、店主である男性がそれを片付けている最中であった。

「店に強盗が入りまして、たまたま居合わせた名前さまは奴らを追ったきり戻ってこられないのです!暫くしても戻って来られる気配が無かったので城へと向かったのですが、城門は閉じられておりまして、私は何もできずに……」
「チッ、……名前は何処へ向かった」
「城下町下層へ……」

狼狽える店主に対し、直ぐに城へ連絡を寄越さなかったことに苛立ったが、今はこの激情をぶつけるよりも先に名前を捜しに行かなくてはならない。彼女の身に何かがあれば、間違いなく「あの方」の機嫌を損ねてしまうだろう。いや、もしかしたらこの命までも奪われるかもしれない。兎に角、あの娘の命が脅かされては私としても困るのだ。
強盗が入ってきた店の二階は、床一面にガラスの破片が散らばっていた。さらに窓の淵には金具が引っ掛けられており、それに繋がれたロープはナイフで乱暴に千切られている。差し詰め、強盗たちは城下町下層からロープを伝って上層の一等地に忍び込み、それを察した名前は彼らを追うために下層へと向かったというところだろうか。
デルカダール王国の城下町は上層と下層に別れている。元々、デルカダール王国である部分が「上層」、そしてその周りに貼り付くように構成された、ならず者の街が「下層」である。職を失った者や、国籍を得られなかった者などが棲まうそこと城下町を繋ぐ通路には、下層の者が上層で悪事を働かぬように入国を厳しく管理する見張りの兵を置き警備しているはずだが……。そのようなことを考えながらも、上層と下層を繋ぐ通路へと走れば、いつものように見張りの兵が立っていた。通路の先から漂う酷い廃棄物の臭いが鼻を突き、思わず顔を顰めたまま兵に声を掛ける。

「おい」
「ん?貴様、見ない顔だな。上層の者ならここを通るのはやめたほうが良い。下層は無法者が集う場所だ、タダでは帰って来れぬやも……」

声音だけで察されぬとは、この変装もなかなかのものなのだろうか。少しばかり感心しつつも、時間が惜しく、辺りに人が居ないことを確認するとフードを脱いだ。さらりと垂れる長い金髪に、先程まで間延びした声であった兵も一瞬で背筋を伸ばす。

「私だ、名前がここを通らなかったか」
「ほ、ホメロス将軍!?え、ええ……名前さまかは判りませんが、似たような町娘が慌てて走って行きました!」
「何処へ向かった」
「ええと、確か……」

兵が自信無さそうに指で示した方向に踵を返し、人目も憚らず思い切り駆けた。無法地帯である下層では、このような夜更けに男が一人走っているくらいでは誰も気に留めはしまい。もしもの為にと持参したゴールドも充分にあれば、為替手形も持っている……下層の者が上層のゴールド銀行に辿り着くことができるかは不明であるが。つまりは、下層の者から話しを聞き出す材料はある。寧ろ、それ程のゴールドを賭してでも彼女を取り戻さねばならないということだ。

**

手に食い込む荒縄が痛い。逃げようともがいて、皮膚が擦り切れて、その薄くなった皮膚に更に縄が食い込んで……兎に角痛いったらありゃしない。私の腕は胴の後ろに回され、古びた小屋の朽木のような柱に括り付けられている。
私は「城下町に下りた時には、魔法や武術の類は一切使ってはいけない」という条件付きで許可を得て町に下りていたから、その言い付けをきちんと守っていたせいで、こうしてすんなりと捕まってしまった。城下町でひと暴れすれば、これくらいの盗賊など取るに足りないはずなのに。余計な騒ぎを起こして外出禁止を言い渡されるくらいならば、多少傷を負ってでも逃げ切った方が良いと思っていたが、結局はこのザマだ。騒ぎを起こした方が幾分かマシだったと後悔している。

「んで、アンタの身代金は何処に請求すれば良いんだ?」
「……言いません」
「ダメだお頭、何遍聞いてもコイツは答えねえ」

私にナイフを突き付けてきた男は、呆れ顔でそう言った。そのナイフが少しでも皮膚に触れたらあたり構わず魔力を暴走させようと、そう決めていたのだが、莫大な金と取引できるであろう私の身体に傷をつけるのは躊躇われたのだろうか。お頭と呼ばれた男は小さく舌打ちをし、「尋問を続けろ」と言い残して去って行った。

「貴方たち、最近此処に流れ着いたのでしょうけど、デルカダール兵を敵に回すと大変なことになりますよ」
「そんな脅しなんて効かねえよ」

これは脅しではなく、立派な忠告であった。城で暮らしているからこそ、彼らのことを知り尽くしている。武術、魔術、……そこらの「腕の立つ者」程度では、彼らには何一つ及ばないであろう。それほどまでにデルカダール兵の育成計画は完成されていると言っても過言では無い。
普段ならば時間通りに戻るはずの私が不在であるという異変には誰かしら気づいているであろう。間違い無く、誰かしらは私を探し回って城下町下層まで降りて来ている筈だ。これは私の身柄を解放する代わりに、喫茶店の売上金さえ返して貰えれば傷害を負わせないという取引でもあったのだが、強盗は私の言葉を妄言と信じて疑わないらしい。非常に残念である。

いつまで経っても状況は変わらないまま。最初は警戒していた私も、何もされないと判ってしまえば不思議と心は落ち着いて、「城に帰ったら、こっ酷く怒られるだろうな」なんて悠長なことを考えていた。対して私の見張りを行なっている強盗たちは、私の身代金を持ってやって来る筈であろう人物がいつまでも現れないことに対し、苛々が募ってきたようで……遂に耐えきれなくなったのか、近くにいた女盗賊が私の背を強く蹴った。

「う……っ」

一瞬息が止まった呼吸が戻ると同時に噎せ返り、目元がじんわりと熱くなる。

「いつまで経っても迎えが来やしないじゃないか!」
「落ち着け、傷物にしたら良い値段で売れなくなっちまう」
「はあ……悪ィ」

まあ、そこまで大した金にはならないだろうけど──女盗賊はそう付け足すと、私の髪を捻り、束ねて持ち上げた。頭皮が細かい糸に引っ張られる感覚と同時に、ぶちぶちと毛が千切られる音がして、思わず首を横に降る。

「あはは!上流階級のお嬢さんが、見窄らしくなってしまったねえ」

目の前には無造作に切られた私の髪があった。どうやら鋭利なもので引きちぎるように切られてしまったようだ。元々自身の髪には無頓着であったが、侍女が私の長い髪をあまりにも楽しそうに編んでいたものだから、できる限り切らずに伸ばしていたのに。丁寧に紐で結ばれたそれは、きっと私の身内を引き摺り出す為に使うものなのだろう。髪の次は何が良いか、と舌舐めずりをしながら呟く盗賊を見て、背中に一筋の冷たい汗が流れた。
タイムリミットは良くても明朝か、このままでは国中を巻き込む大騒ぎになってしまうかもしれない。一度不安を覚えればそれはどんどん加速するもので、最悪の結末に膝が震えた。誰でも良いから助けに来て欲しいと、その事ばかりを切に願っていれば、先程私の髪の束を持って此処を出て行った筈の盗賊が戻って来た。

「良かったわね、お迎えが来たわよ」

しかも随分と上機嫌だ……それもそのはず、その手に持っていたものは私の髪の束ではなく、ジャラジャラと音の鳴る麻袋。中には硬貨がたんまりと入っていることが予想できる。しかし、こんなお金を一体誰が用意したのだろう。

「入りなさい、お兄さん」
「……お兄さん?」

その正体は直ぐに判った。盗賊の後ろに着いて狭い入口から入って来たのは、髪を覆い隠すように大きな帽子を被り、上品な装飾があしらわれたローブに身を包んだ男だった。
ふと、帽子の下から覗く瞳と目が合う。冷たく光る蜂蜜色のそれに、ぞくりと鳥肌が立った。私はこの瞳を知っている、否、知らない筈がない。

「どうやら無事なようだな」
「ほ、ほめ──」
「名を呼ぶな」

名前を呼びかけた口を急いで噤む。私たちが城の者だと露見してしまえば、「宮廷魔道士」であることに気付かれてしまえば、こちらとしても大きな痛手となる。先程の盗賊の言葉を聞くに、ホメロスさまは私の「兄」であると偽って此処まで来たようだった。彼の見た目は確かに若いが、私の容姿とは似ても似つかない。こんなチグハグな兄妹が何処に居るのかと思わず笑ってしまいそうになったが、それもホメロスさまのやけに必死な形相を見ていれば、他の言い訳を考える余裕も無かったのだなと納得がいった。

「良かったわね、お兄さんが助けに来てくれたわよ。まさか小娘ひとりでここまで釣れるなんて思ってもいなかったわ」
「……金は渡した。大人しくそいつの縄を切ってくれ」

ホメロスさまが低いトーンでそう呟けば、盗賊は可笑しそうに鼻を鳴らした。そして口元を半月型に歪ませながら、ホメロスさまの首元に短刀を突き付ける。

「こんな良いカモを逃す筈がないじゃない?兄妹諸共捕まえて、また身代金をたんまりゲットするわよ」

城下町の一等地に住んでいる上流階級の国民であるだろうから、刃向かうことはできないだろうとでも思っているのだろうか。その考えはあくまで、私たちに武の心得が無いという仮定の上で成り立つものである。あれほど忠告したのにも関わらず、私は疎かホメロスさまにまで刃を突き付けたのが運のつきだ。

「成る程な。ならば貴様らには此処で死んで貰おうか」

ホメロスさまがそう呟くと同時に、目の前に居た盗賊たちが一気に宙を待った。引き締まった細い脚で彼らの武器を払い、詠唱無しで闇系呪文を唱えたようだ。帽子の下から伺えたその表情からは、普段の余裕が感じられない。いつもならばスマートに事を済ます人なのにも関わらず、こうして派手に暴れているのを見る限り、今日は相当お怒りのようだ。
異変に気付いて駆けつけた盗賊たちをも、倒れている彼らの仲間から奪った武器を用いて圧倒していく。幼少の頃はグレイグさまよりも優れていたらしい武術の腕は未だ健在のようだ。細身の体から繰り出される一撃は重く、次々と沈んでいく盗賊たちを、私は口を開けたまま眺めていた。

「く、クソが!あいつ、何者だ……!取り敢えず引くぞ!」
「させるか」

ホメロスさまのドルクマの詠唱が聞こえる中、目の前の戦いに夢中になっていた私の首にひんやりとした金属の感触がした。横目で柄を握っている人物を見遣れば、床に倒れていた盗賊ではないか。荒い息を吐き、傷を庇いながら、半ば無理矢理立ち上がって私の首に刃先を押し付けているその様子に、安心しきっていた私の心臓は再びドクドクと音を立て始める。

「おい兄さんや、それ以上やったら妹さんの首を刎ねちまうぞ」

しまった、と思った時にはもう遅かった。まさか不意を突かれてしまうなんて!……いや、ホメロスさまが来たからには此方が優勢であると思い上がっていた己の所為だ。ぐいぐいと皮膚に食い込む刃が皮膚を割き、ピリッとした感触と同時に傷口が熱を持つ。

「名前!」
「あ……」

今までに聞いたことも無いような大きな声で、ホメロスさまが私の名前を呼んだ。名前を出すなと言った本人が無意識のうちにその言葉を口にした。切羽詰まったホメロスさまの表情を見て、どうすれば良いのか判らずに、縋るような視線を投げかければ、彼は真っ直ぐに此方を見据えて強く言葉を紡いだ。

「特例だ、城下町内での魔法の使用を許可する」
「ん……魔法?」

私の隣に立った強盗が、不思議そうに首を傾げた。それもそのはず、魔法など殆どの人間には馴染みの無いものだろう。見識を深めた者でも、一般人ならば精々低難度の「ホイミ」や「メラ」の習得が限界である。そう、一般人ならば。
生憎だが私は、魔法に関しては一般人の域を超えている。城にやって来た幼少の頃から、一国の宮廷魔道士である男の元で、凡ゆる魔法を徹底的に叩き込まれてきたのだ。生まれ持った素質も相俟って、最早この国で私以上の呪文の使い手は目の前に居るホメロスさま以外存在しない。

詠唱無しで唱えられる火炎魔法メラで荒縄を焼けば、あっという間に藁は炭化しボロボロと崩れた。両手首に力を込めれば、長らく私を縛っていた荒縄はすんなりと解けてしまった。これならば、ホメロスさまが助けに来る前にこっそり呪文を使っても良かったかもしれないと思うが、今は考えるべきではないことだ。

「解けました!」
「なっ、何だと……!てめェ何をした!」
「良し、頭を下げろ!」

ホメロスさまの言葉に従い素早く姿勢を低くすると、私の隣に立っていた盗賊に鋭利な氷の欠片が襲い掛かった。トドメと言わんばかりに闇系呪文が唱えられれば、大柄の盗賊は床に倒れ込んだままピクリとも動かなくなった。
気が付けば、この場に立っている者は私とホメロスさましか居なかった。ホメロスさまは乱れた服装をさっさと整えると、私の手をぐいっと引いた。

「気を失っているだけだ。暫く悪さはできないだろうな」
「助けていただいて、ありがとうございます。それと約束を破ってしまって、すみません……」
「説教は城に戻ってからたっぷりとしてやる。兎に角、無事で何よりだ」

喫茶店の売上金とホメロスさまが持参した硬貨を全てバッグの中に詰め込めば、淀んだ空気を切り裂くように走り下層を脱出した。上層に着いて澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込めば、ふとホメロスさまが無造作に切られた私の髪を掬い上げた。

「我慢せずに魔法を使っていれば、この髪も切られずに済んだな」
「そう、ですね」
「だが、言い付けを守った点は評価する。このことは王には報告しないでおこう、但し、明日から雑用を倍に増やしてやる」
「あはは……っ、任せてください」

既に東の空は明るくなっていた。もうそろそろ、城に戻らねば夜警の兵士以外の誰かに──グレイグさまや王に気付かれてしまう。確か今日、ホメロスは早番であったのだが、このような時間まで一人で私を探しに来て大丈夫だったのだろうか。起きている兵士を何人か引き連れて、私を探しても良かっただろうに。だがそう思う反面、どのような目的であろうと、ホメロスさまが一人で私を探して下層までやって来てくれたことが、心の底から嬉しかった。まるで自分が彼の特別であると、そう錯覚してしまうようなこの状況に、密かに胸を高鳴らせていた。